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この不条理な異世界で  作者: 和仮名
第一章 この輪廻転生の先で
7/16

剣と竜と亡骸の声

 いつの間にか周囲は明るくなり、太陽が雲の間から覗いている。

 消えない眠気を払おうと、あくびをする。

 体を起こすと、全身が石のように固くなっていることに気が付いた。軋む体を庇いながら、川の水で顔を洗う。

 髪が長いと、いちいち濡れないように、手で抑えなくてはならない。


「面倒だ…」


 うがいをしようと、水に口をつける。生臭い水を吐き出すと、臭いだけが鼻腔にへばりついた。

 濡れた顔を拭くものが欲しい。手帳のページを破ってチリ紙にするか。

 手帳を拾い、被った土埃を払うと、あることに気が付いた。


「……?」


 何かが決定的に違う、その違和感に気が付いた。

 表紙に刻印された、英語の筆記体を崩しきって書いた様な、謎の文字に触れる。

 昨日から、いや製造された時から一遍も違わないだろう、それは。


「ダイアリー……?」


 読める。いや、正確には読み取れる…だろうか。

 脳みそに直接語り掛けられるような、そんな奇妙な感覚に戸惑いながらも、ページをめくる。


「……ホールデン・ヴァン・セントラル」


 ページの一枚目、遠慮がちにインクでサインが書き込まれていた。


 きっとこの本の持ち主だろう。

 持ち主以外がここに名前を書き込む状況なんか、そうそう無い。

 もう一枚めくると、そこからは日記らしき文章がつづられていた。以下がその全文である。


 :


 俺は誰が何と言おうと、日記なんて面倒なものを持たないことに決めていた。だが、冒険者なら日記にその日の状況を書き込んで、自己管理できないとダメだ。なんてイライザがヤケにしつこく言うもんだから、しぶしぶ購入してしまった。


 日記を書いておけば引退した後、それをそのまま自伝として出版できるんだから一石二鳥じゃないか。なんてトリッシュが言っていた、面白い冗談だと笑ったが、奴は存外本気らしく。真面目な顔で言うもんだから、お前は字が汚いからヴェルティアの涙をまず先に手に入れろ、と冷やかしてやった。

 冒険者という職業上、知性に欠ける奴や乱暴な奴が多いのは仕方ない。

 正直、俺は冒険者同士の付き合いやじゃれ合いも嫌いではない、気づいていないだけで俺も奴らと同類なのだろう。

 俺は、そんな自分に誇りを持っている、かけがえのない物を持っている自分に。


 :


 イライザが死んだ。

 この手帳を開くのは実に半年ぶりだ、イライザが死んだと聞かされた時に、この手帳を思い出した。

 よくあることだ、何かを忘れることも、冒険者が死ぬことも。

 別に感傷に浸っている訳じゃない、少し気がかりなことがあるだけだ。

 イライザには年の離れた妹がいた。

 たしかイライザは孤児だった、幼い時に両親を亡くし、母親代わりに妹を育ててきたって言っていたっけな。強い女だった。

 理不尽に屈しない、強い意志を持っていた。

 だが、死んだ。

 よくあること、さ。


 :


 イライザの妹と会った。

 昔パーティを組んでいたことを伝えると、うつむきながら、色々な事を教えてくれた。

 イライザとの思い出。

 あと何ヶ月かすれば、成人となり孤児院を出る事。

 身寄りも無ければ、働き口も無い事。

 冒険者になるか娼婦になるか、どちらも地獄だ。


 そして、地獄よりもっと悪い事も、この世界では往々にしてある。

 身を売り、自由を売る。性奴隷か、農奴隷か、どちらもか、どちらでもないか。

 俺たちはいつも搾取される側、運命の奴隷だ。

 いつも思う、俺達にはきっかけが無かったんだ、変わるきっかけが。

 俺の人生、変わるには遅すぎた。だから、せめてこの子には運命の牢獄から抜け出して欲しいと思った。一方的な押し付けだ。

 その日、イライザの妹は私の養子になった。

 名はミーナ。

 ミーナ・セントラル。


 :


