10.お仕事3・虫を捕まえる(後編)
カフェに入ってみると、なるほど、店内は貴族が好むような落ち着いた雰囲気だ。
確かに店内の2人用のテーブルが並んでいるが、それぞれの間に高い衝立があり、横のテーブルに誰が座っているかはわからない。
椅子は2人が向かい合って座るよう置かれている。
それぞれの椅子の後ろには何も置かれてはいないが、その代わりに観葉植物が多くカフェ内に置かれている。それも他のテーブルから顔が見えるのを防ぐ役割をしているようだ。
「これではカーラがどこに座っているかはわかりませんね」
「そうだな。うん、確かにここはデートに最適だな」
「えぇ。まぁ、そうですね‥‥‥」
頼んだ紅茶が運ばれてきた時。
女性の泣き声が聞こえてきた。
「‥‥‥男爵家の次期当主である私の‥‥‥となって欲しい」
隣のテーブルからの声だ。
女性の泣き声と共に男性が何かを言っているのが聞こえる。
だが、衝立が邪魔していて何が起こっているのかは見えない。
「なんでしょうね?」
「こんなところで女を泣かすなど、貴族の恥さらしだな。どこの男爵家の者だ。俺が罰してやる」
エヴァンは静かにしろ、というように口元に人差し指を立てた。
「なんて素敵な指輪。本当に嬉しいです。私が本当にロビン様の妻に‥‥‥」
女性は涙をこらえながら言う。
あぁ、先ほどのは嬉し泣きだったか。
アリシアは思った。
パタン。
箱の蓋を閉める音がする。
指輪の入っていた箱の蓋なのだろう。
「指輪は結婚式で渡すことになる。式を挙げられる日までどうか待っていて欲しい。どうしても、母の療養に付き添わねばならぬのだ。待たせることになってしまってすまない。1年はかかるかもしれないな」
「いつまでも待ちます。愛するロビン様の為ですもの。本当に今日、発たれるのですか?」
女性は今度は悲しみの涙を流しているようだ。
「あぁ。そろそろ行かねば。エリン、今回も助けてくれるのだろう?」
「もちろんです。結婚の約束をしているのですからお助けするのは当然です。‥‥‥これを。300,000リル入っております。お母様が元気になれば、結婚できるのですよね。どうかお母様のご病気が早く良くなりますように」
「毎回、母の治療費を用立てさせてしまいすまない。今までの分も含めて借りた金は必ず返す。私は貴族だ。信用してくれ。」
「返すだなんて。ロビン様。私、ロビン様のご苦労は理解しています。将来の妻としてロビン様を一生懸命支えさせていただきます」
「あの酒場でエリンが働いていてくれて、本当に良かった。エリンに出会わなければどうなっていたか。屋敷が燃えて困っていたところにまさか、母が重い病にかかるとはな」
「プロポーズのようですね」
「あぁ。しかし、何かおかしいな。借金か? 相手は平民のようだが。貴族が平民、しかも女性に借金をするとは」
「はい。でも、確かに屋敷が燃えた男爵家はありますね。半年ほど前、我が家の近くのカルデラ男爵家のお屋敷です。今は仮住まいにお住まいのようです。ただカルデラ男爵夫妻には娘しかいなかったような‥‥‥。うろ覚えですが」
「やはり、おかしいな」
2人は再び黙った。
「そうだ。家族で王都を出るから、あの仮住まいの屋敷は知り合いに任せることにする。だからあの屋敷を訪ねて、私のことを聞いて知り合いを困らせることはやめて欲しい」
「はい。‥‥‥あの、どうしても一緒に行くことはできませんか?」
「それは無理だ。エリンには酒場の仕事がある。半年前に田舎から出て来て、やっと見つけた仕事なのだろう。借りた金は少しずつ知り合いに届けさせるから、王都で待っていてくれ」
「はい‥‥‥。お手紙はいただけますか? 1年もの間、1度もお会いできないのでしょうか?」
「手紙か。もちろんだ。じゃあ、もう行く。母が待っているのだ。」
「あ、あの‥‥‥。待ってください。貴族の方には国王様と新年を祝うパーティがあると聞きました。お母様は療養中でも、ロビン様は参加されませんか? その時にはお会いできませんか?」
