歩み寄り
「帰してはいただけないのですね」
「頼むから警戒を解いてくれないか?君に危害を加えるつもりはないし、本当に会話がしたいだけなんだ」
「分かりました」
なんか追い詰め過ぎちゃったかな?会話するくらいだったら立場逆転は起きないか
「何をお話すればよろしいのでしょうか?」
「執事君、君は野良猫のような警戒心だね……」
野良猫……まぁ何となくリリウムさんは苦手かも?という第一印象のせいで相当警戒していると思う。だからそれはある意味間違いではないだろう
「そうですね。野良の誇りとして簡単に手懐けられる訳にはいかないのです」
「ぷふっ、はははっ、ユーモアのセンスも持ち合わせているか」
まぁまずは歩み寄りの一歩として相手の一言を拾ってボケてみる
「では、ウチで働くのはどうだろう?給料は任せて欲しい所だ」
まぁ野良だなんだと言えばその流れになるよねぇ
「残念ながら、働き口は求めていません」
「それは野良だからか?」
「居場所は既にあるのでここで働くと言う訳にはいかないだけです。ずっと空けておくと心配する者達が居るので」
「そうか……」
露骨にテンションが下がってる……
「で、ではたまにで良いから私の話し相手をしてくれないだろうか?」
「と、いいますと?」
「恥ずかしながら、大抵の男は私の体ばかり見て、目を見て会話をしてくれない。だから男と会話するのは極力避けていたんだが……君となら不快感なく、会話が出来る。だから、少しで良いから私と会話をして欲しい」
「それで、わたくしを探していたんでしょうか? リリウム様は意外と面白い方の様ですね」
まさかの会話相手として僕を探してたの? 精神的アドバンテージ云々とか大分馬鹿らしい事を考えてたのかもしれないけど、目を見て会話して欲しいってつまり今まで通りの接し方で良いから会話してくれって事だよね? じゃあこれからも目を見て会話をした方が良いんだろうな
「君より面白いとは思えないがね?」
「そうですか? まぁその辺の人と比べればつまらなくはないとは思いますが」
「それは間違いない。執事君基準で人を見たら皆つまらないさ」
とりあえず態度を軟化させても問題無いかな
「整理するとリリウム様は男性が苦手だから、わたくしと会話して克服すると言う事でよろしいでしょうか?」
「苦手というより、君が気になったから話してみたいんだよ。それじゃあダメだろうか?」
僕の方に歩いて来てわざとらしく前傾姿勢で口元に人差し指をあてるあざといポーズ。なんだ? さっきの仕返しか? だったらこっちも反撃しておくか
「本当に、男性は苦手では無いのですね?」
リリウムさんの顎をつまんで少しだけ顔を近付ける。ノリでやってしまったけど、これかなり危険な行為なのでは? 一応相手は王族?かもしれないのにこういう事してしまったら処罰されてもおかしくないかも……やっべ、色々考えたらかなりヤバいかも
「ちょ、ちょっと……待って……」
うん、ダメだこれ。リリウムさん顔が赤くなってる。もうこれ突き抜けてやり通そう
「おやおや、やはり男性は苦手の様ですね」
「し、執事君こそ、恥ずかしいんじゃないのかい?」
「さぁ、どうでしょうね?」
すぐに手を放して後ろに歩きながら喋る。実際めっちゃ恥ずかしいです、はい。でも顔に出しちゃったら負けなのでポーカーフェイスを崩さない様に気を付けてるまっ最中です
「……こんな危険な執事を野放しにするのは良くない気がしてきた」
「そもそも、わたくしは今は執事をしているだけで、普段は別の事をしています。だから執事だけをするなんて息苦しくて出来ませんよ」
実際このロールをやるのも執事服の補助があるからポーカーフェイスを保てているのかもしれない。このロールをずっと続けるのは疲れるから執事として雇われるって結構辛い。というか、雇われても僕自体は先に進んだりしたいからこの城にずっと居るというのは出来ないんだよな
「では、君の執事以外の姿というのも見させてくれないか?」
「そうですね。見せても良いですが、見せたら帰ります。それでもよろしいのなら」
「うーむ、それならもう少しお話してからでも良いかな。そうだ、お茶しないか」
「淹れましょう」
執事モードのせいか「いただきます」よりも先に「淹れましょう」って言葉が出てきた。凄いぞ執事モード
「美味い紅茶だ。これで執事専門ではないんだろう?」
「はい、本業ではありません」
前回4人に紅茶を淹れてるから今回も美味しい紅茶を淹れる事が出来たと思う。一応リリウムさんにも満足してもらえたなら今後何かお茶会みたいな事が起こったとしても貴族様相手でもお茶を出す事が出来るぞ? まぁ、今更貴族云々とか正直どうでも良いレベルなんだけどね? こっちは神様相手に水あめとか、稲荷寿司とか出してるんだ
「おっと、申し訳ありませんがもう行かないといけません」
「もう、行ってしまうのか? もう少しくらい話を……」
正直何も用事は無いけど、そろそろ撤退しよう
「【ヴァルゴ】御用の際はモルガ様をあたるとよろしいかと、ではリリウム様。ごきげんよう」
「なっ!?君は!?」
性別を変え、姿を執事服からドレスに変え、クスリと笑ってから別れの挨拶を言って扉を開けてみる。これで出られなかったらもう目も当てられないけど、単純に扉は閉めただけだったみたいでロックとかはされてなかったので簡単に開いて外に出られた。いやぁ良かった
「あの子が……あの執事と一緒……?」
城に残されたリリウムの頭は今にも爆発しそうなくらい混乱していた