 王都の代理人から匿名だが莫大な前金と共に依頼が舞い込んできた。

 わざわざ辺境の町へ、名指しで依頼、この俺に。

 王都までは3日かけて馬車で赴いた、おかげでケツが引きちぎれそうだ。

 集まった連中は、竜殺しで名が知れている冒険者や騎士、賞金稼ぎまで居やがる。

 依頼はもちろん竜殺しだ、前金で銀貨20枚、報酬は金貨3枚と貴族の地位、領地まで下さるそうだ。

 地位にも、領地にも。興味は無いが、流石、王都だけあって金払いはいい。

 これを書いている今は、もう寝るだけだ。そういえばこの宿屋はボロの癖に2枚も銀貨を要求してきた。ぼったくりだ。

 もちろん値切った、俺の巧みな話術にハマり、結局のところ銅貨12枚にまで値切ってやった。

 交渉の末に夕食と朝食は食えなくなったが、携帯食料があるので事足りる。

 パサついた豚のエサを食ったので、今日はもう寝ることにする。


 :


 移動の馬車の中では、竜殺しの自慢ばかりだ。

 聖痕竜を殺しただの、混沌竜を殺しただの、失笑してしまうホラ話を自信たっぷりに、皆が皆声高らかに自慢する。

 その中に一人だけ、纏う気配がおかしな奴がいた。

 フードを目深にかぶり、反り返った奇妙な剣を抱えていた。

 俺はそいつの横に座り、お前はなんの竜を殺したんだ?と面白半分に聞いてみた。


 そいつは俺を一瞥し、カミソリの様な漆黒の瞳で俺を見た。

 そいつの瞳は、背筋が凍り付きそうなほど冷酷で、よく見ると目の下に深いクマが刻まれていた。

 正面に向き直ると、俺はファフニールとアンフィスバエナを殺した、とそいつは言った。

 真剣な顔でそんなことを言うもんだから笑っちまった。

 なかなか洒落の分かる奴だ、皆が皆‘吹かし‘を言うので神話の竜を答えやがった。面白いヤツだ。

 俺が一方的にしゃべり続けるだけという構図だが、俺はそいつと短い間だが仲間になった。竜殺しまでの仲間に。


 :


 結論から書こう。俺以外、全員死んだ。

 俺を含めて、ほぼ全員が。竜にかすり傷一つ与えられなかった。

 ハムか何かみたいに、竜殺し達を鋭利な爪や牙で引き裂き、蹂躙していった。士気は消え失せ、皆一様に恐怖していた。

 それもそのはず、神話の竜が討伐対象なんだから。知らされたのは竜の襲撃を受けるほんの数分前だ。

 ドラゴニュート。

 それが俺以外を殺した竜の名だ。その先はほとんど虐殺だった。

 皆同様に竜殺しを自慢するが、その正体は巨大なトカゲやワニを討伐し、自分から竜殺しを名乗っていたとか、そんな程度に過ぎない。

 俺だって似たようなものだ、手負いのワイバーンをたまたま見つけて、とどめを刺しただけだ。

 本物には勝てない。


 だが、カミソリの目の男は、互角に渡り合っていた。神話の竜と。

 奴だけは、吹かしなんかじゃあなく、本物の竜殺しだった。

 ドラゴニュートの眷属である、何体かのワイバーンを一振りで穿ち、人間離れした動きで戦場を駆け巡る。

 俺も、こんな英雄に、幼少期は憧れたものだ。

 そんな時、現実離れした現実のせいで、迫り来るワイバーンの火球に気づかなかった。

 避けるにはもう遅い、俺は死を覚悟した。

 目を閉じたが、痛みはおろか熱さも感じなかった。

 目を開けると、奴がいた。

 俺を庇ったんだ。やつの背中の肉が焦げる臭いは、今でも覚えている。

 奴は何か呟くと、俺に剣を渡し、死んだ。

 俺は、奴の剣を握りしめて、せめて死ぬ時くらいは英雄でありたいと、そう思った。

 覚悟を決め、剣を抜き放った後は、よく覚えていない。


 気が付くと、俺は城の中で、竜殺しを国王から讃えられていた。

 その日から、俺は英雄になった。


 :


