喪失感
「闘争心を剥き出しにするのは良い。が、冷静さを失うほど剥き出しにするのはなってない」
「なんだとぉ!?」
「そういう所だろ……」
何か凄まじく息巻いている人が居たからとりあえず注意してみたけど、味方にもそう思われていたみたいでまさかの賛同を頂けた
「さぁ、どう仕掛ける?遠距離戦で距離を取って安全に戦うのか、近距離戦で危険を承知で確実に仕留めに行くのか、貴様らの選択は何だ」
まぁどんな選択をしようと後ろは地割れで、敵は正面からしか来ないというのであれば、正直何万人居ようが僕の勝ちだ。だってこの軍人キャラが負けるようにするのが僕の目的なんだからどれだけ引き付けて、どれだけの相手に死んだように見せられるかの勝負だから今前に居る人達に勝つ勝負では無い
「はぁぁ!」
天使が剣を振りかぶって来たので、剣の柄の部分を掴んでなんとか真っ二つにされる事を避ける。ホントに力が強すぎるよ……ポン君の補助はあるけど、ポン君も多分結構ギリギリだよね?これ
「先程は失礼な事をしました。ですが、この身が爆ぜようとも貴方には私の力を知ってから逝ってほしい!」
「その気概だけは認めてやろう」
「ごふっ!?」
力を抜き、剣を振らせてから右足で天使の膝の裏を蹴り、強制的に跪いた所に左膝を天使の顔面に叩き込み、怯んだ所で顔面を踏みつける。これで防御無視出来るのでとっとと天使の体内から石を取り除く
「自身がどうなろうとも勝とうとするその覚悟、その覚悟を忘れるなよ?捨て身が良いとは言わないが捨て身にすらなれない奴は先に進めるものか」
ワザと取り出した石を2回程手の上で投げてから地割れの底に捨てる
「あ、ありがとうございます……ですが何故……」
「バカが、敵に感謝してどうする」
さぁ、僕も覚悟を決めないと……
「しゃぁぁ!」
「ぐふっ……」
【察気術】で立ち上がった天使さんの影から一人やって来ているのは見えていた。が、これはチャンスだ
「天使のお陰で隙が出来たぜ!」
天使をブラインドにした僕への攻撃。中々良い攻撃だ
「あぁ、そんな!」
天使さんが僕を見て悲しいのか悔しいのか嬉しいのか、色んな感情の籠った表情でこっちを見ているが、僕の腹には深々と直剣が刺さっている。滅茶無茶痛い……ポン君がグッと力強く抑えてくれているので止血は出来ているからか赤ポリゴンは出てこないけど痛みはモロに来ている。今すぐにでも叫びたいレベルの痛みだけどここで叫ぶ訳にはいかない
「そうだ……敵の隙を、見逃すな……仲間を使え……そうでなければ、魔王は倒せんぞ?」
腹に刺さった直剣を何とかポン君に抜いてもらい、手で傷口を押さえる
「ふっ、まさかこんな事になるとはな……先に逝…ぞ。あとは任せ……た…あぁ、教師に……なりたかっ……」
途切れ途切れに喋ってから力を抜いて、地割れに落ちる。これで最後の一人に託したように見えるだろう。さっさと傷口の治療をしなければ……
「【擬態】」
壁に張り付いて回復薬を傷口に塗る。というかマグマのせいで滅茶苦茶熱い……あっそういえばシロクマコスチュームは超環境適応力とかいう能力が付いてたっけ?一旦着替えれば耐えられるかも
「おっ、熱くないな。いや、やっぱり腹を刺されるのは滅茶苦茶痛いわ……HPはギリギリ残ってるからなんとか問題無いけどそう何回も使いたい手法じゃないな……攻撃バフが入ってるせいなのか一撃貰っただけでHPがデッドゾーンだよ……こんなの多数相手に戦うのはあんまりやりたくないな?それに天使は前に鉱山で会った時に【ジャミング】を突破されてるからさっさとこの場から離れないと……」
何にしても天使が厄介だ。計画が壊れる前にとっとと移動だ
「やった!やったぞ!四天王の3人目を倒したぞ!」
「あの軍人……結構カッコ良かったけど病気か何かで弱ってなかったら倒せてなかったな?」
「出来れば弱体化する前に倒してみたかったけど、どう考えても太刀打ち出来る感じじゃ無かったしな。いやぁでもあと1体倒せば次は魔王だろ?なら多分行けるだろ!」
「どうして……どうして最後に私に情けを掛けたのですか!」
天使は地割れに向かって悔しがっているが、天使の輪を破壊されてしまったので遠くまで探す事は出来ない。探知出来たとしても10m程度が限界だ。その程度では地割れに落ちた彼を探す事は出来ない。何故あれだけ非情なまでに勝利への追及をしていた人が、最後にわざわざ私の体から爆弾を取り出してくれたのか。私は爆破される覚悟で臨んだのに、その気持ちを踏み躙るように……そうか。私は彼の気持ちを踏み躙った。彼と決闘がしたいが為に私の我儘で彼を回復させようとした。だから彼は自分の信念を曲げてでも私の気持ちを踏み躙るように爆弾を取り除いたんだ……
「天使!次は攻めに行くぞ!」
「私は、行けません」
今の私に勇者軍の攻撃部隊に参加出来る資格は無い
「何?」
「私は、もう戦えるだけの力を持ち合わせていません。申し訳ありませんがここからは貴方達で頑張ってください」
縋る相手は自ら捨てた。倒すべき相手はもう消えた。元々天の使いで協力するように言われてこの地に降り立ったが、今の私は目的を見失ってしまった。それでも彼らに協力していたのはあの方を探し、リベンジする為……いや違う。もう一度会う為だ。きっとあの方に心惹かれていたのかもしれない……ただもう一度会いたかった。私に新しい道を示してくれたあの方に
「大丈夫です。今の貴方達なら魔王の首にもその剣が届くでしょう」
もう戦う為の気力が尽きてしまった。大事な人を失うとはこういう気持ちなのだろうか……
人知れず天使の戦意を削ぎ、これからの戦闘に参加しないようにするとまでは当のハチも思ってはいなかった