「1月のパーティか‥‥‥。その日は忙しい。とにかく、もう行かなくては」
「1月‥‥‥?」
アリシアとエヴァンは顔を見合わせた。
「これで、決定的になりましたね」
その瞬間、アリシアの心の中では声が上がる。
人を騙すなんて最低じゃねぇか。そんな人間は許せねぇと。
「このままでは、女性は気が付いた後に泣くことになりますね」
アリシアは、急いで立ち上がろうとする。
しかし、それに気が付いたエヴァンがアリシアの腕を掴んだ。
「何をする気だ。王都警備隊を呼びに行かせよう」
王都警備隊は、騎士団の一部門で王都の治安を守る組織だ。
窃盗や傷害事件などの事件の際には、調査や犯人を捕らえ罰する役割をしている。
「だめです。警備隊を待っている間に男が逃げてしまいます。規則ではエリンさんが気付かないといけませんよね。男が逃げる前に気付いてもらいます」
アリシアは静かに言うと深呼吸をし、立ち上がった。
心の中の小さなガキ大将を静めているのだ。
今日は第1王子、エヴァンも一緒だ。
流石に乱暴な言葉や睨みをきかせたりすることはできない。
「エヴァン様は目立ってしまいますので、黙っていてくださいね」
アリシアは、エリンと呼ばれていた女性の後ろへと移動した。
「あの、お話中に申し訳ありません。私、父を手伝って商売をしている者です。お見受けしたところプロポーズのようで‥‥‥。よろしければ、お祝いをさせていただきたいのです。お話をさせていただいてもよろしいでしょうか」
「な、何だ、お前は!」
「ご存じかと思いますが、貴族の方のご結婚が成立した場合、ご祝儀をお渡しするのが私達商人の常識。これを機会に今後、懇意にしていただければというのが本音ですが。受け取っていただければと思います」
これはロビンと話す為の嘘だ。
「祝儀か。すぐにもらえるのか? なんせ、私は直ぐに王都を発たなければいけない身だ」
「はい。ただその前に少し確認を」
「なんだ」
「火事でお屋敷が燃えて仮の屋敷にお住まいだというお話が聞こえてきました。仮のお住まいはどちらですか?」
「それは‥‥‥」
「ローレル通りの赤い屋根のお屋敷です。さびた門のある古いお屋敷です。あくまで仮の住まいなので少々みすぼらしいですが、今後、焼け跡に新しい屋敷を建て直すつもりです。そうですよね? ロビン様」
ロビンは口ごもった。
だが、もう妻のつもりなのだろう。誇らしげにエレンが代わりに答えた。
「そうですか。エレン様、仮住まいのお屋敷には入られましたか?」
「いいえ。まだ結婚をしているわけではないので外からしか‥‥‥」
なんてペラペラの嘘だ。
アリシアはそう思い、ロビンに軽蔑の眼差しを向ける。
ローレル通りにある赤い屋根のさびた門がある古い屋敷。
それは、フローレス男爵家の屋敷なのである。
「わかりました。失礼ながら、ロビン様。貴族の習慣についてお聞きしても? 新年を国王陛下と祝うパーティは何月ですかね?」
「1月だろう。新年は1月なんだから。おい、あまり話が長いのなら祝儀を置いて帰ってくれ。私には時間がない」
ふぅ。
もう1度、アリシアは深呼吸をする。
そしてエリンを見つめて言う。
「エリンさん、ロビン様は貴族ではありませんよ」
「えっ?」
「今の大陸歴では新年は1月です。陛下は1月に王都の広場で新年のご挨拶を皆さんにされますね。ですが、陛下主催の新年のパーティはこの国ができた頃の古い暦の新年の日にちに合わせて開かれます。来年は2月です。平民のロビンさんご存知ないかと」
「何を言う!」
ロビンは立ち上がろうとする。
しかし、アリシアの鋭い目に見つめられ、一瞬ひるんだ。
アリシアは口早に言う。
「エリンさんが見せられた赤い屋根のお屋敷は、フローレス男爵家の屋敷。今は現当主の妹と使用人が住んでいます。近くにある別の貴族の屋敷の焼け跡も見せられ、この男の話を信じてしまったのですね。貴女、騙されていますよ」
