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家出の理由

私はエミリア様が屋敷に滞在する間は、図書館や教会などに出掛けることはなく、屋敷で過ごすことにして、エミリア様とはよく一緒にお茶を楽しんだりした。


そうして過ごしている内にエミリア様は、もう家出をしたことで吹っ切れていたのか、私に心を許してくれたのか、ライセント公爵家のことや、ユリウス殿下との婚約のことについて、少しずつ話してくれるようになった。


エミリア様の話によると、やはりライセント公爵はアイラ様に比べてエミリア様にはとても厳しく、義母である夫人からは度々嫌がらせを受けて、アイラ様にもよく嫌味を言われたらしい。

一方妹のアイラ様は両親にとても可愛がられていて、アイラ様はそんな両親によく甘えていたようだ。




そして今日、エミリア様は俯いて、ボソボソと独り言のように話し出した。


「私はそれほど王妃になりたいというわけでもありませんでしたが、ちゃんとその責任を受け入れていて、ユリウス殿下のことも、最初は好印象であり不満はありませんでした。

しかし、ユリウス殿下がアイラを好きになってからはユリウス殿下のことが憎らしくなり、徐々に性格的にも合わないことを感じ始め、この人の隣に立って王妃になるのかと考えると……、嫌になりました」


エミリア様はそれから少し沈黙し、瞳に涙を溜めていった。

その涙は溢れると頬を伝う。

ハンカチを差し出すと、エミリア様は「ありがとうございます」と小さく言って受けとった。


それからエミリア様は涙ながらに言う。

「それに…………、父が色々とあくどいことをしていることは薄々分かっていて、私が王妃となり、この人に権力を持たせることはいけないのではないかと……、よく考え悩んでいたのです。

我が家には色々と黒い噂があります。聞いたことはありませんか?」

「え、ええ」

ライセント公爵家についての黒い噂は私もいくつか聞いたことはあった……。


「私がいなくなるとそれは色々と揉めるでしょうけれど、なんとかなってしまうことは理解していました。

ユリウス殿下の元婚約者候補だった令嬢たちも、王妃になるに相応しく任せられる存在です。

私がユリウス殿下の婚約者になれたのは、特別に優秀だったからというわけではありません。我が家が公爵の位でありながら、女児が生まれても長年王太子の婚約者になり得なかったからです。

また私が王妃殿下に気に入られていたこともあります」


基本的に王太子の婚約者になれるのは、公爵や侯爵といった位の高い貴族の息女や、他国の王女などだ。

そして王太子の婚約者に選ばれた息女の家は、特別視され、優位に立てる。

王族も公爵や侯爵から反感、不信感を持たれるのはよろしくないし、公爵や侯爵の仲を取り持つためにも、順番、という程でもないだろうが、それなりに平等に婚約者を選ぶものだと思われる。



「それに歴史的にも、今まで王太子の婚約者が変わった例はいくつかありました。


王妃になるに相応しく、ユリウス殿下の婚約者になりたいと思っている令嬢たちがいる中、現状王妃になりたくない私が婚約者で、また父はきっと権力を持たせてはならない人です。

絶対間違っていると思っていました。

私には王妃になる資格はなく、そして王妃になるべきではありません。


段々とユリウス殿下と結婚して王妃になる時も近づいてきて、最近はなんだかどうしようもなく焦っていました。

またアイラを王妃にしたい両親も焦っていたようで私に対する当たりは強くなり、家で過ごす日々はさらに辛く、我慢の限界でもありました。


全て放ってしまうなんて無責任であるとは思いましたが、それが最も正しい選択なのではないかとも思ったのです。いいえ、言い訳なのかもしれません。もう、何が何だかわかりません……」



私は対面していたエミリア様の横に椅子を持って来て隣に座った。

エミリア様はキョトンとしたように私を見ている。


私はエミリア様の手に自身の手を重ねた。


「温かい……。

……以前もこうやって手を握ってくださったことがありましたね」

エミリア様はそう呟いた。


私はそんなエミリア様の手をギュッと握る。

そしてエミリア様を真っ直ぐに見つめて言った。

「これからどうなるかは分かりませんけれど、私はエミリア様の味方です」



――――私はエミリア様の涙を見て、我に返った気がした。

私はエミリア様の味方でありたい。

これからどうなるかは分からないけれど、ルーズベルト様に頼んででもエミリア様の味方でいようと思った。


貴族の世界の、様々なしがらみ……。

噂なんかあっという間に広がるし、会話では裏の裏まで読まれているような感じがする。気軽な発言はできない。空気を読むこと、余計なことは言わないことが大切である。


そういうことばかり気にしていた。

私が失態を犯すことでルーズベルト様が悪く言われてしまう。

それはあってはならないことだと思った。


エミリア様のことも、ライセント公爵家から家出して王妃殿下の庇護の元にいる彼女であれば仲良くしても大丈夫、少しあけすけに話しても大丈夫などと考えて……。

そう考えることは必要なことかもしれないけれど。


でも、それだけではいけないのだ。

私はちゃんと人と向き合うことを忘れていたのだった。



◇◇◇



それからエミリア様はなんだか色々と吹っ切れたようであった。


「ユリウス殿下は良い方ですわよ、真面目で、正義感が強く、努力家で、民のことを思っている……。しかし、そんな堅物な性格が鬱陶しい!! ちょっとした文句を言われるだけで異常に癇にさわりますわ。アイラには何をされても文句なんて言わないくせに」


意外にエミリア様はズバズバ言う。

初日のどこか狂気じみたエミリア様もやはり、エミリア様の一部だったのだろうと思った。

時々、片鱗が垣間見える。



「ああ、リリアナ様と話しているととても落ち着きますわ」

「そうですか?」

「ええ、とっても聞き上手です。

ですが、私ばかり話してしまって申し訳ないですわ。

リリアナ様の話も聞かせてくれませんか?

エルハイム公爵とはどうなんですの?」


それから、私もちょくちょくルーズベルト様とのことを話すようになった。



エミリア様は聡明で、はっきりとした、意外にお喋り好きな性格だ。

エミリア様と私は気が合った。

私はこれほどおしゃべりをしたことは初めてであり、とても楽しかった。


平民の頃の幼馴染みであるベラとは、ベラも私も忙しくて、こうやって長々と話をすることはなかった。


前世、学生時代には友だちがいたが、友だちというよりは、何となく、一緒にいるのにちょうど良い者同士であっただけだったと思う。家庭のこともあり、話をしていてもそれほど楽しいという気持ちは持てなかった。

社会人になってからはそんな友だちとは会うことはなくなって、それから友だちができることはなかったのだった。

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