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11.呪い付き男爵令嬢の誕生日プレゼント

この話に関係のある9話のはじめの部分を修正しております。

この話(11話)と今後の展開との矛盾に気付かず9話投稿してしまった為です。

ブックマークをしていただいている方、お読みいただいている方、大変申し訳ありません。

今後は大きな修正が無いよう注意いたします。

(なんて美しいアレクサンドライト。貴重な宝石を贈るほどエヴァン殿下はアリシア様のことを‥‥‥。やはり、私とドミニク様の推測は正しいようだわ)


 アリシアの首元。

 そこには、気品ある深緑のアレクサンドライトのネックレスが輝いている。

 

 グレースはその美しさにうっとりとした。

 それは、先ほどアリシアがエヴァンから誕生日のプレゼントにもらったと説明したものである。

 

 このネックレスは、自分とドミニクの考えが正しいことの証。

 グレースはそう思った。


 グレースはアリシアからの手紙で、第1王子エヴァン本人がアリシアの監視人を務めていることを知っている。当然、ドミニクにもその話は伝えている。


 グレースとドミニクは、この件についてアリシアとは違う推測をしているのである。


 2人の推測はこうだ。


 エヴァンはアリシアに恋している。

 学園では話すことも無く陰気な印象だったアリシア。

 しかし、聡明な上に時折見せる行動力も素晴らしい。それに下ばかり向いていた学園での様子と違い、今の真っ直ぐな視線の美しいこと。

 エヴァンはそれにいち早く気付いていたに違いない。

 

 だから、アリシアとの愛を育みたいがために自ら監視人となったのだ。

 不思議な婚約者候補審査は、呪い付きで条件的に不利なアリシアを正当に婚約者にする為のものに違いない。


(きっと、ドミニク様のもう1つのお考えも、正しいに違いないわ。審査中に万が一の事がないよう、私、アリシア様をお支えしますわ)


 キラリと揺れたネックレスを見て、グレースは思いを強くする。

 

 ドミニクは、ある考えをグレースに話していた。


 お茶会の翌日、2人はアリシアから手紙を受け取った。

 今後は調査の報告は不要、他家の問題に口を出して申し訳ない。こんな内容の手紙だった。

 

 2人は行動力のあるアリシアらしくない。そう思った。

  

 その後、ドミニクはお茶会での件についてエヴァンにこう言われた。

 

「アリシアがお前から事件の報告を受け、調査に参加するようなことがあれば、婚約者候補の審査に差し支える。だからアリシアを今後、事件には関わらせるな」


 それを聞いたドミニクはなるほど、そういうことかと、こう考えた。

 

 アリシアをこの件から遠ざけさせたのはエヴァンである。

 

 お茶会の件は他家の事とは言え、メイド長の背任行為を暴いたことは善い行いだろう。

 そして、それの背後関係を突き止めたのなら、もっと善い行いをした事になるに違いない。


 それをさせたくないと言う事は‥‥‥。

 こんな事件の解決よりもっと大きな善い行いをさせ、確実に婚約者にしたい。そう考えているのに違いない。

 その大きな善い行いは、エヴァンが密かに用意をしているのだろう。


 グレースはドミニクの考えを思い出しながら、エヴァンの愛が込められているだろうアレクサンドライトを再度、うっとりと見つめた。


 今日は6月に入ってすぐのある日である。


 グレースはアリシアに誕生日プレゼントを渡す為にフローレス男爵家の屋敷を訪れている。

 だが、屋敷を訪れた理由はもう1つある。


 それはアリシアの心の曇りを取る為だ。


 ドミニクは今、宮殿で父である宰相の秘書のような仕事をしている。


 学園にいた時もそれなりに親しくしていたが、ここ最近、宮殿で顔を合わせるとエヴァンからアリシアの話をよく聞くようになった。


 デートに連れ出しても、なんとなく顔が晴れない。

 友人であるグレースが会いに行って、アリシアの気を晴らしてくれないか。

 ある日、エヴァンはそうドミニクに頼んだのだった。

  

 アリシアの顔を曇らすもの。それはお茶会の件であろう。


 全く関係の無い自分達2人の恋に心を痛めた優しいアリシアのこと。

 騒動の顛末が気になり、心を病んでいるに違いないのだ。


 グレースから事件の話を伝え、この件でアリシアが心を痛めることを終わらせて欲しい。

 エヴァンの依頼はそういうことだとドミニクは思った。

 

 そして、アリシアにプレゼントを渡しに行くというグレースに事件の顛末を話すよう伝えたのであった。






 アリシアは先ほどから黙っているグレースの様子を見て不安を感じていた。


 挨拶を交わした後、グレースは沈黙してしまった。

 色あせた壁紙に驚いたか、それとも歩くとギシギシ鳴る床に呆れたのか。

 いずれにせよ、ヘンデル公爵家とは雲泥の差の屋敷だ。

 古い屋敷なので来ても驚かないでくださいねと手紙に書いたはずなのに。


「あぁ、美しさのあまり見とれてしまいましたわ。昼の太陽の下では緑、夜のランプや蝋燭の下では赤に見えるアレクサンド。普段は物静かで聡明、しかし時には激しく活発。そんなアリシア様にぴったりの宝石ですわ。流石エヴァン様、よくアリシア様のことを理解していらっしゃいますわね」