 これは天罰だ。俺は英雄じゃない、それは俺が一番知っている。

 なぜなら。俺はまた、手負いの竜を殺したに過ぎないからだ。

 本来、英雄と呼ばれるべき男を殺し、手負いのドラゴニュートを殺すことで俺は英雄になった。

 嘘で塗り固められた英雄に。

 きっと記憶が無いのも、思い出せないからじゃなく。思い出せば、罪の呵責で自分が許せなくなるからだ。

 最低の男だ……俺は。だから天罰にあった。

 簡単な依頼を終えて、町に帰る途中で、禁足地を横断した。

 いつの間にか、白装束の連中が俺を囲むと、谷へ落された。防ぎようがなかった、見えない力で飛ばされた。魔術か。

 まぁ、英雄もどきの最後にはふさわしい。

 谷に落ちた後、気絶から覚めると、右のふとももの骨が折れ、肉を割き、外に顔を出していた。


 : 


 遭難した。ここがどこかもわからない。

 折れた骨の中が、焼けるように熱い。動悸も嫌な汗も止まらない。吐き気がする。

 昨日から6回も吐いた。3回目からは胃液が喉を焼き、吐き気を誘発させる。

 死にたくない。

 偶然落ちた先が、小川だったのは不幸中の幸いだった。

 使い古した鍋で、湯を沸かして傷口を洗い、骨を肉に押し込んだ。

 死ぬほど痛かった、何度か気絶しかけた。

 骨折箇所に添え木をして、応急処置は完了したが、発汗と、動悸と、吐き気と、鈍痛は消えない。

 死にたくない。

 額を触ると、汗で湿っているにしては、妙に熱かった。

 手足も痺れてきた、もうほとんど感覚がない。

 死にたくない。

 ミーナは今どうしているだろうか。喜んでくれるだろうか。


 俺たちは貴族になったんだ。金も、領地も、何一つ不自由がないぞ。

 ミーナ、お前にとって、俺は家族でいられたのかな。

 目の前が朦朧として、うまく書けない。熱もあるみたいだ、骨も痛む。

 死にたくない。


 :


 最後のページの筆跡はひどく乱れ、日記らしきものはここで終わっていた


「……」


 竜に、奴隷に、貴族に、金貨に……、ファンタジー伝記を読んでる気分だ。

 しかも救いが無くて後気味の悪い。感情移入すると不快になるパターンのやつだ。

 気付くといつの間にか鳥肌が立っていた。


「なんだよっ……くそっ」


 こんなもの読むんじゃなかった。ちくしょう……。

 書き手の感情が自分の状況とダブって見えて、どうしようもない衝動が纏わりつく。


「こんなものっ……!」


 振り上げた右手は行き場を失った。

 冷静になれ。こんなことしたって後悔するだけだ。

 すると、日記から何か零れ落ちた。折りたたまれた皮の様にも見える。

 四つ折りを広げてみると、それは紛れも無く地図だった。

 突然の出来事に驚きを隠せない。


「やっと運が私に向いて来た……!」


 古びた地図を、慎重によく調べる。

 ……。

 読めない。

 そらそうか。

 たしか、日記が読めるようになったのは、厳重に封された小瓶の液体をかけてからだ。

 それを使おうと、身体中をまさぐる。

 無い。

 バックの中だろうか。

 無い。


「む……?」


 なんでないんだ。

 たしかに入れた。はずだ。たぶん。いや、覚えていない。


 ふん、まあいい。

 地図なんか、文字よりも、地形や位置関係の情報量の方が多いんだ。

 大体、分かるだろう。


 地図を注視する。

 このバッテンが、おそらくホールデンが書き残した現在地だろう。

 ここから大きな道に出るには……。

 西に進めば多分……行けるだろう。

 行動の方向は決まった。まだ日は高い。


 私は、砂利と土が混ざった道を歩き始めた……。


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