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知っていたこと、初めて知ったこと

その日の夜、なんとなく眠れなくて、ベッドから起き上がって部屋をでると自室で考えた。


今日、エリックとした会話を思い出す。


「これからお前はここで、そう、穏やかな時間を過ごして、ただこうやって過ごしていくだけの人生だ。それでいいのか?」

そんなエリックの言葉に私は応えた。

「ただこうやって過ごしていくだけの、この人生で満足なの」



――――

――


私の前世においては、母は幼い頃に死んで、父には暴力を振るわれ、弟を守りながら生きてきた。

父が死んでからは精神的に随分楽になったが、弟を養うためにも高校を卒業してすぐに働いた。

そのうち働きながら色々な資格を取ったり大学認定試験を受けたりして、給料の良いところに転職した。

毎日働き詰めだった。

仕事に対して少し、野心も生まれていたと思う。

だからその時の私は、こんな風に生きていくのも良いか、と思ったんだ。

でも弟が結婚して、私に甥っ子ができた。時々弟の家にお邪魔して、その温かい家庭に触れて、その小さな赤ちゃんに触れると、どうしようもなく寂しくなった。酷く眩しくて羨ましかった。

私もこんな家庭が築けたら、なんて幸せだろうって思った。

仕事なんかよりもずっとずっと、こっちが良いって。




私は、この今の人生で経験したことがないことを知ってしまっている。

本来知り得るはずのない感覚、感情を知ってしまっている。


父から暴力を受け弟を守る、荒んだ家庭を知っている。

勉強や仕事ばかりしていて、友だちと笑いあうなどしたことのない、恋愛などしたこともない人生を知っている。


そして今世で私は、前世よりもずっと、たくさんのことを知った。

初めてのことをたくさん知った。


父さんと母さん、親からの愛がなんて温かいものだということを初めて知った。

弟妹を大切に思う気持ちは前世と同じ。

公爵夫人になってエルハイム公爵家に来てから、これほどの穏やかな日々を初めて知った。

気が置けない友だちが初めてできた。


前世の記憶があるからこそ、私はこの日常が幸せだと感じることができる。

私はずっとこの日々を夢見ていたから…………。



前世、母が生きていた頃、大きなテディベアを買ってもらった。

いつも一緒にいた。

母が死んでそれを父に捨てられた時、すごく泣いた。

ふとそれを思い出した。


その大きなテディベアのフォルムはルーズベルト様と似ていたと思って、1人でクスリと笑った。





その後、寝室に入るといつものようにルーズベルト様の隣で眠った。


起きると、なんだか不安になった。

覚えていないが、嫌な夢でも見ただろうか。

夜、自室で前世のことを思い出していたからだろか。

この日々がフッと失われてしまうのではないかと、どうしようもなく怖くなった。


ちょうどルーズベルト様も起き上がったので思わず抱きつくと、その大きな身体は固まった。


「ど、どうした?」

「こわい夢をみました」


自分でもよく分からなかったのでそう言った。

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