 グレースはようやく口を開いた。


 なんだ、ネックレスを見ていただけか。

 アリシアはグレースの考えていたことなど知らず、ほっとした。


「高価な物なのでお断りしたのですが、どうしてもと言われまして。その上、屋敷にいる際に付けていないとご機嫌が悪くなってしまうので、付けるようにしています」

 

 そう答えながらアリシアは、誕生日の夜のことを思い出す。


(エヴァン様は、猫をかぶっている普段が緑で、地が赤と言っていたわね‥‥‥)


 5月の終わり、アリシアの誕生日の日。

 アリシアは大きな花束と共にペンダントをエヴァンから受け取った。


 プレゼントを自分へ渡すエヴァンの真っ直ぐな目。 

 整った顔立ちに似合わない熱い目線。

 それを見て、何故か体が熱くなり息が苦しくなった。


(な、なんだよ。その目つきは。しかもなんか体が熱い。風邪をうつしたな!)


 戸惑うアリシアからは地の言葉が出そうになったが、なんとか堪えた。 


 王子であるエヴァンからプレゼントを貰う理由が分からない。

 

「いらないのなら他の女にやるとしよう。その前に宝石の色を見てみたい。試しに付けて見せてくれ」


 戸惑うアリシアにそう言い、エヴァンはネックレスを付けさせた。

 そして、ネックレスを付けたアリシアを見てニヤリと笑った。


「猫かぶりのアリシアにぴったりだ。おい、1度付けたものは返すなんて失礼なことはしないよな」

 

 ますます熱を持った体に戸惑いながらアリシアは礼を言った。

 「ありがとうございます」一言を言うのがやっとだった。

 

 エヴァンはまるで小さな子どもがするように自慢げにネックレスの色の話をした。

 しかし、しばらく経つと何故だか悲しそうな顔をしたのだった。


「カフェでの様子で心を開いてくれたと思ったが‥‥‥。俺からの初めての贈り物では足りないか」


 エヴァンの呟きにアリシアは首を傾げたのだった。

 




 グレースは改まった顔で口を開いた。


「お気にされていると思いますのでお伝えさせていただきます。‥‥‥先日、ディアス男爵家から、連絡についてのお礼状が届きました。なんでも、元平民のリリィ様が婚約者候補になったことで、他家からリリィ様を調べるような動きが元々あったそうですわ」


 驚いた顔で、アリシアはグレースを見た。

 自分が聞いていいのだろうか。そんな顔だ。


 グレースは構いませんわと言うように頷く。


「‥‥‥怪しい男の件はどうなったのでしょう?」


「ドミニク様は、怪しい男の調査もしておりました。しかし、メイド長が依頼されたことが我が家に関することではないということで、今後は、ディアス男爵家の問題になるかと思います」


 なるほど、やっかみか元平民の令嬢を引きずりおろそうとする貴族の仕業か。

 そうであれば、あとはディアス男爵家が解決すべきことだろう。


 アリシアがグレースの屋敷を訪ねることをどのように知ったか分からないが、同じ婚約者候補なら、リリィの話をするに違いない、犯人はそう思ったということだろうか。


 アリシアは、そう思いほっとした。

 

 アリシアの様子を見てグレースは思う。

 次の話で完全にお心が晴れるはず。

 

「お優しいアリシア様のこと。メイド長のことが気にかかっておられるのでは? 彼女に聞いた話をお伝えします」

  

「いいのですか? 私は部外者ですのに」


「構いませんわ。もう、終わったことです。私はアリシア様の暗いお顔は見たくありませんもの。エヴァン様も同じお気持ちのはずですわ」


 何故そこでエヴァンの名が。

 アリシアがそう尋ねる間もなく、グレースは話し始めた。






 若いメイドはメイド長に頼まれ、こづかいを貰う軽い気持ちでしたことだったと言った。

 本来ならお茶会の給仕をするような立場ではない、働き始めて半年ほどのメイドである。

 メイド長は自分の強い立場と彼女の無知を利用しようとしたのだった。


 メイド長は妹の病気の治療の為に怪しい男の報酬につられたと話した。


 2年ほど前のことだそうだ。

 風邪の長患いだと思って放っておいた妹の風邪は、肺の病だった。

 それは治る病ではない。じわじわと体を蝕み、数年後には死が待っているだろう。

 父母はすでになく、メイド長にとって10歳年が離れた18歳の妹がたった1人の家族だった。

  

 どんなに診療所をまわってもいい治療法はない。

 なすすべもなく、メイド長は大神殿で神へ祈った。

 大神殿は王都にある神殿で、地方にある大小の神殿の長の役割を果たしている。

 

 そこで、神官は病気を治すことができるとメイド長へ言ったのだ。

 

 神官はこう告げたそうだ。

 神殿は神の代わりに無償で施しを与える場。無料で治してやるが、多くの人がそれを待っている。だから優先的に治して欲しいのなら寄付をしてほしいと。


 その寄付金の為、メイド長は怪しい男の言う報酬につられてしまったのだった。

 

