第29話
平日は少しだけログインして、街を出たすぐ近くの草原でスライム相手にコガネのスキルの使用回数を稼ぐのを繰り返した。
スライムのレベルが低いから直ぐ倒しちゃって全然稼げなかったけど、やっと週末! 思う存分やるぞ!
学校が終わって寄り道せずに帰宅。
「ただいまー。兄ちゃんの靴がある」
リビングに明かりがないけど部屋に居るのかな。兄ちゃんの部屋に言ってドアをノックするけど返事は返ってこないかった。
ゆっくり開けて中の様子をみると部屋は暗く兄ちゃんはいなかった。
リビングに行くとソファで横になっている兄ちゃんを発見。俺は兄ちゃんの体を揺すって起こすことにした。
「兄ちゃん、こんなところで寝たら風邪引くよ」
「……ん。春名か、おかえり」
「ただいま。ってじゃなくて、風邪引くよ」
「社会人になってから風邪引いたことないし」
「なんの自慢だよ。夕飯出来るまで寝てる? 起こすよ」
「いやいい。飯行くぞ」
「え? ちょっ!」
兄ちゃんに手を引かれて制服姿のまま駐車場に連れて行かれ、車に乗ると動き出す。
「どこ行くの? 近くのラーメン屋?」
「少し遠くのレストラン」
「え……近くにでいいのに……」
早くゲームがしたくて俺は小言を言う。
「まぁそういうなよ」
兄ちゃんはそう言って頭をポンポンとする。
しばらくすると目的地のレストランがある建物についた。
車を駐車場に置きレストランに向かったけど……
「明らかに高級レストランだと思うんだけど、兄ちゃんはスーツだからいいけどさ! 俺場違い過ぎじゃない?」
「個室だから問題ない」
「個室……兄ちゃんの仕事、いい加減教えてほしいんだけど」
「ほら、個室行くぞ」
兄ちゃんにはぐらかされた。
何度聞いても軽くスルーするし、両親に聞いても大手企業って言うだけだし……本当気になる。
個室に案内され向かい合わせでテーブルに着くと、豪華な料理が運ばれてきた。
「どんどん食えよ」
「うん。えっと、外側から使えばいいんだっけ?」
「ここには俺たちしかいないんだから気にしなくていいさ」
「うん、わかった」
少しだけ気分が楽になった俺は食事を始めた。
フルコースはどれも美味しいかったけど、量が物足りない。帰ったらなんか食べよう。
レストランを出て駐車場に向かってしっかりとシートベルトを付けると車が動き出した。
家に帰る前にコンビニに寄ってお菓子を買ってから帰宅。
部屋に戻って早速ゲームを始めようとヘッドギアに手を伸ばすとスマホの電話が鳴る。着信相手は颯音からだった。
「なんかよ――?」
『春名、春名! 聞いてよ!』
いきなり大声で話され耳が痛くなった俺はスマホを離す。
「……うるさいな。静かに話せよ」
『ごめんごめん。嬉しいことがあってさ。父さんが景品でヘッドギアを当てたんだよ!』
「へぇー良かったじゃん」
『ソフトは自分で買って今から始めるんだけどさ、一緒にやらない?』
「別にいいけど、もうキャラ作ったの?」
『まだ、これから作るところ』
「ふーん。なんか調べた?」
『ん? 基本的なことぐらいかな』
「森から始まるのも知ってる?」
『そうなんだ。変わったスタートの仕方だね』
「はじまりの街の外門の所で待ってるよ」
『分かった』
颯音に俺のキャラの見た目と名前を伝えて電話を切る。さ、颯音の反応が楽しみだ。
ヘッドギアを装着して俺もログインした。
街中を駆け出し颯音との待ち合わせ場所の門に向かう。相変わらず人が多い。どっか移動しよう。
「すいません、春名……で合ってる?」
邪魔にならないように門から少し離れたところで待っていると、ぎこちない喋り方で話しかけてくる初期装備の男性が話しかけてくる。見た目がリアルの颯音にそっくりだ。
「俺だよ颯音」
「よかった……」
颯音は胸を撫で下ろした。
「あの列に並んで街に入るんだ」
「そうなんだ、了解」
颯音と一緒に列を並んだ。
「そうだ! 春名に文句が言いたい!」
「言いたいこと分かるから聞きませんー」
俺は両手で耳を塞ぐ。
「あ! その反応は確信犯だな! 初めて死を悟ったよ!」
「みんな通る道だから。ははは」
「マジで……春名もそうだったの?」
「おう」
談笑しながら並んでいるとようやく自分たちの番が来て門兵の所に行く。
「あれ? ハルナだ。どうしたの?」
そこには鎧姿のヴェルガがいた。
「今日仕事だったんだ」
「さっき交代したところなんだ。こちらはハルナのお友だち?」
「うん、今日からなんだ」
「なるほど」
ヴェルガは颯音に体を向けて親切丁寧に説明をした。
説明が終わり颯音はプレイヤーカードを受け取った。
「何か分からないことがあれば聞きに来てくださいね」
「分かりました。ありがとうございました!」
「それじゃヴェルガ。仕事頑張って」
ヴェルガに手を振って俺は颯音と共に門を潜った。