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2.呪い付き男爵令嬢は求職中(後編)

 宮殿の謁見の間。

 国王の入室を告げる声が聞こえ、アリシアは身を固くしながらカーテシーをした。


 アリシアと並んで3人の少女がカーテシーをしている。

 3人の年の頃はアリシアと同じくらいといった感じだ。

 

 謁見の間に入って来た3人はアリシアの左手首までの白い手袋を見て、ぎょっとした顔をした。


  国王との謁見前で緊張していたアリシアは地の言葉で「すまねぇな。怖いだろうが少し我慢してくれ」と言いそうになったが、なんとか堪えた。


 実は、謁見の間に入る前まではアリシアは僅かにまだ期待していた。

 やはり国王直々に侍女職採用試験の成績優秀者を呼び出したのではないかと。

 

 しかし、その期待は3人を見て砕けた。

 3人のドレスは侍女として働く必要がない裕福さを示す、見るからに高価そうなものだったからである。


 緊張した空気が流れる中、壇上の玉座に座るジルベール王国の国王、リチャードが口を開いた。


「楽にしてよい」

  

 アリシアは王の言葉を受けて姿勢を直しながら、この場にいる面々を見て考える。

 自分達は何の為に国王に呼ばれたのだろうと。

 

 国王が座る玉座の横に座っているのは、第1王子のエヴァンだ。


 アリシアは王立高等学園で、エヴァンと同学年である。

 銀色の髪に緑の瞳、やや女性的な整った顔立ち。

 いつも笑顔を浮かべて話すような優しい雰囲気のエヴァンを羨望の眼差しで見つめる女生徒は多い。

 女生徒の視線の先にはエヴァンがいる、アリシアはそう認識していた。


 玉座へと延びる絨毯の両脇には、2列に分かれて並んで数人の男性が立っている。


 その男性達の中に神官長がいるのにアリシアは気が付いた。何度か神殿で会ったことのある白髪の老人だ。

 

 騎士の正装をしているのは、騎士団長だろう。

 そうすると立っている位置的に細身の厳しい顔の男性は宰相だろうか。

 他の男性達もきっと、この国の政治を司る面々なのだろうとアリシアは思った。

 

「グレース・ヘンデル公爵令嬢、ロザリア・ミケーネ公爵令嬢、リリィ・ディアス男爵令嬢、アリシア・フローレス男爵令嬢、今日は突然の呼び出しに驚いたであろう」

 

 国王は4人の女性の名を呼びながら、それぞれの顔を見た。

 4人は再び緊張で身を固くする。


 王の瞳はアリシアの名を呼んだ時、一瞬、悲しげに揺れた。

 

 アリシアの父親、マキシムとリチャード国王は、身分は大きく違うが学園で出会って意気投合した親友だった。


 そのマキシムは2年前に病死した。

 アリシアと父親はよく顔立ちが似ていると言われていたから、国王はアリシアに懐かしい親友の面影を見たのだろう。


「そなた達4人は、ここにいる第1王子エヴァンの婚約者候補に選ばれた。婚約者候補の件は本来、家長に伝えるのが筋であろう。しかし、今回は第1王子の婚約者としては異例の4名の候補者となっている。推測や噂が広がるのを防ぐ目的と予めそれぞれを知っておいたほうがいいだろうとの私の考えから、本日は4人の顔合わせと共に婚約者選びについての説明を行う」

 

「えっ?」


 驚きのあまり思わず声を発してしまったアリシアは、宰相と思われる男性にジロリと睨まれ下を向いた。


 王はそんな様子を気にすることなく、言葉を続ける。


「今回、婚約者の決定については特殊な方法で行うこととなった。この場で、その方法を候補者本人に理解してもらいたいと私は考えている」


 下を向いたままのアリシアは困惑した。

 

 貴族とはいっても男爵家、それもフローレス男爵家は功績も無い典型的な貧乏貴族だから、第1王子の婚約者候補に選ばれるような家柄ではない。


 それにアリシアは呪い付きの身。結婚はとうの昔に諦めていた。

 

「正式な婚約者は1年後に決定することとする。つまり、婚約者になる為の審査期間が今日より1年ということだ。婚約者は、王である私とここに並んでいる者達によって決定される」