 神官が要求した寄付金は100万リル。


 メイド長の給金は女性の仕事の中では格式が高いとされる宮殿仕えの侍女職、その初任の給金よりもやや高いほどだとグレースは言う。

   

 はたから見れば良い給金だ。だが、実家の生活費はメイド長がずっと負担していた。父も母も病弱で仕事ができなかったからである。


 そして妹の治療費だ。もう貯金も残っていない。

 メイド長は絶望した。このままではたった1人の妹まで失ってしまうと。


 そんなところへ怪しい男が声をかけた。その報酬は神官が伝えた寄付金と同じ100万リル。前金には30万リルもらい、メイド長は男を信用した。





「そうだったのですね」


 アリシアには、メイド長と母親が重なって見えていた。


 どうしても困難な事があった時、叶えたい願いがあった時、人々は神殿へ行き祈り、神官の祈祷を受ける。

 アリシアにとっても、それは同じだ。


 神のすべての行為は人々を深く慈しむもので無償である。だから神殿での祈祷は無償で行われる。

 だが、時にその祈りは高くつくことがある。

 

 それは、寄付のせいである。


 人々は神への感謝を神殿への物や金の寄付で表す。

  

 感謝と同時に寄付は暗黙の了解でもある。

 寄付をした者は祈祷を受ける時間が長いらしい、神官が親身に相談に乗ってくれるらしい。

 平民の間であっても、そう囁かれている。

 

 母親が呪いを消すため、抑えるためにとした高額の寄付のことを思い出し、アリシアは苦々しい気分になった。


「高額な寄付ですね‥‥‥。しかし妙です。病気を治すと言うだなんて。しかし、神殿のこととなると追及できませんね」


「えぇ。メイド長は神官にそう言われ、お金を持ってとにかく神殿へ行かなくてはと藁にもすがる思いだったようです」


 神殿は国の組織ではなく、いわば治外法権の場所である。

  

 ジルベール王国ができる前より信仰されてきた創造主である神を祀る神殿。

 王都にあるそれは今では大神殿と呼ばれ、地方にはいくつかの小さな神殿がある。


 そこは、人々の信仰と尊敬の対象の場所だ。

 人々の気持ちをまとめるためには国王も貴族もその後ろ盾が欲しい。


 それだけではない。

 戦乱の世で、ある小国の王であったジルベール王国の初代国王はこの地にあった神殿を味方につけた。

 そして、神殿で神託によって王に選ばれたとしていくつかの国を手に入れた後、ジルベール王国を建国したのだ。


 今では、王権は血で引き継がれるもの。

 だが戴冠式では、未だに初代王の戴冠を模して今でも神官長が新たな王の名を告げる。


 こんな歴史もあり、国王も貴族も神殿のことには口を出さないのだ。

 

 神殿が関わっているならば、この件をこれ以上、考えても無駄かもしれない。

 神官に言われたせいだと神殿を責めることはできない。


 アリシアは思った。

 もしかしたら、エヴァンはこのことを知っていて関わるなと言ったのでは?


 ‥‥‥いや、そんな訳はない。そんな様子はなかったわ。

 アリシアはその考えをすぐに打ち消した。


「ところで、罰はどのようなものに?」

 

 今回のような使用人が起こした罪は、家長が罰を決めることになる。

 

「若いメイドは半年、メイド長には1年、領地の牢に入ることになります。家の者からはもっと厳しい罰をとの声もありましたが、お爺様がお決めになりました。罪を起こした者の名は名簿に登録され、貴族の元で2度と働けませんから、それだけでも罰になるだろうとのお考えですわ」

 

「そうですか‥‥‥。その妹さんの為になにか良いお薬があれば診療所から持って参りますので、届けていただけませんか? 肺の病が治らないのは分かっていますが少しでも‥‥‥」


「もちろんですわ。実は、私と母はできるだけの援助はするつもりです。母は後悔と反省の毎日を送っております。使用人の長である自分の教育が足りなかったせいだ、長年仕えてくれていたメイド長の相談にも乗れないほどの関係だったかと。お金が必要なら、貸すことだってできましたもの‥‥‥」


「そんな‥‥‥。お母様に非はございません。人は、必死になると視界が狭くなりますから」


「さぁ、もうこの件は終わりですわ。どうか、これ以上この件で心を痛めるのはもうおやめください。そうですわ。誕生日のプレゼントを開けてくださいませ。きっとお似合いだと思いますのよ」


「はい。‥‥‥綺麗なリボン。それに香水まで。本当にありがとうございます」


「それを付けて、エヴァン様とデートへお出かけください。私、知っておりますのよ。先日、お2人がカフェに出かけたこと」


 ウフフ、とグレースは笑う。

 もちろん、情報の出どころはドミニクである。


「な、何故‥‥‥。あれは、デートではございません。グレース様、ご冗談を」


(よかった。お笑いになった。お気持ちが晴れたようだわ)


 顔を真っ赤にさせ、照れたように笑うアリシアを見て、グレースはほっとした。

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