深淵なる滝行
「ぐっ、ふっ……」
真っ暗闇の深淵で黒い水が僕の上から大量に降って来る。深淵だから高さはほぼ無制限でとんでもない勢いの黒い水が僕の体を打ち付ける。HP上限を減らされているからただ立っているだけでもかなり苦しい。強制的に座らせられる様に黒い水によって押さえつけられているみたいだ。でも、これは攻撃じゃないから僕のHP自体は減っていない。この状況の中で更にこの滝から攻撃が降って来るのを深淵触手で【受け流し】をしろと言う事だ
「集中……」
眼を閉じて【察気術】に意識を集中する。触手の【受け流し】も、受け流そうとした攻撃の前に黒い水によって妨害される事も全然あり得るから、触手が黒い水に負けない様に硬くするか、それこそ黒い水も避けるくらいの速度で行くか……
「……」
水と言っても全てが繋がってどうしようも出来ない訳じゃない。雨粒の様にそこには必ず隙間がある。その隙間を縫うように、深淵をとてつもなく細くして雨粒を避けて攻撃のみを受け流す方法。もしくは、僕の深淵の柔軟性を高くして、水は受けつつ、攻撃は【受け流し】してしまうか。色んな方法が考えられる……
「全部……試してみるか」
触手だって4本出せるんだ。だったら4本とも別の方法でチャレンジしてみよう
「すぅ……ふぅ……」
ゆっくりと深呼吸をして、体に掛かる圧を感じながら、4本の触手を別々のアプローチで【受け流し】を行ってみる。1つは剣の様に、1つは鞭の様に、1つは糸の様に、1つは布の様に……鞭と糸が似ている気がするけど、これでとにかくやってみよう
「ぐっ、いや、行ける!」
HP上限が減らされて、意識がハッキリしない状態で深淵触手を4種類別々にして操るのは脳に掛かる負荷が尋常じゃない。HP上限減少が想像以上に効いている。多分普通の状態でこの修行をやってもそこまで高負荷では無いのかもしれないけど、今は真っ直ぐ立っているのも辛い
「うっ……」
酸欠の様な状態で、脳が締め付けられる様な痛み。体を打ち付ける深淵の滝で強制的に跪かされそうになりながらも、触手の4本を4種類に分けて操作する
「へへっ……これは、難しいや」
4種類の別の動きをするのに脳への負荷と、体への負荷でかなり厳しい。いよいよ攻撃が始まったのと、なんか思考の鈍化……あぁ、HP上限が更に減ったのか。この深淵の滝に混ぜた攻撃……【受け流し】に失敗して僕に当たれば当然痛いのもあるけど、HP上限を削る能力もあるのか。これは失敗すればする程追い込まれるし、一定ラインを越えたら完全に深淵触手の制御すら出来なくなってしまうから完全に触手を制御して、攻撃を捌けなければここで押し潰されて死ぬ
「これは……合わせた方が良いか」
硬くしたのは滝の影響をもろに受けてしまい、受け流す際に影響が出る。糸状にした物は逆に細すぎて攻撃に対して受け流す際に、余計に時間が掛かってしまう。鞭状の物は素早く動かして滝の水も全て防ぐ様な感じでやってしまうと余計な体力を使ってしまう。単純に無駄な動きになってしまうし、布状は結構良いけど、やっぱり滝の影響が結構ある。この辺の事を考えると、この4種を合わせる様な……タスキとか鉢巻みたいな物をイメージしてやってみよう。これなら動かす時は糸や鞭の様にしなやかに動かせるし、
【受け流し】の際は布の様に受け止めたり、瞬間的に硬化させる事で弾いたり出来る
「これなら、何とか、なるか」
やはり、帯みたいな形が一番扱いやすいかもしれない。単なる触手も良いけど、帯状の物が一番使い勝手が良いかもしれない。雨の様に降り注ぐ深淵の中に混じる、槍の様な攻撃も選別する事が出来ている気がする。実際にこれにしてから受け流しのミスがかなり少なくなった。というか、そもそももう試行錯誤をする余裕もそんなに無いからこれで行くしかない。これはもしかして、体が抑え付けられて動けないという危機的状況に追い込んで僕の成長を望んでくれているのかもしれない
「何か、ちょっと慣れてきたかも」
やっぱり深淵で特訓すると命懸けで出来るって言うか、普通よりも過酷だからなのか、生存本能のお陰か適応力とか上がっている気がする。HP上限が減らされたはずなのに、深淵の操作精度がさっきよりも上がっている気がする
「ってなったら、苛烈に……なるよね」
降って来る攻撃の数が増え、HP上限が更に減らされる様な感覚。目の視野はほぼ正面のみ。【察気術】が無ければ攻撃がどこから降って来ているかも分からない。もう滝に抗う力が無いので、膝立ちというか四つん這い。それでも攻撃が止まらないので対処するしかない
「4つじゃ、足りない……」
だったら倍にすれば良い
「ぐぅぅぅ……」
操っている触手を縦に割く様にして倍の8本を操作する。8本を高速で動かしながら、降って来る攻撃に対応しなければ……多分次の攻撃が当たったら、完全に終わり。触手が操作出来なくなって一気に攻撃を連続で喰らってさようならだろう。頭が痛い。苦しい。でも、死にたくない。生き残る為には限界とか言ってられない
「もっとだ……」
生き残る。死なない。その為には
「もっと!」
更に倍の16本使えば良い
 




