何が?
少し経って再びエリック、ユナ様、カイル様がエルハイム公爵家に訪れることになると、再びルーズベルト様がソワソワし出すので私は苦笑した。
以前と同様、少し話をするとエミリア様とユナ様、カイル様に気を遣って、というより、3人の内輪話に入っていけないので、エリックに庭を案内すると言って、私とエリックはその場を離れた。
広い庭を進む。
今日は天気が良い。青空が広がって、風も温かい。視界には様々な花が咲き溢れる様が広がっている。清々しい気分になり、気持ちがいい。
「――――聞いたわ。セルラング公爵がライセント公爵家の悪行を糾弾していると」
「そうだな」
エリックは動揺もせずに頷く。
その話をされることを想定していたのだろう。
「エミリア様はどうなるの?」
あまり深く聞くつもりはないが、これだけは聞いておきたかったのだ。
「エミリア嬢が罰を受けることはないだろう」
エリックの簡潔な回答に私はホッとする。
「それならば良いわ」
「仲良くなったのか?」
「ええ、友だちになった」
私がそう言うと、エリックは驚いたように目を丸くする。
「そうなのか……?」
ルーズベルト様と同じである。
「何よ? だからね、私は友だちが欲しくないだなんて一言も言っていないからね!」
「ふーん」
こういうところはルーズベルト様と全く違う。
ルーズベルト様はむすくれる私をなだめようとするが、エリックは意に介さず、むしろ意地悪そうに口角を上げる。
「えっと、エリックは学園に通っているのよね? どう?」
「どうとは?」
「楽しい?」
「別に、もうすぐ卒業だしな」
「ああ、そうなの」
「それに叔父のところにいたから、結局は短い期間しか通わなかったしな」
「そうねえ」
そういえば、私が公爵夫人となった期間と同じだ。
私は色々あって、ルーズベルト様とも、屋敷の人たちとも仲良くなったけれど、随分あっさりしたものだ。
「授業は難しい?」
「全然。恐らくリリアナの考えているようなものとは違う。
学ぶ内容は基本的なものばかりだよ。
お前ならばテストで1位をとれるだろう。お前ほどの秀才はいない」
相変わらず私の頭脳においてエリックは高い評価をしてくれているようだ。
「友だちは?」
「貴族の世界なんて案外狭いものだし、編入という形であったが皆知っているものばかりだ。派閥が同じで家同士が親しい、幼い頃からの友人はそれなりにいる。わざわざ学園で新しい友人をつくろうとはしないさ」
「そ、そうなのね」
学園物語の青春も何もなさそうな言葉に私は思わず苦笑した。
「マニュアルみたいだろ? 下級貴族ならまだしも、俺のような公爵子息の人生なんてそんなものさ」
エリックは嘲笑して言うのだった。
贅沢と引き換えに、エリックは公爵家を継ぐという責任を持っている。
それから逃れることはできない。
エミリア様が王妃になる責任を持っていたことと同じように。
それを誇らしく思う者もいるだろうが、嘲笑したエリックはそれが嫌であるように感じる。
「その人生は――――」
「――――お前は毎日、まあ、本ばかり読んでいるのだろうが、他には何をしているんだ? 教会に行ったりしていると、よく耳にする」
私が聞こうとすると、エリックは言葉を遮って言った。
エリックにとって聞かれたくないことだったのだろう。
私は一瞬目を瞑ってただ納得する。
そうね、色々あるわよね。
そんな時ふと、エミリア様であったらもっと熱心に、どうしたのだろう大丈夫かしらと、心配し考えるのだろうと思う。
それに比べて私は冷たいかしら?
その人の悩みはその人が考えるべきことだ。
しかしその人が私に悩みを話してくれた時には私も一緒に考えるし、私がその人を放っておけないと思った時は無意識に考えてしまう。
例えばルーズベルト様やエミリア様であったら、なんだか放っておけない。
エリックのことは……、なんていうか、大丈夫だと思ってしまうのよね。
多少は心配だけれど、うん、きっと大丈夫。
エリックが私に悩み相談をしてくるというのも想像できない。
私は明るく答える。
「ええ、基本読書をしているけれど、教会で過ごす時間も多いわ。
私は子どもが好きだから、とても楽しい時間よ」
私だって選択肢はなかった。それもいきなりだった。
突然私の実の父の遣いが現われて、私は家族のために公爵夫人になった。
でも、今は幸せであると思っている。
無責任なことは言えないけれど、エリックも幸せをみつけられたらいいと思う。
「確かにお前は子どもが好きだったな」
エリックは私がよく街の子どもたちに勉強を教えてあげていたのを知っている。
それから私はルーズベルト様と一緒に教会に行った時のことを思い出して思わず笑う。
「フフッ、教会にはルーズベルト様とも時々一緒に行くのだけれどね、ルーズベルト様も子どもたちと仲が良くなって、案外面倒見が良いものだから、なんだかそれを見ると可笑しい」
「へえ」
エリックは楽しげに私を見ていた。
酷く穏やかな視線だが、何か探っているような、見透かされているような感じがする。私はエリックよりも半歩前を進んで、その視線から逃れようとした。
「フッ、あんなに大きな図体で、あんなに難しい顔をしていて、子どもたちに囲まれておどおどしているのは可笑しいわ」
「そんなことを言っても大丈夫か?」
「ええ、いつも言っているから。言うと、あの人はいつも不服そうな顔をする。それもまた可笑しいわ」
「仲が良いんだな」
「そうねえ」
「それほどまでに仲が良いのか?」
「まあ、良いのではないかしら?」
「お前は公爵のことが好きなのか?」
「……へ?」
だらだらと返事をしていたが、突然のその言葉に私はハッとエリックを見た。
「――――お前、本当にムカつくな?」
私はキョトンとする。
「?」
どうしてそんなことを言われなければならないのだろうか。
私の何がコイツをイラつかせたというのだろうか。
「何が?」
私が首を傾げると、エリックは「それだよ」と言う。
「意味が分からないわ」
「お前は他人のことには鋭いくせに、自分のことになると途端に鈍感な奴だな、わざとか?」
エリックは言葉とは裏腹にニッコリと笑って言う。
「その顔やめてくれる?」
そのわざとらしい笑顔に思わず言った。
この嫌な笑顔は、やはりイラついていると思われる。