 審査という言葉を聞いてアリシアは思った。

 婚約者候補に選ばれたのは自分が王立高等学園を首席で卒業するからかもしれない。


 呪い付きで横の3人に比べて見劣りする自分。

 ただ首席という理由で候補に入れられただけだろう。

 

 それならば、宮殿仕えの侍女採用試験を合格にしてもらったほうがいいとアリシアは思った。

  

 アリシアは仕事を探している身だ。   

 兄が領主をしている領地に戻る訳にはいかない。

 しかし、生きていくのにはお金がかかる。給金をもらえる侍女に選んでもらった方がよっぽどいい。

 

「僭越ながら陛下、課題についてもお話をお願いいたします」


 宰相と思われる男性が、国王へ向かって言う。


「あぁ、そうであった。‥‥‥候補者は、1年の間、課題へ挑んでもらう。その課題は「善い行いをすること」だ。この課題の結果が審査される。なお、そなた達は1年の間、密かに配置される監視人によって見守られる。彼らは課題が進んだかどうかの報告を随時、我々に行うこととなっている」


 国王は4人の少女の顔を眺めた。


 4人には、壇上からも分かる困惑した表情が浮かんでいる。

 その表情は国王が予想していた通りのものだ。

 

 第1王子の婚約者になるのに課題を課せられた上に課題の審査結果で合否が決まる。

 こんなことは、ジルベール王国でも初めてのことなのだから。


 王は再び口を開いた。


「婚約者候補達には審査終了まで手当として、月に20万リルを支給する。これは、様々な立場の4人の候補者を平等にするためのものだ。候補者はこの手当のみを使って善い行いをするように」


 20万リル。

 その言葉にアリシアは目を見張った。

 それは、アリシアが採用試験を受けた宮殿仕えの侍女の月給より50,000リルも多い金額だ。


「そなた達が候補者に選ばれたことは家長にも親書で知らせる。今までに無い1年も続く審査だ。審査途中に辞退しても罰するものではないので安心して欲しい。‥‥‥私の話は以上である。4人は審査に励むよう」

  

 婚約者候補の件は王命のはずだ。しかし、辞退しても罰を受けないと国王は言う。

 それならば‥‥‥。

  

 一瞬、アリシアは迷う。

 数秒後、アリシアは3人の令嬢と声を揃えるかのように言葉を発した。


「はい陛下。謹んで務めさせていただきます」


 アリシアは考えた。

 

 婚約者は内々ではもう決まっているに違いない。

 第1王子の婚約者、それは未来の王妃だ。

 家柄、成績、容姿、すべてを見て自分を除く3人の中でとっくに本命が決まっているのだ。

 

 しかし、娘をエヴァン王子の婚約者にと望む貴族は多いはずだ。

 だからこそ、本命の令嬢と平等に他の令嬢も競わせたと国王は貴族達を牽制したいのだ。

 学園での成績が優秀な者も候補にしたけれど、やっぱり本命の令嬢が1番だったと1年後に発表するに違いない。


(つまり、あたしは噛ませ犬ってやつだ。どうせ呪い付きだから仕事はすぐには見つからない。それなら、婚約者候補を1年限定の仕事と考えればいい。手当は給金、国王の言う善い行いが仕事内容だな)


 アリシアは混乱した頭で結論を出した。

 そして混乱のあまり言葉を乱しながら心の中で呟いた。

 

 そんなアリシアの様子を壇上の第1王子、エヴァンがじっと見つめていた。






「婚約者候補が1年限定の仕事ね。‥‥‥よくわからないけど、丁度良かったじゃない。なかなか仕事も決まらないことだし」


 3杯目の紅茶を飲み干したカーラは、やれやれといった感じでアリシアを見た。

 アリシアの長い話がやっと終わったのだ。


 宮殿から帰ったアリシアは興奮していた。

 宮殿では混乱と驚きで口を開くことができなかったアリシアだったが、屋敷に着くなり宮殿で我慢していた言葉が堰を切ったよう出てきた。


  言葉遣いもかなり乱れていたが、カーラは慣れっこである。

 「どうしよう」「噛ませ犬」「20万リル」「婚約者」止まらないアリシアの言葉にカーラは、まず落ち着くようにと言った。

 

