伯爵家の遣い
数日後、買い物をしていると、何やら上品な服装をしている男が私に声を掛けた。
「貴方が、リリアナ様でしょうか?」
「え、ええ」
母さんの言っていた伯爵家の遣いの人だろう。
「私はアウロフィッツ伯爵の遣いの者です。
実はね、貴方は伯爵様の血を引いているのですよ」
「知っています、母から聞きました」
「それは都合が良い」
男はこんな道ばたでは話づらいと、近くの飲食店に入ろうと言った。
好きなものを頼んでいい、と言って男は紅茶を頼んで、私も同じものを頼んだ。
男は切り出す。
「それで、どうでしょう?
アウロフィッツ伯爵の娘として、公爵家に嫁いで欲しいのですが」
「あの、お金は貰えるのでしょうか?
病弱な弟と幼い妹がいるのです。母さんにも楽をさせてあげたいのです」
「それは大丈夫です。十分なお金を用意しましょう」
「本当ですか?」
私はその言葉に表情を和らげた。
「元々そのつもりでいました。
こんな金で釣るようなことをして、悪徳であると思われても仕方ないかもしれませんが、決して旦那様は悪い人ではありませんよ」
「いいえ、伯爵様に悪い印象などございませんよ」
私がそう言うと、伯爵家の遣いの男はキョトンとしたように聞く。
「そうなのですか? 弱みにつけ込んで家族の仲を引き裂くようなことをするのに」
「もしお金に困っていなくて、何度断っても尚しつこかったのなら悪い印象であったでしょうけれど。今の私には、複雑ではありますが有り難い誘いなのです」
「そうですか……」
「ええっと、それと、その公爵様はどのような方なのでしょうか?」
お金がもらえるなら、どのような人のもとにでも嫁ぐつもりではあるが、そりゃ、気になりはする。
「ルーズベルト・エルハイム公爵は歳は35、失礼ですが、ふくよかな体型で、見た目はあまりよろしくはありません。性格は気難しく、神経質だと言われていますね」
まあ、そういうものだとは思っていた。
そんなイケメンで誠実な人となんて、夢は見ていない。
それから男は言う。
「貴方のそのメガネと前髪は、わざとなのだろうけれど瞳が見えづらいですね。
少しチラとでいいから見せてもらってもいいでしょうか?」
「はい」
私はメガネを外して、多少前髪をよけて見せた。
男は驚いたように息をのむ。
「…………これは驚いた。
これほどに濃い紫色は初めて見ました。
今の王族にもこれほど濃いお方はいなかった」
「そうですか」
「王族でも紫の瞳を持つお方はほとんどいないので、薄くとも紫の瞳を持っているだけで貴重なものです。伯爵様の祖母が王女様であったことは知っていますか?
その王女様はリリアナ様よりは薄いですが、濃い紫の瞳を持っていたのです。
伯爵様もとても薄いですが紫の色を受け継いでいます。
だからうちの伯爵様は少し特別に見られているのですよ。
しかし残念ながら、伯爵様のお子には紫の色は引き継がれませんでした」
「そうですか」
「…………それに何に驚いたって」
「?」
「予想外に美人だったので……」
その言葉に、私はキョトンとする。
「フフッ、それはありがとうございます」
私は思わず小さく笑った。
野暮ったくしていたから、そんなことを言われたことはなかった。
そんな私を男はさらに驚いたように見た。
「何か?」
「い、いえ、今までの会話で表情がお変わりにならなかったので、あまり笑わない方なのかと思っていました」
「それは誤解ですよ、私も嬉しいことがあれば笑うこともします」
私は再び表情を戻して言う。
「とりあえず母さんと話しますから、また来てくれますか?」
「はい」
◇◇◇
「――母さん」
私は夜、皆が寝た後、まだ起きていた母さんの元に行く。
「私、伯爵様の元に行くわ」
「リリアナ……、どうして……!」
「伯爵様の遣いの人に会ったわ。お金は援助してくれると言われたの」
涙を流す母さんに申し訳なく思ったが、もう私の中で決めてしまったことなのでどうしようもないことであった。
私は自分で決めたことは誰が何と言おうが、その心持ちを変えることはない。
母さんもそれが分かっているのだろう。
だから、もう何も言うことはなく、ただ泣いていたのだった。
次の日、この前と同じ伯爵家の遣いの人が来た。
私はお金を援助してもらう代わりに、伯爵様の言う通り、公爵家に嫁ぐことを約束した。
ルカとミミにも、私たちは血が繋がっていないこと、伯爵様と血が繋がっており、公爵家に嫁ぐことを話した。とても泣かれたが、何とか慰めた。
特にルカは自分の身体が弱いからだと責めていたので、私は何度もそれは違うのだと言った。
その後、別れの日まではあと数日あるけれど、ミミは私にひっついて離れなかった。