エリック視点
エリック視点
今日、エルハイム公爵家にてリリアナと話をすることが出来た。
思っていた通り、金の援助を条件にエルハイム公爵家に嫁いだそうだ。
今日の様子からリリアナはとても自由に過ごせていることが分かり、エルハイム公爵家でのリリアナの待遇は良いものだと分かった。
リリアナは言う。
「ルーズベルト様はとても優しい人だった」
「優しい?」
「ええ」
俺は思わず首を傾げた。
公爵は気難しい人であるという認識であったから。
「確かに顔はいつも、眉間に皺を寄せて厳しい顔をしているけれど。優しいわよ?」
「そうか、まあ何にしろ、気が合わない訳ではないなら良かった」
「ええ、上手くいっているわ」
それを聞いた時、少しイラついて、俺はそんな自分に動揺した。
それから図書館に通っていることについて話すと、リリアナは無邪気な笑顔を見せる。
「ええ、本当に嬉しいわ!」
好奇心に満ちた瞳、美しい紫の瞳が輝いている。
その瞳はまるで宝石のようだ。
今はリリアナはメガネも掛けていないし、前髪も長くない。
その笑顔はあまりにも綺麗だった。
それから何となく沈黙して風にあたった。
リリアナの金髪がサラサラと風に流されていた。
以前あの古びた本屋でよく2人で本のことについて話していた頃、リリアナが時折こうやって無邪気な笑みを浮かべていたことを思い出していた。
懐かしかった。
その笑顔が今はとても眩しくて、手の届かないものだと思う……。
少し経ってリリアナは口を開く。
「ここでの生活はとても穏やか。
ルーズベルト様も、この屋敷の者たちも良い人で、たくさん本が読めるし。
本当に…………」
「――――安心した」
俺がそう言うと、リリアナは申し訳なさそうに言う。
「心配掛けたわね? ごめんなさい」
俺は爽やかな笑顔でもって言う。
「いや、いいさ。ずっと気にしていたが、今リリアナがこうして穏やかなに過ごしていると分かっただけで、全ての心配がなくなったようだ」
本当にそう思っている。
しかし、俺の中で何かが許せなかった。
その後少し雑談をしていると、エルハイム公爵がやって来たので俺は挨拶をした。
眉間に皺を寄せているこの人をリリアナは優しいと言う。
◇◇◇
「お兄様……?」
帰りの馬車で、妹のユナが首を傾げて俺を見る。
「何だ?」
「何だか、イライラしていますか?」
「してない」
「していますね」
「うるさい」
「むう」
鬱陶しくて思わず舌打ちをした。
――――今日、会わなければ良かった。
今更なことを考える。
あの街の、あの本屋での別れの時、金の援助をして、勉強の機会を与える話をリリアナに持ちかけた。
しかしリリアナは事情があると言って断った。
その時、事情を話してくれれば良かったのだ。
今になって、その時何故話してくれなかったのだとどうしても許せないと思う。
確かに王族の血を引いているなんて言えることではない。
俺に迷惑をかけると思ったから、俺の誘いを断ったというのも分かる。
それにそんな事情を話しても、どうにしろ俺がリリアナへの援助の話をなかったことにするだろうと、そうリリアナは思ったのだろう。
だが俺は絶対にその話をなかったことになどしなかった――――
だって俺はずっとリリアナのことを想っていた。そしてリリアナが平民であったから諦めていた。
しかしリリアナが王族の血を引いているのならば話は変わる。
エルハイム公爵と結婚できたように、公爵子息である俺の相手にもなり得る。
諦める必要はなかったのだった。
――――――
――――
――
俺はリリアナのことが好きだったが、平民が相手では公爵子息である俺には難しいことであると分かっていてその想いに蓋をしていた。
せめて気の置けない親しい友人であろうとした。
実際リリアナは、俺に友人という意味での好意を持ってくれていると分かっていた。
そして俺もリリアナのことを好きではあったが、一方で親しい友人でもあり得ていた。
だからこの想いに蓋をし続けていれば、いつしかそれは淡い思い出になるだろうと考えられた。
リリアナとの別れは突然であった。
だって俺についてくると確信していたのに、リリアナが予想外に俺の誘いを断ったから。
リリアナと別れてから、リリアナは一体どこで何をしているのかと、大丈夫だろうかと心配だった。
その心配は好きだからでもあり、友人としての感情でもあった。
それから王都でリリアナらしき公爵夫人の噂を聞いて、王立図書館で再会した。
リリアナは至って元気なようだった。
少し拍子抜けして内心苦笑した。
不思議な気持ちだった。
リリアナは姿が変わったが、中身は何も変わっていない。
ただ、俺とリリアナとの間に以前はなかった、人と人との間に一線を引く、貴族特有のあの感じがある。何かが違う。
リリアナが夫人であると分かっても、なんだかそれほど動揺はなかった。
その後パーティーで見掛ける度に、温かい気持ちになったし、以前のように本のことを語り合ったり出来るようになれば良いと思った。
しかし、今日、リリアナは以前のように話しかけてくる。
嫌でもあの頃を思い出させた。
どうしようもなく懐かしくなって、どうしてこんなことになってしまったのかと、幸せそうにしているリリアナを見て、理不尽に苛立った。
この、懐かしさがいけない。
本当ならば、リリアナが別れの時事情を話してさえくれれば、こんな場所ではなくて俺の傍でそんな風に笑っているはずだったのに。
――――ふと考える。
リリアナはエルハイム公爵に恋愛感情を持ち得ることはないだろう。
リリアナは本にしか興味がないような性質だ。
そして公爵がリリアナに対して恋愛感情を持つことも想像できない。
リリアナは公爵を優しいと言ったが、リリアナは変わっている。
リリアナがそう思っていても実際公爵は俺の認識通りの気難しい人であるだろうと思われる。
そんな公爵もまた、恋愛に興味があるように見えない。
また、公爵はリリアナと結婚するまで、ご両親が持ってきた縁談をことごとく断っていた。
今回の結婚も望んだものではないと聞いたが、それは本当だろうと考えられた。
エルハイム公爵はリリアナと離婚することに抵抗はないだろうと思う。
リリアナはここの生活を気に入っているようだが、俺の元でもエルハイム公爵家と遜色ない生活をさせてあげられる。それに俺に恋愛感情を持っていないだろうが、友人ではあるから気が楽だろう。
なにより俺はリリアナのことを大切にする。
リリアナも俺の傍にいる方が良いと思うのではないか?
――――しかし、今日のリリアナの穏やかな姿を思い出すと、苛立ちと共に言いようのない違和感を覚える。
俺は何か間違っているだろうか、思い違いをしていないだろうか…………――――




