前世の記憶
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私には、前世の記憶があった。
ここではない世界、日本という国での記憶である。
母はいなかった。
父は、いつも仕事から帰ってくると酒に入り浸って、時々暴力を振るった。
弟がいた。
弟は控えめで大人しい性格をしていた。
私はそんな弟を守らなければならなかった。
テレビ、ゲームや漫画などはない。
私は勉強ばかりしていた。
勉強が楽しかった。
よく図書館に行って本を読んだ。
高校3年生。
先生は私の成績ならばどの大学にでもいけるというが、父は高校はいかせたのだから、と大学までは許してくれなかった。
そんな時、突然であった。
父が事故で死んだ。
それから、葬式で初めて親戚に会ったが、誰も助けてはくれなかった。
まあ、そうだろうと思った。
そんな期待はしていない。
ただ、同情の眼差しを向けて、申し訳なさそうにしてくれているだけ良いと思った。
私は高校を卒業するとすぐに働いた。
働くことにはすぐに慣れた。
優秀な成績でありながら大学へいくこともできず働くことになった私を、周りは憐れんでいたが、私としてはとても平穏な生活をおくっているのであった。
それから働きながら大学認定試験に合格し、様々な資格をとって、給料の良いところに転職した。
弟も高校を卒業して専門学校にいき、それから就職した。
控えめな性格も徐々に変わってよく笑うようになった。
弟は私よりも早く結婚して、私には甥っ子が出来て……。
「なんて可愛いの!! フフッ」
「姉さんも早くいい人を見つけなよ?」
「はいはい」
幸せであった。
あとは、弟の言う通り私もいい人を見つけなければね。
私も子どもが欲しいわ。
私はもう、30手前であった。
そしてこれもまた突然のこと……。
仕事へ行く途中、信号待ちの時であった。
ここの信号はとても長いのだった。
隣で、幼い子どもとその母親の親子が楽しそうに会話をしている。
これから公園に行って遊ぶらしく、手にはボールを持っていた。
それから、母親の知り合いらしき女性がやってきて母親と話し始めた。
子どもは手の中のボールをいじっている。
可愛らしいわね。
微笑ましくて思って頬を緩めた。
少し気になって、チラと腕時計で時間を確認した。
――――その時である。
ふと、子どもの持っていたボールが道路に落ちて行ったのが、横目で見えた。
ハッとして子どもを見ると、子どもはすでにボールを追って道路に飛び出していた。
心臓が大きく跳ね上がるのと同時に、私の身体は無意識に動いた。
自分がどうしたのか覚えていない、ただ気付いたら子どもの腕を思い切り引いて、その代わりに私が大きく道路に飛び出していた。
その後の記憶はないから、きっと私は車にひかれて死んだのだろう。