クマ……?
それから、無礼のない程度にはマナーの教育を受けるように言われた。
1ヶ月間、このアウロフィッツ伯爵家の別邸にて教育を受け、私は公爵家に向かうことになった。
ここに来てからも、とても高価だろうワンピースを着せてもらえたが、今日はかなり本格的なドレスであった。
シンプルな白であるが、生地質が途轍もなく良く、所々の刺繍が素晴らしい。
髪型も複雑に編み込まれてアップにされている。
そして、
紫色の髪飾り。
耳にも紫色のイヤリング。
紫色の首飾り。
白いドレスも、この紫を引き立たせているようであった。
なんというごり押し感……。
伯爵様の元に行くと、珍しく伯爵様の顔に驚きが見えた。
「これはとても美しい! それに君の紫の瞳がよく引き立つ。
メイドたちは良い仕事をしてくれたようだ。何か褒美を与えなければな」
この伯爵様の性格は好ましいわ。
結果によっては褒美を与えてくれる。
実力重視なのだわ。
その後、私はベールをかぶらされた。
「君の、リリアナの美しさを見て、そして瞳の色を見て、どれほど驚くだろうか」
伯爵様は無表情であったが、そろそろこの人に慣れた私には、楽しみにしているのだと分かる。
◇◇◇
公爵家に着くと、部屋に通され、伯爵様に続いて中に入った。
――――――クマ……?
きっと公爵様だ。
背が高く太っていて、とにかく大きい。
顔立ちも良くはないかもしれない。
しかし、私にとっては許容範囲である。
それから、公爵様のことを何気なく見ていると、ん? と思って首を傾げた。
あれは――――――…………
――――――
――――
――
「――――リリアナの顔を見てくれませんか?」
私はハッとして我に返った。
公爵様は面倒くさげに頷いた。
私はベールを外す。
そして公爵様を見た。
そうすると、公爵様は目を見開いたのだった。
「これは…………」
「驚いてくださったようですね」
「メイドの子どもであったな? 貴方の祖母は確か……」
「ええ、王女でした。王族でした。
これほどではありませんが、祖母も濃い紫の瞳でありました」
「ああ、これほど濃い紫は見たことがない」
「ええ、そうでしょう」
伯爵様は、はやり何の感情も見えない無表情であるが、とても満足げであることが私には分かった。
「それに我が娘ながらとても美しい。年もまだ18です。
メイドとの子どもをエルハイム公の結婚相手に紹介したいなどと、無礼であると思わせてしまったことでしょう。
それに確かに、この娘はつい最近まで平民として過ごしていた身であります。
申し訳ありません。
しかし、この瞳の色を見て分かっていただけたのではないでしょうか?」
「ああ。だが、始めから何かあるとは思っていたさ。
何度かそういった、若く美しければいいだろう? という女を紹介された。
しかし貴方はそのような私を侮ったようなことをする愚か者でないと、私は知っていた」
「ありがたいお言葉です」
「しかし彼女ならば、もっと良い相手と結婚できる」
「エルハイム公以上の相手など、いようもありません」
「……家柄、地位、権力、確かにそう言ったものは、持ち合わせている。
しかし私のような者に嫁ぎたいと思う女性がいるはずもない。
彼女の気持ちも考えたらどうだ?」
「それを言うのならば、気分を害されるかもしれませんが言わせていただきます。貴方も、結婚などしたくないからそう言っているだけでしょう?」
そう言うと、公爵様は苦い顔をするのだった。
そして、私を見る。
何かを言った方がいいのだろうか。
分からないので、ただ、私も公爵様を見返した。
そうしていると、伯爵様が言う。
「この娘、リリアナは、あまり愛想が良くないのです。
決して機嫌が悪いというわけではないのですよ?」
一応私も頷いた。
「はい、私は機嫌が悪いわけではありません」
公爵様は聞く。
「君は私との結婚が嫌だろう?」
嫌だと言って欲しそうである。
「いえ、嫌ではありません」
私は即答する。
それは本音であった。
この人と結婚すれば、私の家族は良い暮らしができる。
それに…………――――。
しかし公爵様は私の言葉を全く信じていない様子であった。
私はそんな公爵様を見て、思わずフッと微笑む。
それを見た公爵様は息を飲んだ。
「ん、リリアナが笑うなんて珍しい……」
伯爵様は思わずといったようにこぼすのだった。
公爵様は納得していないようであったが、私を拒否することはしなかった。
伯爵様の言う通りに、受け入れざるを得ないようだった。