結末
ライセント公爵家が没落してから、半月が経ったという頃だった。
朝食前、自室でミオに髪を結んで貰っていると、ノックもせずにメイドが飛び込んできた。
「エミリア様が! エミリア様がおりません!!!」
「――――え?」
私はあまりに突然のことに一瞬脳が思考停止した。
しかしすぐに我に返って、慌ててエミリア様の部屋に向かった。
向かう途中、メイドを問い詰めるように聞く。
「コロのところには!?」
「おりません、あの、それが、コロ様もおりませんでした」
「コロも……!? 一体どこに…………」
「旦那様と奥様、王妃殿下、ユナ様宛の手紙が残されて…………」
「手紙……?」
――――
――
エミリア様の部屋に入ると、確かに机の上に幾つかの手紙があった。
私宛の手紙を手に取って読む。
◇
リリアナ様、突然いなくなってしまって申し訳ありません。
やはり、いてもたってもいられなくて、自分の気持ちが抑えられなくて、面倒ばかりおかけして申し訳ありません。
私はガイン様に会いに行きます。
どうか、ご心配なさらないで。
コロがついておりますから大丈夫ですわ。
落ち着いたら手紙を出します。
リリアナ様は私の唯一の友だちです。
どうか、これからもずっと友だちでいてくださいね。
◇
字には焦りが見られる。
この日のために元々書いておいたというよりは、衝動的な思いつきでここを出る前に焦って書いたという感じだ。
ガイル様というのは、王妃殿下とのお茶会の帰りに出会った、迷子になっていた騎士の男である。
エミリア様、絶対に惚れたな、と思ってはいたが……。
「フフッ、アハハ、フフフッ」
私は思わず笑いが漏れた。
不思議と心配はなかった。
エミリア様なら大丈夫だという謎の確信を持っていた。
後からルーズベルト様が慌てた様子でやって来て自身宛の手紙を読むと、額に手を当てて「なんていうことだ、王妃殿下に何と言えば……」と嘆いたのだった。
それからまた半月もすると、エミリア様から手紙が届いた。
無事にガイル様に会えて、ガイル様もエミリア様を覚えていたようだ。
しかしまだ恋愛には至っていないらしい。
時々騎士団に顔を出して差し入れをしたりして、仲を深めようとしているのだとか。
今はガイル様の同僚の女騎士に保護され、貴族の子どもたちの家庭教師をして働いているらしい。
ユリウス殿下の婚約者、次期王妃も決まった。
一度、王妃殿下とユリウス殿下の婚約者、アンジェラ様と一緒にお茶会をした。
アンジェラ様はとてもしっかり者で、これならユリウス殿下も任せられるだろうと安心できる人だった。
ただアンジェラ様は少々気が強い性格で、王妃殿下はエミリア様と違って全然素直でなく可愛くないと言い、アンジェラ様は王妃殿下に対して一切ひるむことはなく言い返し、ちょっと嫁姑問題のようなものが発生していた。
私は言い合う2人を苦笑しながら見ていたが、なんだかんだ、王妃殿下もアンジェラ様を認めているようである。
そして私もこの前ようやく、ルーズベルト様と一緒に私の生まれ育った街に帰った。
母さんや弟のルカ、妹のミミは私を見ると駆け寄って来た。
特にミミはとても私に懐いていたので、もう離れるまいとばかりにくっついた。
ギュッとしてあげるとミミはこれ以上ないほど泣きじゃくって、私も思わず少し泣いてしまった。
母さんとルカもつられるように泣いたが、その後に自然と皆で笑顔になった。
そんな中ルーズベルト様はとても肩身が狭そうに、申し訳なさそうな顔をしていたので、「連れてきてくれてありがとうございます」と微笑むと、ルーズベルト様も安心したように小さく笑った。
その後家に入ろうとすると、家が新しくなっていた。
ぼろくて狭い、雨漏りなんかもしていたあの家ではなくて、ごく普通の一軒家になっていた。
最近はよく母さんと手紙のやりとりをしていて、アウロフィッツ伯爵から貰ったお金で家を建てたことを知っていたが、それでも目にすると……。
生活もとても豊かになったようで、ルカはちゃんと薬を飲んでいるおかげで随分咳をしなくなったし、ミミは髪飾りをして少しオシャレをしていて、そんな様子を見ると本当に良かったと思った。
手紙にはルーズベルト様のことも書いていたので、母さんは何度もルーズベルト様にお礼を言っていた。
幼馴染みのバネッサ、ザク、勉強を教えていた子どもたちにも会った。
随分姿の変わった私に最初は分からなかったようだったが、私だと分かると皆喜んでくれた。