振り向いてアリシアを見るエリンの瞳は動揺している。
無理もない。
でも、理解をしてもらはなくてはいけない。
これはどう考えても詐欺だ。
今すぐにロビンを捕まえることもできる。
だが国の規則では、詐欺は被害者からの訴えを受けないと罰が下されない。
だからエレン本人が詐欺を受けたと気が付き、ロビンを訴えなくてはいけないのだ
「嘘よ! ロビン様は愛している、結婚しようと何度も言ってくれたわ。屋敷の焼け跡に連れて行ってくれた時だって全財産が燃えてしまったと私の前で泣いて‥‥‥」
「おい、お前は何だ! エリン、こいつの言うことは嘘だぞ!」
ロビンは立ち上がり怒鳴る。
ロビンはアリシアへと近づき、殴りかかろうと手を上げた。
それはできないはずだ。
アリシアはロビンに冷たい視線を向ける。
アリシアは知っていた。
席を立った時、エヴァンが護衛に目配せしていたことを。
護衛のうち2人はエヴァンに近い席に座っていた。
彼らには、視界が阻まれている店内も影響はないようで、アリシアと同時に立ち上がり、静かに動き出していた。
ロビンは上げた手を護衛の1人に止められた。
一見すると普通の平民の男性のようだが、その動きは速い。
ロビンの腕は護衛の男性に掴まれ、上げることができない。そして、そのまま腕をひねられ、ドスンと床に倒れこむ。
「あの、一体‥‥‥」
目の前で起こった一瞬の出来事。
それを見てエリンは茫然としている。
「エリンさん。目を覚ましてください。半年前、田舎から出て来たんですよね? 寂しいと思っていたところに働いている酒場でこの男に優しい言葉をかけられた。そして恋をして‥‥‥涙ながらに実は屋敷が燃えて全財産を失ったとを伝えられ、母親の治療費の相談されたのですね?」
エリンは力なく頷く。
「貴女は貴族だからお金は返ってくると安心していた。その上、結婚をほのめかされて舞い上がった。何とかして彼を助けよう、そして彼の母親の病が治れば早く結婚できると思い何度もお金を渡したのですね?」
「はい‥‥‥」
ロビンは田舎から出てきたばかりのエリンを騙しやすいと考えたのだろう。
自分は男爵家の息子だが、屋敷が焼けてしまい全財産を失った。その上、母親が病気となり治療費が必要。
そんな陳腐な嘘をエリンは信じた。
少ない金額を何度も騙し取る。
それがロビンの手だった。
貴族が平民に求婚する、平民の間で語られている恋物語が現実になるかもしれない。
舞い上がったエリンを騙すのはさぞ簡単だったろう。
「やはり。もうお分かりかと思いますが、この人、お金を返す気はありませんよ。この店を出たら、どこかに逃げるつもりでしょう。あ、先ほどの指輪は偽物のはずです。すぐにしまったところをみると、宝石じゃなくてガラスでしょうね」
プロポーズも母親の療養の話も、最後までエリンを欺くためのもの。自分が逃げるまで捜されないように、訴えられないようにとする為に時間を稼ぐためのものだ。
ボロが出る前に逃げようと思ったのか、新たなカモを見つけたのか。
とにかく、ロビンは行方をくらますつもりだったはずだ。
「そんな‥‥‥」
それだけ言うとエレンの口からは嗚咽が漏れた。
アリシアはエリンの肩を抱きハンカチを渡した。
「くっ、勝手なことをさっきから!」
護衛の1人に押さえられているロビンは抵抗しようとするが、できるはずもない。
「この虫が! お前は食べ物にたかる虫と一緒だよ! 大切な小麦にたかって小麦をダメにする‥‥‥。だが、今回は完全に小麦がダメになる前に外に出されて終わりだ。牢の中でせいぜい小麦を恋しがるといい」
ロビンを睨み、アリシアは小声で言う。
これくらいはいいだろうとアリシアは思った。
もっとひどい言葉で罵っても足りないくらいだ。
「‥‥‥エリンさん、急にこんなことをしてしまってごめんなさい。この人について行ってもらえますか? 王都警備隊に貴女が受けた詐欺の内容を訴えてください」
