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エリックが欲しかったもの

ライセント公爵家は没落し、ユリウス殿下の婚約は破棄となり、エミリア様は自由になった。

現在もエミリア様は我がエルハイム公爵家に滞在している。

今まで通りよく一緒にお茶を飲みながらお喋りをしている。

エミリア様に付いてコロに会いに行っていたから、コロとも信頼関係が築けてきたと思う。コロはとても賢くて、恐らく人間かそれ以上に賢いから、懐くという言い方はちょっと違和感がある。

よくユナ様とカイル様が訪れて、時々エリックも付いてくる。

ユナ様とカイル様とも結構仲良くなれたと思う。


しかしやっぱり色々思うところがあるのだろう。

エミリア様はよく物思いにふけってぼうっとしている。

私と一緒にお茶を飲んでいる時も、何となく心ここにあらずということがるのだ。

エミリア様はなんでもない、大丈夫だと言っているが……。




今日はエリックとカイル様が屋敷を訪れた。

そしてカイル様がエミリア様に話があるのだと言う。


そっか、エミリア様はユリウス殿下との婚約を破棄されたわけだから。

告白かな…………?


エミリア様とカイル様はテラスに出ている。

私はエリックと部屋の中で紅茶を飲んでいた。

エリックはライセント公爵家が没落したことについて、セルラング公爵家の子息としてエミリア様に義務報告することがあるらしく来たようだ。

ユナ様を連れてこなかったのは、ユナ様はエミリア様のことをとても敬愛し過ぎているため、カイル様が告白し辛いだろうと思ったからだそうだ。


「厳しいな……。でも、ま、カイルも分かっているだろ」

「そうねえ」


カイル様の告白について、私たちは思わず苦い顔になった。


王宮で会った迷子の男を思い出す。

私はエミリア様の好みのタイプを知っている。

カイル様は誠実で真面目で良い人なのだけれど、ああ、エミリア様の好みは真逆…………。

あの迷子男は不真面目だったわ。



苦い顔をしていると、エリックが空気を変えるように言う。

「――――それよりお前、少し噂になっているぞ」

「え? どんな?」

私は首を傾げる。

何かしたっけ……?

「エルハイム公爵を尻に敷いている、公爵を裏で操っている……とか」

「な!? 何それ!」

「身に覚えないのか?」

私は少し考える。

そして迷子男を思い出していたこともあり、王妃殿下とのお茶会の後、迷子の男を案内した先でルーズベルト様と会ったことが原因かもしれないと思い付く。

「この前偶然王宮でルーズベルト様に会ったけれど。でも別に、そんなにおかしいことは……」

「フーン?」

エリックはどこか疑っているように半目で私を見た。


「ま、仲が良くて何よりだよ」

エリックは少し怒った口調で拗ねたように言う。


そして何でもないように聞く。

「恋愛っていうのは、お前にとってどんなものだ?」

「な、何よ、いきなり……!」

突然のエリックの言葉に私は動揺する。

「お前はエルハイム公爵のことが好きなんじゃないか」

「わ、分からない。エリックはどうなの」

私が聞くと、エリックは眉に皺を寄せてうんざりしたように言う。

「恋愛なんてイライラする」

「ドキドキはしないの?」

「……時々はするが、それよりも圧倒的に苛つきが多いな」

そ、それは果たして本当に恋愛なのだろうか……。

エリックは横目で私を見て、私に言葉を促す。


「私はルーズベルト様のことが好きなのかどうか、まだよく分からない。ドキドキなんてしないし。うーん、したこともあったかな……? まあ、好きなのか分からないけれど、私はルーズベルト様と夫婦なわけだからこれが恋愛でいいと思うわ。今更ルーズベルト様以外の人と結婚するなんて考えられないし。

熱烈なものではないけれど、こういう恋愛もあるわ」


「……そうか」

エリックは何だか寂しげに笑った。


それから真剣な面持ちで言う。

「ずっと…………、聞きたかったんだが、お前は公爵夫人になって良かったと思っているか?」


「ええ、良かったって思ってる」

私がそう言うが、エリックは、「本当か?」と聞く。


「これからお前はここで、そう、穏やかな時間を過ごして、ただこうやって過ごしていくだけの人生だ。それでいいのか?

お前は公爵夫人にならなかったならば、本当ならば平民として試験でも受けて、文官にでも、研究員にでもなれた。そういう仕事に没頭して生きていきたいのではないか」


「そうねえ、勉学を突き詰めるような、好きな仕事に没頭した生活は楽しそうだろうと思う。平民だった頃は確かにそれを目指していたわ。

でもね、そんな夢が叶えられとして、寂しさとか、むなしさとか、きっと感じていたと思う。

仕事だけの生活に充実を感じる人もいる。私もそういう人間だと思ったこともあったけれど、意外に私はそうではないわ。私は意外に、この穏やかな生活が幸せ。

それに私は勉強は好きだけれど、毎日のんびり読書をしていて、物足りなさとか、そういうものを感じることはないわ。ただこうやって過ごしていくだけの、この人生で満足なの」


私がそう言うと、エリックは目を見開いて、心底驚いているようだった。

しかし、「そんなに驚いた?」と聞くと、エリックはどこか呆れるように、何か後悔するように、神妙な面持ちで言う。


「ああ、そうだな。お前と本の話ばかりしていて、とても熱心で楽しそうで、そんなお前しか知らなかったから。いつも何かを考えていて、忙しくしていて、それは家庭のこともあっただろうけれど、お前はそういう人間かと思っていた。何かしらしていないと落ち着かない人間なのかと」



それからエリックは考えるように黙り込んで、少ししてから、納得したというように清々しく言う。


「俺は公爵になる」

「ええ」

「生まれた時からそういう未来が決まっていた。その身分に誇りを持てる者もいるが、俺はそれほど誇りは持たなかった。ただ仕方ないことだと思っていたが、それでも不満はあった。公爵になる俺には手に入らない欲しいものがあったんだ」


エリックは何でもないように横目で私を見る。


「今、その欲しいものは案外近くにある。

…………だが、手に入れることはもうやめた。

ライセント公爵家が没落し、次期王妃になる方も変わって、きっとユリウス殿下も変わられる。新しい未来がやってくると感じる。

こんなことがあって、俺も公爵になるという自覚がでてきて、セルラング公爵家を継ぐことに誇りが持ててきたかな。

ライセント公爵家の悪行を糾弾し没落させた父は歴史に名を刻むだろう。

そんな大事を目にして、というか実際に手伝って、そりゃ、そんなんも目覚めるわ」


「フフッ、そうねえ」

降参、とでも言うように深く溜め息をつくエリックに私は笑った。


「それに、お前の今の話を聞いてきっぱり諦めがついた!」

「?」

私は首を傾げる。

「俺はお前と違って、きっと穏やかな生活はあまり好まないな。

退屈な毎日は嫌だ。仕事で忙しくしていたいし、休日ものんびりしたくない。

何かしら動いていたいし、考えていたい。今の俺はそう思う」

「そうなんだ?」

「ああ、でも勉学の高度な話ができるのはお前だけだし、お前と話すのは結構楽しいぞ」

「ありがと、私もよ」



その後、戻ってきたカイル様は「振られてしまいました」と言ってぎこちなく笑った。

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