第97話
「春名ー起きろー」
「ん……」
視界がだんだんと鮮明になっていくとそこには颯音の顔があった。
「いつの間にか来てたんだ?」
「さっき来たところ。こんなところで寝てたんだな。てか、ゲーム内でも寝れるんだな」
「それな」
時間を見ると夕方の五時手前だった。
「ここで何してたの?」
「変な島を見つけたら、レッドクラブの群れに襲われてコガネたちと一緒に倒してた」
「そんで寝てたと」
「そう言うこと。あれ、コガネたちは?」
船内を見渡してもコガネたちの姿がどこにもいなかった。
「俺が来た時には誰もいなかったけど?」
「もしかして」
立ち上がった俺は後部デッキからこっそり船先のデッキを覗くと四体の姿が見えて、その中に紛れてシーセンチピードがいた。
隣で覗いている颯音が話しかける。
「また来てるねあいつ。仲間にしないの? 春名」
「したいけど、すっげぇ臆病で逃げちゃうんだよな。まぁ気長にしていくさ」
俺に気づいたクモガネが飛んできて頬にすりすりしてくる。
シーセンチピードは俺を見るなり少しずつ後ずさろうとしている。
まだ俺のことを怖がっているようだな。
「クモガネ、この蜂蜜をあいつに渡してくんね?」
インベントリから蜂蜜が入った瓶を取り出してクモガネに渡す。
クモガネはじっと俺も見てからシーセンチピードのところに飛んでいき、蜂蜜が入った瓶を渡してくれた。
シーセンチピードは俺と瓶を交互に何度も見る。
「ビー!」
「シ、シャ?」
「シュ!」
コガネとシロガネが説得してくれたのかシーセンチピードは蜂蜜を飲み始めた。飲んでくれてよかった。
颯音は俺の肩に手を置いて話しかけてくる。
「なぁなぁ、変な島ってあれのこと?」
「そうだけど」
「ちょっと行ってくる、ギン」
颯音は白銀色の狼のギンを呼び出す。
「行くぞ、ギン」
「ワフ!」
先にギンが船から降り海面に着く瞬間に海面が凍って、ギンが降り立つ。颯音も続いて凍った海面に立ち、ギンと一緒に島に向かった。
海面が一瞬で凍るってやばいな……まぁうちのクモガネも出来るけどね!
「キュゥ?」
戻ってきたクモガネが頭を傾げて顔を覗き込んでくる。
「なんでもない、俺たちも行こう」
頭を撫でるとクモガネは嬉しいそうな表情をする。
「コガネたちも来るかー?」
「シュ!」
コガネとシロガネとクロガネが俺に寄ってきて、コガネは俺の体をよじ登り、シロガネは肩を掴み、クロガネは足にしがみつく。
「お前も来るか?」
そう聞くとシーセンチピードは海に飛び込んでしまった。行ってしまったか、また来るだろう。
「シロガネ、クモガネ頼む」
「ビー!」
「キュゥ!」
体がふわっと浮かびあがり島に向かって飛んでいく。
島に降り立つとクロガネが作った穴がふさがっていることに気が付く。
俺はボロボロの家を調べている颯音に尋ねる。
「颯音、ここら辺に大きい穴なかったか?」
「穴なんてなかったよ」
「ふーん。で、そっちはなんかわかりそうか?」
「全然わかんない。ここは後回しした方がいいと思う」
「だよな。マップに座標を記録してるから別の島を探しに行こう」
「了解」
俺と颯音は船に戻ることにした。
「あ、颯音。夕飯食べてから来るから一旦ログアウトするわ」
「わかった」
「颯音はもう夕飯済ましたのか?」
「もう食べたよ。先に島を見つけておくよ」
「了解、すぐ戻るよ」
俺は四体を戻してからログアウトした。
ヘッドギアを外してスマホを見ると兄ちゃんから連絡が来ていた。
そこには帰りが遅くなるから夕飯はいらないと書いてあった。それなら、ログアウトしなくてもよかったなぁ。夕飯は簡単なものにして直ぐに戻ろう。
料理をしているとインターホンが鳴った。作業を止めてインターホンの画面を見るとそこには高級料理店のオーナーであるユファンさんが映っていた。
俺は急いで玄関を開ける。
「ユファンさん、お久しぶりです。兄ちゃんならまだ帰ってきてないんですが……」
「知っている。これを渡しに来ただけだ」
ユファンさんから紙袋を受け取る。
「これは?」
「お前の兄に頼まれたものだ。さっき連絡したら弟に渡して置いてと言われたのさ。人使いが荒い奴だよ、まったく」
「なんかすいません。兄ちゃんに渡しときます」
「邪魔したな」
ユファンさんは手を振って去っていく。
ユファンさんを見送って玄関を閉めた俺は紙袋を兄ちゃんの部屋に置いていく。キッチンに戻り料理を再開して、パパッと食べ終えた俺はゲームに戻る。