メイド長視点
メイド長視点
この公爵家に、若く、美しい、最近までは平民として過ごしていたという、王族の色を持った奥様がやって来た。
容姿見た目から散々女性に傷つけられてきた旦那様は軽い女性不信で、不本意であったようだが王族の血をひく、紫色の瞳をもつ女性との結婚を断ることはできなかったようだった。
奥様が初めてこの屋敷にやって来た時、シンプルな白いドレスを着て、瞳と合わせた紫のアクセサリーを付けていた。
紫の色がとても引き立っていたのだった。
どう言葉で表現すればいいのか分からない。美しいというだけでは収まらない、とにかく圧倒的な存在感で、屋敷の者たちは夢心地のように呆けていた。
それから、その方が奥様になるとなって、あんな素晴らしい方が奥様になるのだと、屋敷の中は賑わっていた。
慌ただしく結婚式を終えて、あの方がこの屋敷の奥様となった。
皆は奥様を歓迎していて、しかし私と執事のセバスチャンはその雰囲気に流されないようにしていた。
私としては、そしてきっとセバスチャンも、奥様がまずどんな方であるのか知る必要があった。
もし傍若無人で我が儘放題であったり、旦那様を見た目で遠ざけるような人であったら……、私たちが何かしら対応、対処しなければならないからだ。
この屋敷に来てから、奥様は本ばかり読まれている。
奥様は決して傍若無人な訳でも我が儘でなく、今のところ至って無害な方であった。
旦那様との会話では、時々脈絡なく何故かとても優しい微笑みを旦那様に向ける。
つかみ所がなく、私には奥様の考えていることがよく分からなかった。
今日、私は意を決して、奥様は旦那様のことをどう思っているのかと聞いた。
すると、悪い風には思っていないと言って、それから、昔旦那様と会ったことがあると話してくれた。
それを話した時の奥様はとても楽しそうで、どこか悪戯な笑みを浮かべていた。
そんな表情から、その昔の出会いは決して悪いものではなかったことが分かったのだった。
こんな偶然はあるものなのか、と私は内心とても驚き、とても嬉しかった。
エルハイム公爵家のメイドとなって25年。今はメイド長にまでなった。
メイド人生をエルハイム公爵家に捧げてきた。
ずっと私も旦那様の結婚のことは心配していたのである。
しかしようやく旦那様が結婚した。
そして奥様はちゃんと、旦那様のことを理解してくださっていた。
なんだか肩の荷が下りたような気がしたのだった。
――――
――
奥様と話をした次の日の朝食の時、奥様が旦那様に話しかける。
「あの、ルーズベルト様」
「ん? 何だ?」
「この屋敷の本は全部読んでしまいました。
できれば図書館に行ってみたいのですが、よろしいでしょうか?」
何てことのない話をするように奥様は言うのだった。
「ぜ、全部読み終わったのか!? そ、それはすごいな」
「いえ」
旦那様の動揺に、私は内心深く頷いた。
普通、あり得ないですよね、私もそう思います。
「では図書館に入るカードを貸してあげよう」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
奥様は嬉しそうに声を上げて、それに旦那様は驚いていた。
奥様に勢いに旦那様は軽く引いていたのだった。
そんな2人を傍で控えながら見ていて、私は思わず苦笑した。
「ひとまず僕のを貸しておくけれど、君のカードも作っておく」
「フフッ、ありがとうございます」
奥様は旦那様にとても優しい微笑みを向ける。
「あ、ああ、うん」
旦那様は目を泳がせて曖昧に頷いた。
奥様はそれほど表情豊かな方ではない。
旦那様は知っているだろうか。
旦那様の前ではよく浮かべる奥様のその優しい微笑みが、とても珍しいものだということを。