さびれた小屋の中で
いつからだろうか、と私は想い馳せていた。
破滅に似た願望を是とし、それが人生の中核を構成する、かけがえのない要素になったのは。
それはきっと、虚無となった私の歴史──人生そのものの名残、記憶のカケラが原因だろうか。
翆玉色の森林に、日光が差し込み、小鳥たち踊っている様を、ぼーっと眺めながら歩く。
もう、だいぶ前に大通りに出たはずなのに、民家や通行人はいない。
あるのは、砂利と、土と、木と、うんざりするくらい果てが見えない道だけ。
それまでの草だらけの道よりは歩きやすいが、気が滅入る。
地図を確認し、頭を上げると、人工物を見つけた。
木の葉や枝で隠れていたのだろうか、何年も放置されていそうな、小屋にしては大きめの建物が鎮座している。
「……あんなところに家なんてあったか?」
見落としていたのかもしれない。
この小屋の住人に、事情を話せば、休ませてもらえるかもしれない。
恐る恐る、分厚い扉をノックする。
「どなたかいらっしゃいますでしょうかー?」
ガチャリ、と。
鍵の開く金属の、不協和音が響く。
これは……入っていいってことなのだろうか。
「し、失礼しまーす」
馬鹿に重い、両手で扉を開く。
中には光が差し込こんでおらず、その代わりに蝋燭が、周囲を橙色に妖しく照らしていた。
「何用ですか?」
「っ!」
奥の廊下の手前に、蝋燭に照らされた、奇妙な女が立っていた。
一見して、妖艶な雰囲気を持っている女だが、なにやら信用のおけなさそうな女の雰囲気を、肌で感じ取った。
「いえ……あの、道に迷ってしまいまして。ここ何日かさまよっていまして、できれば町までの道を教えて頂ければ……。それに、食べ物もあまり食べていなくて……」
女は私を怪しそうに一瞥した。
「ふむ……、ここは誰一人訪れない見捨てられた地なのですがね」
うっ、事情を説明すべきだろうか?
「まぁ、いいでしょう。中におあがり下さい……」
女は、少しばかり笑みを浮かべながらも、まだ信用していないという風体で、私を家の中へ招待した。
「すいません……どうも」
薄っぺらい愛想笑いを浮かべながら、暗がりの中へ入る。
なにやら肖像画が入った額縁がいくつか飾られ、アンティークの様であしらわれた廊下を進む。
先導していた女がドアを開くと、何年も使われていそうな、木製のテーブルとイスが絨毯の上にあった。
「どうぞお座りください」
私は少し重いイスを引き、文明的に作られた椅子という休息に腰を落した。
「どうぞ」
女が運んできた、ティーカップに入った紅茶の様な液体に目を落し、会釈する。
「それで、年端のいかぬ貴女のような美しい少女が、何故このような場所へ?」
これは、褒められているのだろうか……?
さっきよりも明るい部屋だからか、女の顔がよく見えた。疲れきったような表情だが、端正な顔立ちに、長いまつ毛、くっきりした二重に、あまりいいとは言えない目つきで、こちらを見ていた。
古臭いローブのような物を着ており、これまた高価そうな髪留めで、長い髪を留めていた。
どうしよう、なにか適当な話をでっちあげようか。
いや、なんだか嘘をつけば見破れてしまうような気がする、理由はわからないが、ここは直感に任せて本当のことを話そう。別に不都合なことは無い。
「自分でもおかしいことを言っていると思うんですが……その、記憶喪失でして」
「では、気が付いたらここに?」
「はい」
「……魔術による記憶操作ならば、極端に魔素の薄いこの地を選ぶわけはないでしょうし、おそらく強く頭を打ったか、そんなところでしょうか」
「魔、術?」
こう面と向かって言われると、やはり驚きは隠しきれず、いぶかしげな顔をされてしまう。
「?……ああ、そこまで基本的な事も記憶から抜け落ちてしまっているのですか?」
「ぁ、はい……」
「魔術とは、体内の魔力素子をこの世界の基本構造の魔素と結合させて起こす超自然的な現象の事です」
「えっと、その魔力素子が無い人間もいるのでしょうか?」
あの時、呪文を唱えたのにそれっぽいことは起こりもしなかった
「魔力素子は、どんな人間でも持っていて、空気中に存在する魔素にある種の免疫。として働いています。ですので、魔力素子が欠乏してしまう病気の人は、肉体が死滅していき、そのうち死にます。最初から魔力素子が無い人は、存在しません」
「───と言っても、ある程度魔術の修練をしなければ、空気中の魔素に魔力素子を結合させることはできませんが」
「はぁ……なるほど」
とりあえず【魔術】という概念は、この世界の共通認識なんだろう。
「……記憶喪失であれば、あるいは治療できるかもしれません、私は、とかくそういう分野は得意な魔術師ですので」
「っ!?そうなんですかっ!?是非お願いします!」
そんなの是非も無い!心配事が一つ減るじゃないか!
「普段ならば、依頼は金銭で請け負っているのですが、どうやら持っていなさそうですね……。まあ、気が向いたときにでも返済に来ていただければ、いいですよ」
「ありがとうございますっ!」
「では、始めますよ、心の準備はいいですか?」
そう言うと、彼女は右手を私の頭にかざした。
もう始めるのか。
「使用するのは古代魔術です、ここの魔素の特性上、ね……」
『イプノティス・イキュリアス』
頭の中に、何か流れ込んだ気がした。強烈な睡魔に襲われて、意識が途切れてしまった。




