私の好きなもの
図書館に通い詰めること1ヶ月、公爵家の夫人となって4ヶ月ほど経った。
その頃には、微妙に距離を置かれていた執事とメイド長も、何故かミオと同じ呆れた目で私を見るようになっていた。
「奥様、今日は商人を呼んでいますからね、図書館には行かないでくださいね?」
「え、そうなの、それならば仕方ないわねえ」
時々は、刺繍をしたり、庭に散歩に行くし、商人を呼んで服やアクセサリーを買ったりもする。
そして商人が来ると、ミオやメイド長を始め、どこからともなくメイドたちが集まってきて、着せ替え人形の如くたくさんの服を着せられるのだった。
商人が帰り、ティータイムに紅茶を飲んで一息ついているとミオが言う。
「奥様は、本を読む以外に何かしたいことはないのですか?」
「ええ?」
「それは、買い物など、私の言ったことをしてくださってはいますが、奥様自身がしたいことは何ですか? 本を読むこと以外に!」
ミオは、本を読むこと以外に、と強めに言うので、私は苦笑した。
「そうねえ」
「多少、我が儘を言ってもいいと思います! 奥様は欲がなさ過ぎますよ!
普通女性の買い物と言ったら、多少の無駄遣いはしてしまうというのに、奥様はほとんどお金をつかいません。
これではせっかくやって来た商人にも失礼、というのは名目上で、美しい奥様を着飾るのが楽しいだけですが、商人が来るとメイドたちが集まって来るほどですよ」
「服にそれほど興味がないのだもの。本は買っているでしょう?」
「それは買いすぎです」
今や自室には本が山積みになっているのであった。
「でも、ドレスなどに比べれば、本の値段は高が知れていますから贅沢にはなりません」
「ええぇ……」
「奥様は読書以外に好きなものはないのですか?
何でも、どんなことでもいいですから!」
私は少し考えた。
私の好きなもの……?
そして言う。
「子ども……かしら」
それを聞いたミオは、キョトンと目を丸くしていた。
「それは意外ですね」
「フフッ、だって、子どもって可愛いじゃない?」
私が頬を緩ませて微笑むと、ミオはどこか眩しいように私を見る。
「子ども……、子ども……――――」
ミオは何か考えているようだった。
「セバスチャンさんとメイド長にも相談してみます」
◇◇◇
次の日、部屋で読書をしていると、セバスチャンとメイド長がやって来た。
そしてメイド長が言う。
「――教会に行くというのはどうですか?」
「教会?」
「教会では孤児の子どもたちを育てているのです。
貴族方の中では、教会に施しをする方もいます。
子どもたちにお菓子を配ったりする方もいますよ?」
「へえ」
私が興味を持ったのが分かったのか、皆どこか嬉しそうであった。
傍に控えているミオも、「おお、奥様が興味を……!」と感激している。
な、なんか居心地が悪いわね。
そんなに珍しいかしら?
「まさか、奥様が子ども好きとは思いませんでした」
メイド長がそう言うと、セバスチャンも頷く。
「はい、思いませんでした」
「な、なんか失礼ねえ。私は平民として暮らしていた時に、よく近所の子どもたちに読み書き計算を教えたりしていたのよ」
「おお!」
「それは素晴らしい!」
「さすがです!」
過剰な反応に思わず私は引いた。
「べ、別に、大したことではないけれど……」
「でも奥様が子ども好きなのは正直意外でしたけれど、奥様って先生っぽい感じはしますね」
ミオの言葉がそう言うと、セバスチャンとメイド長も頷いた。
「そう?」
「はい、なんとなく貫禄がありますよ」
「か、貫禄……」
なんか微妙な気持ちになるわね……。
それから私は懐かしくなって、その頃のことを話した。
「私はね、食堂で働いていたのだけれど、仕事の後に食堂の一角を借りて、子どもたちに勉強を教えていたの――――」
しばらく思い出話をすると、私は言う。
「平民の子どもたちの教育が不十分であると、ずっと思っていたわ。
貴族の子どもは、家に教師を呼んで、学校にも行って、ちゃんと教育をされている。
けれど平民の子どものほとんどは、学校に行けない、図書館に行けない、魔力を測らない。だから字の読み書きが出来ない、計算が出来ない、自分が魔力をどれほど持っているかも分からない……。
平民の子どもにもきちんと魔力を測らせて、平民の通う学校、平民も入れる図書館があればいいのに、とずっと思っていたわ」
私が言い終えると、セバスチャンは優しい眼差しを私に向けて言う。
「良い考えだと、私は思いますよ」
メイド長とミオも同意する。
「私も、良い考えだと思います」
「はい、さすが奥様です!」
「フフッ、ありがとう」
3人の優しく温かい眼差しを受けて、私はなんだかとても穏やかな気持ちになって、嬉しくなったのだった。
次の日の朝食、私は言った。
「ルーズベルト様、教会に行ってみたいのですがいいでしょうか」
「教会……、慈善活動か、いいのではないか。良いことだ」
「ありがとうございます」
「ああ」
ルーズベルト様とは相変わらずである。
会話といえば、基本的に私が何かしてもいいかと聞いて、それにルーズベルト様が許可をしてくれる、そういう事務的なものでしかない。