深淵なる育成
「その変化は本当にえげつないですね……信奉者を増やしたいだけならさっきの女性体かイケメンな男の姿で勧誘するのが良いんじゃないですかね?」
僕は最初からニャラ様の姿を見ているから変化しても「あぁ、戻ったか」くらいで済んでるけど、知らない人が見たら卒倒してもおかしくないよな
「見た目で判断するような奴は必要無いかな。私が欲しいと思ったものだけを勧誘するし」
欲しいと思ったものだけ……ニャラ様が言うと何かものの部分が「者」じゃなくて「物」っぽく感じるなぁ
「とりあえずその宝石はニャラ様にお返ししたので僕はこれで……」
「ハチ、ここに来たのに何もしないで帰るつもりか?」
「で、ですよねー……」
やっぱりアビス様もただで帰るのは許してはくれないか
「訓練してもらっても良いですか?」
「そう来なくてはな!」
やっぱりアビス様って意外と寂しがりなのかな?なんか僕がこの空間に来た時に結構ここに留めようとしている気がするし……自意識過剰かな?
「一応、深淵が少しだけ使えるようになったので、それの訓練をしてもらっても良いですか?」
「良いだろう。早速始めよう!」
深淵尻尾を出して、構える。そういえばこれどういう訓練になるんだろう?
「まずはどのくらい動かせるかだな。その場から動かずにこの的に攻撃を当ててみろ」
「え?」
「ん?どうした。早くやるのだ」
「分かりました……」
嘘……今までの僕の限界ギリギリまで追い込むような訓練じゃない!?どうしたんだろう……アビス様めっちゃ優しくないか?
「あっ、ふぬっ!ふぬぬぅ!くぅ!」
的があるのは絶妙に僕の深淵尻尾が届かない距離。この場から動かないという条件を守る為にも何とか深淵尻尾を伸ばすが、ギリッギリ届かない
「はっはっは、どうした?その程度ではいつまでも終わらないぞ?」
これ僕の深淵尻尾が的を壊すまで帰してくれない感じ?一見優しそうに思えたけど実はスパルタだったか……何とかあの的を破壊出来るように頑張ってみるか
「凄い成長速度だねぇ?」
「簡単に褒めてはダメだ。成長しなくなる」
「普通の人間なら最初の段階で壊れちゃってもおかしくないけどねぇ……それにこれ。持ってたら正気を保てなくてもおかしくない物なんだけど、普通に持って返しに来たからねぇ?」
「あれだけ強靭な精神力の持ち主はしっかり育てなければな」
ハチが的を破壊しようと必死に訓練している間に少し離れて会話する2柱
「くぅ!あとちょっとが届かないなぁ!」
「見ろ。本来ならあれは人間が扱える物ではない。それをもう手足の様に使っている。それに……」
「笑ってんねぇ?」
「苦しみの中でも笑っていられる。それがただの人間にはどれだけ難しい事か」
「聖なる力、闇の力なんてものは扱う人間は割と居るけど、深淵の力をしっかり操れる逸材はやっぱり逃したくないねぇ?それなのに厳しくして良いのかい?」
「人間相手の加減はわからん。だが、アイツは……ハチは逃げんだろう。力を、技術を、自分の物にする為に貪欲に努力が出来る奴だ。そんな人間を育てるのが面白くなってきた」
「それは同意だねぇ。彼は見てて飽きないよ。今度は何をしてくれるのかなぁ」
過去に深淵に到達して、存在を理解する物は居ても操れるようになるまで行けた者はそれこそ片手の指で数えられるくらいしか居ない。しかもその中でもハチはこの力に嫌悪感等は持っておらず、技術習得の為に努力が出来る。そんな手頃な人間が居たら育成するのが楽しいと考えてもおかしくないだろう
「うーん、やっぱり単純に伸びろって思うだけじゃ駄目かなぁ……一度考えるか」
今のままじゃ、あの的には絶対に当たらないと思う。一度坐禅でもして雑念を消して心を落ち着かせてみよう。ゆっくり息を吐き出して、その後の呼吸は自然にまかせる。口は閉じて静かに細く、長く息を吸って下腹の辺りからゆっくり吐くイメージで……最初は心の中で呼吸を数えて、1から10まで数えてはまた1からを繰り返し、最終的には数は数えずに呼吸そのものになる気持ちで雑念を消していく。的を壊さなければならないと考える事が一番的の破壊から遠ざかる。まずは無心になる事から始めよう
「……い。おーい!聞いてるぅ?」
「はっ!?すいません!サボっていた訳では無いです!」
「まぁそうだろうねぇ。それだけ精神統一してたらサボっているとは思ってないよ。ただ、今の自分がどうなってるか分かってる?」
「今の自分?坐禅してますが……」
「あれ?気付いてない?」
「ん?」
別に体全身に深淵を纏っているとかではない……何か変な所ある?
「無意識か、お前浮いてるぞ?」
「へ?」
「ほぉら」
浮遊マジックの時の種も仕掛けも無いですよみたいな感じで、僕の下に触手を伸ばすニャラ様のお陰で僕が地面から浮いている……?
「うおっと!?あっ、もしかして浮いてるんじゃなくて深淵尻尾で立ち上がってた?」
ニャラ様の触手によってバランスを崩して倒れたので、どうやら尻尾で立ち上がっていたみたいだ
「良いじゃん良いじゃん!面白い事になってんねぇ!」
面白がられているけど、まだ的を破壊出来てないんだよなぁ……