勝者と勝者
「僕の……負けかぁ」
深淵が崩壊していく。生き残っていた人は深淵に飛び込んで来た穴から外に放り出されて、地上に戻る。武器も一緒に穴から飛び出ていく。カランカランと音を立てて、生き残った人と武器がその場に散らばる
「おめでとうございます!今回のイベント無事勝利した方々です!皆さん拍手を!」
チェルシーさんの声が響き渡り、この場にチェルシーさんが現れた
「はい、皆さんお疲れ様でした。勝利者インタビューをしたいんですが、よろしいですか?」
マイクを向けてインタビュー。ああいうマイクもあるんだ
「まさかあのハチさんに勝てるとは……皆さんやりますねぇ!」
うんうん、皆あっちに注目が集まってるし、もうこっちは心配ないな
「ふぅ、終わったぁ!」
「いやはや、凄いですね……どうするのか事前に聞いてなかったらあれは本当に暴走でもしたのかと思いましたよ」
負けた直後、光が再集結してファーストエリアで僕が再生成される。ヤミィさんが出てきて話掛けて来た
「計画通りに進んでホッとしてますよ。これが上手く行かなかったら本当に僕が一回死ななきゃいけなかったんで……」
「というかあれでなんで死んでないんですか?」
まぁ、ヤミィさんは見た事無いから驚いても不思議ではないか
「これは僕の最終防衛ラインというか、防御的切り札の【光子化】の力ですね」
絶命に至る攻撃を喰らった瞬間、その攻撃を無効化して1分間全ての攻撃を無力化する僕の防御の切り札的存在。まぁ、これが発動した時点で僕がほぼ死に体なので、逃げる為に1分って感じだよねぇ
「あんな人数相手にしてもまだ余力が残ってるんですよねぇ……」
「余力って程じゃないけどね」
領域魔法とか、ウカタマ召喚とか、分裂とか……まだ能力自体はあっても、常に全部出すのは避けたい。また今回みたいな事があったとして、今はまだ負けても問題はないからこうして戦ってくれた人達に花を持たせる形にして、僕への対処の手をこの辺で止めさせるみたいな事をしているけど、本当に負けられない戦いが来た時は相手に花を持たせるとかせずに、完全に蹂躙するくらいの気持ちで行く。そういうタイミング以外で全力を出して、持っている手札を全て出すみたいな事をしてしまったら、僕の全力に対して何らかの対処を完全に組まれてしまう可能性が出る
「今の感情としては持ってる手札でフィニッシュへの方向性を決めて、過剰な投入は避けるって感じかな。手札を全て知られてしまって完全に対処されるとどうしようもないけど、手札の中からフィニッシュパターンを数個用意して、1つがダメなら別のパターンに切り替えが出来る様にって感じ?」
手札で1つの最強コンボが作れて、それを使えば大半の敵は倒せるとしても、そのコンボに対したメタ(対策)をされたら一気にその手札の力は弱くなる。だからこそ手札全てに対してメタを張られない為に手札全てを投入した1つのコンボではなく、派生や、別の切り口のコンボが出来る様に余力を残しておく
「その一つが今回の深淵で叩き潰すって奴だったんですね」
「そうだね。いやぁ、ヤミィさんが手伝ってくれたから思っていた以上の立ち回りが出来たよ」
人型深淵や、拘束を率先してやってくれたので、凄く助かった。ちょっとした計画の切り替えとかも出来たし、ヤミィさん意外とやり手だな
「あの人達とは前に一緒に戦ったりしたから結構手の内を知られてて、騙すのが大変だったんだけど、ヤミィさんのお手伝いのお陰で何とか騙せたよ」
あの暴走状態のフリをする時に深淵の腕がボコボコしたり、周囲の深淵を震わせる時に僕の意思とは違う震わせ方とかしていたお陰で、制御しきれてない感の説得力が上がっていたと思う
「負ける為にあんなに演出する必要あったんですかね?」
「やるからには全力でやらないと騙せないからね。それに、これから色々とコソコソする為に僕は負けておいた方が都合が良いんです。あっちの人達に注目が集まってくれていた方が、僕に割く時間が減るでしょうから」
色々抱えている事を終わらせていくには他の人からの干渉を可能な限り減らしたい。メッセージ拒否で対応しても良いけど、ちょっと行方を眩ませたい気分。また何処かの森の中に籠るのもアリだなぁ
「勝つ為に色々やる人は見た事ありますけど、負ける為にこんなに手の込んだ事する人は初めて見ました」
「負けるにしても、僕が死なない様に負けるというか、負けを演出するだね。今回もビックリしたけど、やっぱり皆強くなってる。仲間とか友達だからこそ、負けられないって気持ちがあるんだよ。でも、友達だからこそ勝たせてあげたい気持ちもある。だから僕にとってこういう負け方は全く苦にならない」
単純に負けてあげるとは違う。全力の演技で全員騙し切ったという勝ちを僕は拾える
「もしこういう事をされてムカつくって言うのなら、僕の演技を見抜いてトドメを刺しに来るしかないね。けど、その時は僕だって本気で抵抗するよ。もちろん、死ぬ気で頑張るけど、死にたくはないからねぇ?」
そこまで来たのなら僕だって多分後がない。そうなればなりふり構わず殲滅するまでだ