アリシアはエリンに深々と頭を下げた。
「あの、私、騙されていたってことですよね。謝らないでください。まだ混乱していますが‥‥‥。本当にありがとうございました」
今度はエリンがアリシアへと深々と頭を下げた。
そして、エリンは護衛に引っ張られるように歩くロビンと共に店から出て行った。
「まったく、人には目立つなと言っておいて‥‥‥。周りを見てみろ」
エヴァンが自分の席へ戻ったアリシアへ言う。
「えっ?」
どの席の人々も、席を立って背伸びをするようにアリシアのほうを見ている。
「お、お騒がせして申し訳ありませんでした」
アリシアはそう言うと、顔を隠すようにして慌てて席へ座った。
「役に立たずにすまん。貴族もいるだろうから俺が出ると騒ぎが大きくなると思ってな。それにしても、虫だと‥‥‥。やっと、猫をかぶるのをやめたか」
クックックッと、エヴァンは声を殺して笑っている。
恥ずかしさのあまりアリシアは真っ赤になる。
「い、田舎育ちですので。でも、エヴァン様に比べれば大人しいものですよ」
「何を言う。この言葉も態度も、全て‥‥‥、いや、幼い頃、ある娘から男らしくないと言われて無理にしているだけだ。真似しようとしても、その娘のようには話せない」
「‥‥‥本当ですか?」
「なんだ、その目は。疑っているのか?」
「い、いえ。そう言う訳では。あ、そうそう‥‥‥エヴァン様の言う通りでした。エヴァン様がいれば、大丈夫でした」
「どういうことだ?」
「あちらのテーブルへ行く時に、警護の方に目配せしてくれましたよね。私、それで安心をして話ができました」
「そうか。よかった。この件も報告しなくては。アリシアの善い行いが一つ増えた、詐欺師を捕まえたとな」
満足そうな笑みがエヴァンの顔に浮かぶ。
「これは、善い行いなのでしょうか?」
その時。
背後からよく知っている声がアリシアの名を呼んだ。
「ねえ、アリシアよね?」
「カーラ!」
「もめている声がすると思って厨房から覗いて見たら、よく知っている顔でしょ。驚いたわ、アリシアが街に出るなんて。それにしても、何をしたのよ?」
「えっと‥‥‥。カーラこそ、なによ。その恰好」
カーラは白いエプロンに帽子、まるで菓子職人のような恰好をしている。
「‥‥‥私は、3カ月前からこの店で週に2度、菓子の作り方を習っているのよ。少しだけ手伝いをしながら無料で教えてもらっているの」
カーラは気まずそうな顔をする。
「えっ、どうして?」
「アリシアが8度目の侍女試験に落ちた時、考えたのよ。今だって1年限定の仕事じゃない。仕事もなくて領地にも帰れないのなら、2人してお店ができないかなって。アリシアは裏方をしてもらうつもりでね。市場で顔見知りだったここの店長に相談したら、この店で焼き菓子の作り方を学んだらどうだと言われたの。秘密にして、驚かせようと思っていたのに‥‥‥」
「そうだったのね。てっきり、恋人でもいるのかと‥‥‥。心配してくれていたのね。ありがとう」
カーラはアリシアの幼い時からの親友だ。
王都でもずっと一緒だ。
呪い付きのアリシアがどんな思いをしているのか、きっと1番分かっている。
だが、まさかそこまで考えてくれていたなんて。
アリシアは嬉しさのあまり、カーラに抱きついた。
カーラは驚いたようだったが、すぐに照れたように笑った。
エヴァンはそんな2人に怪訝そうな顔を向ける。
「何を言っているんだ。1年後に菓子屋? 1年限定の仕事? 1年後、いや将来は俺の横に立つのがアリシアの仕事だろ?」
丁度、カーラから騒動についての質問攻めがはじまった。
アリシアはそれに手一杯で、エヴァンの言葉は耳には入らなかった。
ただ、不機嫌そうなエヴァンを見て、ふと思った。
(そういえば、エヴァン様の用は何だったのかしら?)
お読みいただきありがとうございました。




