エミリア様
ご夫人方から解放された後である。
「エルハイム公爵夫人」
「エミリア様」
そこにいたのは、銀髪に青い瞳の美しい女性であった。
エミリア様とは同じ歳であるが、この方にはまだ少女めいた面影がある。
ほっそりしていて儚い雰囲気を持っている。
エミリア様はライセルト公爵家ご息女で王太子の婚約者である。
つまり次期王妃殿下なのであった。
「見ていたのに、ごめんなさい……」
「そんな、気にしないでください。私は全然気にしていませんよ?」
エミリア様の立場を考えれば口出しするのは難しいだろう。
王妃になってからならともかく、今は1人の令嬢である。
それに次期王妃となれば、普通の令嬢以上に色々と考えた行動をとらなければならない。
しかし、ライセント公爵とその夫人は、挨拶の時に結構嫌味を言ってきたし、あまり印象はよくなかったけれどエミリア様は違うようだ。
むしろ、そんな親で苦労していそうだ。
「エルハイム公爵夫人は凄いですね。
堂々としていて。あんなにもはっきりとものが言えて」
「私の性格なのです。
長所でもあるかもしれませんが、短所になる場合もありますよ。
偉そうと見られたこともそうですし」
「そうですか」
「それと、リリアナと呼んでくれませんか?」
一々、エルハイム公爵夫人と言うのは大変だろうし。
「分かりました。リリアナ様。
フフッ、リリアナ様と名前を言い合える仲になったとあれば、きっと皆から羨ましがられるでしょう」
「そうでしょうか」
「そうなのです」
エミリア様の繊細な微笑みの中に、小さく嬉しそうな感情が垣間見える。
「私はリリアナ様といつかお話してみたいと思っていたのです。
リリアナ様は図書館と教会に通っていて、勉強、慈善活動に熱心に取り組まれていらっしゃるとか。
それに子ども好きで、今人気の折り紙なるものは、子どもたちのためにリリアナ様が考えたものだと聞きましたわ。
リリアナ様は外見だけでなく、内面も美しい方なのですね。
とても素晴らしいです。尊敬しますわ」
エミリア様の真摯で丁寧な言い方から、本音で言っていることは分かる。
私は恥ずかしくなって、少し顔が熱くなった。
「そんな、過剰評価ですわ」
「私と同じ気持ちの者はとても多いですよ?」
「ええ?」
私の戸惑った様子に、エミリア様はフフッと、極めて上品でありながらどこか悪戯に笑った。
エミリア様の方がよっぽど…………
「エミリア様の方が余程美しいと思います。
一つ一つの動きが洗練されていて、優雅で、上品で。
それに先ほども、私がご夫人方に囲まれているのを見て声を掛けなかったことを、別に謝ることでもありませんのに、謝ってくださいました。
とても優しい方なのですね」
私がそう言うと、エミリア様は少し驚いたようであったがすぐに返す。
「ありがとうございます、リリアナ様」
エミリア様の表情は、笑っていながらも、何か違和感があった。
どこか苦しげで、寂しそうであると私は感じる。
私はどうしてだろうとそんなエミリア様をジッと見て、思わず聞く。
「どうかなさいましたか?」
「?」
「何か、私は知らずに嫌なことを言ってしまいましたか?」
「ええ? 一体どうしてそう思ったのですか?
嫌なことなんて言われませんでしたよ?」
「そうですか……。エミリア様が、何だか少し寂し気な感じがしたものですから。
勘違いであったなら変なことを言ってしまいました、申し訳ありません」
私がそう言うと、エミリア様は不安そうに瞳を揺らめかせた。
そしてエミリア様はどこか強がったように落ち着いて言う。
「実は最近少し落ち込んでいたのです。
色々あって……。色々上手くいかないことばかりで……。
リリアナ様の言葉は、今の私にとってとても嬉しく、心に響くものでした」
なんだか、エミリア様からは周りが見えていないような危うい雰囲気が感じられた。
私はエミリア様の手をとって優しく握る。
エミリア様は驚いたように私を見た。
私は彼女の目を覗き込んで言う。
「大丈夫ですか? とても、お疲れのようですね」
エミリア様は泣きそうな顔になって、しかしそれを何とか堪えると、縋るように私に聞いた。
「……リリアナ様、私はどうすれば良いのでしょうか?」
私は全く事情知らないのだけれど……。
きっと、それを承知で、だからこそ聞いているのだろう。
私は少し考えてから言う。
「ため込んでいては身が持ちません。
吐き出すこともしなければ。
時には逃げても良いのですわ」
「そ、そうですよね……?
私も、私も、心のどこかでずっとそう思っていましたわ!」
「そうですか?」
「はい!」
分からないけれど、とても元気を出してもらえたようなので良かった。
エミリア様と別れると、私はルーズベルト様の元へ向かった。
案外近くにいたので、待ってくれていたようである。
「ルーズベルト様……! お待たせして申し訳ありません」
「いや、構わないが……
こちらこそすまない。リリアナも友だちが欲しかっただろう」
「気にしないでください。さあ、帰りましょう?」
「いいのか?」
「はい。私ももう疲れました」