 次にアリシアを屋敷の居間のソファに座らせると、アリシアと自分のティーカップに紅茶を注ぎ、ゆっくり話すように促した。

  

 カーラは、王都のフローレス家の屋敷ではたった1人の使用人だ。

 アリシアよりも1つ年上の幼馴染であり、領地の屋敷に仕えている侍女頭の娘である。


 この国の貴族の子女は14歳から3年間、王都にある王立高等学園という学校に通うという規則がある。


 呪い付きのアリシアにも入学案内は届いた。

 不吉だ、恐ろしいと言われていても実際にはアリシアの呪いは他人に影響はない。だからそれは当然のことだった。


 学園へ入学の為に王都へ行かなくてはいけないが、フローレス家には王都で新たな使用人を雇う余裕はなかった。

 1人で王都へ向かう決意をしたアリシアだったが、さすがに不安を感じていた。

 

 そんな時、カーラはアリシアにこう申し出た。

「私、一度王都に住んでみたいのよ。だから、私を連れて行って。王都に住めるのなら領地の屋敷よりも安い給料で構わないわよ。私なら、侍女の仕事だろうが料理だろうが何だってできるわよ」


 そうして、カーラはアリシアと一緒に王都の屋敷へやって来たのである。


 2人は領主の娘と使用人という立場ではあるが、幼い頃から一緒に遊びながら育っており、親友とも言える関係だ。

 アリシアの父親、マックスも領地の農家に食事に行くような領主だったから、その関係を諫められたことはなかった。

 

 だから、2人だけの時は砕けた口調で話をする。同じテーブルでお茶を飲み、食事をすることもある。

 領地にいた頃から2人はそんな関係であった。

 

「うん。私もそう思うわ。ただ、お金を貰えるのはありがたいけど、よく考えるとちゃんとした仕事でもないでしょ。実は少しは複雑な気分なの。国費を頂くわけだから、元は村の皆のお金でもあると思うと‥‥‥いいのかしら?」


「いいわよ。善い行いをするのでしょう。神殿だって高額な寄付を平民に求めることがあるじゃない。‥‥‥相変わらず皆の為に張り切る小さなガキ大将のままね。学園に入学してからは猫を上手に被っているけど。今だって怒ると‥‥‥」


「黙れ、カーラ! あっ。」


「ほらね」


 カーラはクスクスと笑うが、言ったことは本当だ。


 言葉遣いが乱暴で小さなガキ大将と領地の村で呼ばれていたアリシアだが、その行動もその名で呼ばれる所以である。

 

 アリシアが幼い頃の話だ。

 山菜採りの最中に農民の子が姿を消した。2日間村人総出で探したが見つからなかった。

 親も諦めた3日目の夕方。諦めずにその子を探していたアリシアが、小さな体にその子を背負って山から下りてきたことがあった。


 アリシアにとっては、両親から1人で山に入るなんてとこっぴどく怒られた思い出でもある。

 しかし、領民は今でもこの話を小さなガキ大将アリシア様のようになりたいものだと感謝と共に子ども達に伝えている。 


 その情の厚さは成長してからも変わらなかった。


 農民が繁忙期に病気になれば、代わりに自分が働くことはアリシアにとって日常のことだった。

  

「ねぇ、カーラ。なんだか嬉しそうだけど、田舎へ帰りたくなかったのね?」


 カーラの笑みは、自分をからかっているからだけではないとアリシアは感じていた。

 長い付き合いだ。カーラの機嫌はすぐに分かる。


「バレたか。王都は楽しいもの。それにアリシアがこの屋敷にいる間は格安な使用人が必要でしょ。貴族の令嬢が1人ではね。‥‥‥ねぇ、選ばれたのは、きっと学園を首席で卒業するからじゃない? それにアリシアは美人だもの。お金が無いから貧相な格好なだけど。金髪碧眼の美人で優秀、理由はこれじゃない?」


「珍しく雇い主の御機嫌取り? 私を美人と言ってくれるのはカーラくらいよ。学園に行けば、私なんかより華やかな令嬢ばかりだわ」


「そんなことないわ。小さい頃は金髪の天使と屋敷の使用人達に呼ばれていたのでしょう。母さんから聞いているわよ。皆、だんだんお転婆になってがっかりしたらしいけどね。今だって、黙っていれば‥‥‥」


