教会の子どもたち
今日ルーズベルト様は休日であった。
ルーズベルト様は休日であっても、大抵執務室にこもって仕事をしているが、さすがに食事時には執務室から出て来て、一緒に召し上がるのである。
そして夕食の時ルーズベルト様が話しかけてきた。
「君は子どもが好きなのだって? セバスが言っていた」
「はい」
「だから教会に行きたいと言ったのか」
「はい。不純な動機でしょうか?」
「いや、別にいいと思うが」
「それならば良かったです」
「ああ。……私も一緒に行ってもいいか?」
「ルーズベルト様もですか?」
「ああ、慈善活動にもなる、神父と話もしたい」
「そうなのですか。
私は全然いいですけれど、というか私に許可などとる必要はありませんよ?」
「君が嫌だと言うのだったらやめようと思ったのだ」
「私は嬉しいですよ」
そう言うと、今度はルーズベルト様は眉間に皺を寄せて怪訝そうにしている。
全くもって信じていないようだ。
それから、ルーズベルト様は珍しく話を続けた。
「それと君は、平民の学校、図書館をつくり、平民にも魔力を測らせたらどうか、と言っていたそうだけれど」
「はい」
「良い考えだ」
「私は平民として過ごしていた時、本を読みたくてもあまり読むことも出来なかったのです。ずっと、図書館に行ってみたいと思っていたのです。それに弟妹たち、近所の子どもたちには読み書きを教えていましたが、もっと勉強させてやりたいと思っていたのです」
「なるほどな」
「――あの」
私は真っ直ぐにルーズベルト様を見る。
「なんだ?」
「平民の時は知りませんでしたが、公爵夫人になって図書館に通えるようになって、数年前から薬の研究にも力を入れ始めたと知りました」
8年前にルーズベルト様と出会い、私が薬の研究に力を入れるべきだと言ったことについて、ルーズベルト様は関心を持ってくれていた。
その私の言葉で動いてくださったのかは分からないが……。
「ルーズベルト様が提案したのですよね?」
図書館の薬に関する本は、ある時を境に増えている。
その時以降の薬に関する本に書いてあったのだ。
宰相ルーズベルト・エルハイムの提案によって、薬の研究に力を入れるようになったと。
「とても素晴らしいことだと感激しました」
私がそう言うと、ルーズベルト様はどこか気まずそうに目を逸らした。
「いや、それは元々私の考えではなかった。
私はその考えを聞いて、確かにそれは必要なことであると賛成し認めて提案したのだ」
ああ、やっぱり私のことであるだろう。
私はとても嬉しかった。
「フフッ、それでも実際にその提案を通し、実現させたのはルーズベルト様です」
「いや……」
ルーズベルト様は言葉に詰まる。
褒め慣れていないようであった。
「ルーズベルト様はすごいですね」
私がさらにおだてると、ルーズベルト様の頬と耳が赤くなるのだった。
「ルーズベルト様は聡明な上に、謙虚、人格者でもあるのですね」
ルーズベルト様の顔が真っ赤に染まる。
うむ、このくらいでやめておこう。
◇◇◇
次のルーズベルト様の休日、私はルーズベルト様と一緒に教会へやって来た。
教会に入ると、子どもたちがこちらを伺っていた。
私たちはまずは神父様に挨拶を済ました。
「お菓子を持ってきたのです。子どもたちにあげでも良いですか?」
「それは、ありがとうございます」
私が子どもたちにお菓子をあげると、行儀良く子どもたちはお礼を言ってくれた。
「ありがとうございます! 貴族様」
「ありがと! 貴族のお姉ちゃん」
それから、ルーズベルト様は神父様と少し話しているようだったので、私は子どもたちを見て回った。
私は絵を描いている子どもに聞く。
「あら? お友だちかしら、誰を描いているの?」
「うんと、これか神父様で、これがみーくん、これがまーちゃん」
「とっても上手ねえ、いつも絵を描いているの?」
「うん」
そうしていると、何人かの子どもたちが寄ってくる。
私は聞く。
「皆はいつも何をしているのかしら?」
「神父様に絵本を読んでもらうの」
「へえ」
「外で遊んでるよ」
「駆けっことか?」
「うん、あとチビなんかは土いじってる」
「フフッ」
「あとね、シスターのお手伝いしてるんだよ」
「それは偉いわ」
「お手伝いは神父様とシスターとの約束なの」
「そうなのね、当番が決まっているの?」
「うん、そうだよ」
「どんなお手伝いをしているの?」
「掃除とか、洗濯とか、料理とか、お兄ちゃんとかお姉ちゃんはチビたちの面倒をみたり、買い物にいったりしてるよ――」
しばらく子どもたちとの交流をはかると、ルーズベルト様の元に行く。
「ええ! お姉ちゃんもう帰っちゃうのー!!」
「もっといてよお!」
そう言って私の腰に抱きつく女の子が、一瞬、妹ミミの姿と見間違えた。
私は腰を落として、その子と同じ目線になると頭を撫でた。
「絶対にまた来るわ」
「本当に?」
「ええ、本当よ?」
私はチラとルーズベルト様を見上げると、ルーズベルト様は頷いてくれた。
立ち上がって神父様に挨拶を済ませると、1人の子どもが指をくわえてルーズベルト様を見上げて言う。
「このおじさんはお姉ちゃんの家族?」
神父様は慌てて、「き、貴族様と呼ぶのだと教えただろう!?」と言う。
ルーズベルト様が「別にいい」と言うと、神父様はホッとしたようだった。
「そうね、この人は私の旦那様なのよ?」
私がそう言うと、子どもたちは唖然とした顔でルーズベルト様を見上げる。
神父様は再び慌てて、子どもたちが言葉を発する前に言う。
「それでは公爵様、本当にありがとうございましたああ!」
「ああ、うん」
「それではまた」
そんな神父様に私とルーズベルト様は思わず苦笑したのだった。