思い出3
私は母さんの働く食堂で、男と食事を取っていた。
午前中に本屋で話をして、ちょうどお昼になったので連れてきたのだ。
「って、貴方なんで野菜を残してばかりなのよ!」
「ええっと、苦手で……」
「もう、好きなものばかりとっていては栄養バランスが悪いわ。
ちゃんと食べなさいよ。
……でもまあ、今だけ食べても仕方がないわ。
貴方はどうやら貴族のようだし、食べられる食材でちゃんとバランスを考えて食事を作ってもらうといいわ」
「僕が貴族だって知っていたのか?」
「そりゃ、上等な服を着ているもの」
「へ……? 結構目立たない服を着てきたつもりだけれど」
「それでも分かるわよ。
まあ、貴族が一人でフラついていたら、金目のものを狙って襲われるかもしれないから危ないのだけれど、貴方のようなクマ男ならば、誰にも襲おうとは思わないでしょうから心配いらないわね」
「ク、クマ……」
「フフッ」
男のキョトンとした顔がその男に似合わなくて、思わず私は笑った。
そうすると男は目を見開き驚いているようだった。
「何よ」
「いや、笑ったのは初めて見たから……」
「私だって、面白ければ笑うこともするわ。貴方の顔は面白かったわ」
「な!? …………全く君はよくもそう言いたい放題言えるな」
「TPOはわきまえているから大丈夫なのよ!」
「TPO?」
「時、場所、場合よ」
「何だそれ」
「時と場所、場合によっては、ちゃんとわきまえているから大丈夫だと言ったのよ」
「へ、へえ」
――――
――
「母上がたくさん見合いの話をもってくるんだ。
でも、女性が僕に好意を抱くことなんてあり得ないよ。
この前なんかはとても気の強い女性で、散々罵られたよ。
ああ、僕の見た目で結婚できるわけがないんだ」
「言い返してやればよかったのに、もう」
全く仕方がない人だと思う。
ずっと一緒にいて背中を叩いてあげられたらと思った。
私はこれでも面倒見が良いので、そんな風に思ったのだった。
男が街を出て行く時、私は言った。
「もういい人がどうしても見つからなかったら、私が貴方のお嫁さんになってもいいのだけれどね、仕方がないのだからね。…………でも、貴方は貴族でしょう? だからそれは無理なことだったわね、むう」
むくれる私に男は驚いたようで、しかしすぐに私の言葉は冗談なのだと思ったようで苦笑して言った。
「あ、ありがとう、励ましてくれて」
「フンッ」
本当にそう思って言ったのに、流されたことに私は拗ねるのだった。
でも、別れが悪いのは、辛い思い出になる。
「それじゃあね! しっかりやりなさいよ!」
私はそう言って男の背中を叩いた。
「うん、じゃあね。いろいろ話を聞いてくれて、本当にありがとう」
男は去ると、私はしばらく落ち込んだ。
何だか心に穴が開いてしまったように感じていたのだった。