「誉めているの? それともけなしているの? 全く‥‥‥。とにかく、これで少なくとも1年間は王都にいられるわね」


 アリシアはほっとしたように小さなため息をついた。


 アリシアは領地に帰ることができない。

 だから学園卒業後の仕事を熱心に探していたのだ。


 父親の死後、若くしてフローレス男爵家の領主となった兄のアべルだが、なかなか結婚相手が見つからずにいた。


 領地を治めるといっても、森に囲まれた痩せた土地で、1年の大半は開墾と農作業をしているような貧乏男爵家、しかも呪い付きの妹がいる家だ。

 そんな訳で、アべルは適齢期をやや過ぎても独身であった。

 

 しかし1年前、やっと知人から紹介してもらった男爵令嬢と結婚をしたのだ。


 アべルの妻となった令嬢はアリシアの呪いについて理解をしてくれた。

 しかし、その両親は違った。

 

 呪い付きは不吉だ。

 本音は娘を嫁がせたくはない。だが、呪い付きが二度とフローレス男爵家の領地に戻って来ないのなら、結婚を許可する。

 

 これがアべルと自分達の娘の結婚を許す条件だとされた。

  

 アリシアの両親が熱心に伝えてくれたおかげで、呪い付きを怖がる領民はいない。

 王都で呪い付きとなったアリシアが領地に戻った時には、皆、口々に命が助かって良かったと言って温かく出迎えてくれた。 

 

 アリシアは、そんな領地で兄の農作業を手伝いながら穏やかに暮らしたいと望んでいた。

 アべルとその妻は、親の領地は遠いのだから気づかれることはない、卒業後は領地に戻って来ればよいとアリシアに言ってくれた。


 しかし、アリシアはアベルが妻の家から援助を受けていることを知ってしまったのだ。


 去年の秋は麦が不作だった。

 天候も悪く村では飢饉が起こる恐れがあった為、冬の前に領民に食料の配給を行うことをアベルは考えていた。

 しかし、その配給はルーデル家の貯金では賄うことができなかった。

 アべルは妻の実家に頭を下げ、援助を受けて配給を行った。


 そう、侍女頭であるカーラの母の手紙にあったのだ。

 

 そもそも、フローレス家の貯金をほぼ使い果したのはアリシアのようなもの。


 母親がアリシアの呪いを消したい、少しでも抑えたいという一心で神殿に祈祷を依頼し、その度に多額の寄付をしたことが理由なのだから。

 今だって、手袋を清めてもらう度に神殿へ寄付を行っている。


 実は、アリシアは手袋の効果を疑っている。

 呪いを抑える手袋だと言うが、幸福忘却の呪いで忘れてしまったアリシアの記憶は一片も戻ってこない。

 アべルに相談し、節約の為に聖水で清めることをやめようかと考えたこともある。


 しかし広がった噂から、白い手袋は呪いを抑えるつまり、不吉な出来事や恐ろしい出来事を白い手袋が抑えていると考えている人々は多い。

 だから、手袋をするのをやめることはできなかった。


 苦しい経済状況のなかでもアベルは神殿への寄付のため、アリシアが学園に通うための仕送りを続けてくれていた。

 

 フローレス家の今の状況は自分が招いたもの。それなのに自分が領地へ戻り両家の関係を悪化させることなどできるはずがない。

 

 だからアリシアは王都に残り、仕事をすることに決めたのだった。


「よく分からないこともあるけれど、とにかく第1王子の婚約者候補が私の1年間限定仕事よ。お金をもらう以上、しっかりと善い行い(仕事)をするわ」

 

 決意を込めてアリシアは言う。


「じゃあ、私はアリシアを全力で助けるわ。仕送りを断るのでしょう。お給金は落ち着いたらでいいわよ」


「ありがとう、カーラ。手当でお給金を払えると思うわ。少なくて本当に申し訳ないけど‥‥‥。あぁ、これで宮殿とのコネができて1年後は宮殿の侍女職につければいいのに」

 

 アリシアは、まだ体の中に残っている混乱を静めるように紅茶をゆっくりと一口飲んだ。

お読みいただきありがとうございました。

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