脱出、または現実逃避
見えるもの、全ては闇。
力いっぱいに握っていたせいか、電流が流れていたせいか、手のひらの筋肉が硬直し、指を喉から引き剥がすのに苦労した。
眼下に転がった肉の塊、ルイス・ベルフェゴールはビクビクと痙攣している。気絶でもしているのだろうか、いい気味だ。
無様に白目を向いている顔に苛立ちを覚えたので、みぞおちを思いっきり殴ってやった。
特に面白い反応もしないので、急につまらなくなった。
こんなところには一分だって居たくない。
地下室の扉に近づき、ドアノブを回す。重そうな音を立てて開いた先は朧ながら光が差し込んでいた。
地下への階段を一歩一歩登る度に、光が強くなってくる。こんなにも日の光は眩しかっただろうか。長い地下生活の代償で、瞳孔が上手く機能してくれない。
階段を登りきると、ちょうど本棚で隠れる大きさの扉が開いていた。おそらく地下への出入り口だろう。そこを出ると、長い廊下があった。あの先には出口がある。
やんわりと湿った手術着を着たままでは、往来を歩けない。なんでもいい、服が必要だ。
いくつかの部屋を巡ると、それまで持っていた私の装備がひとまとめに置いてあった。手術着を脱ぎ捨て、白を基調としたドレスに着替える。
サイズの合わない胸当てをし、ナイフを拾い上げる。くすんだ皮のベルトに地図や小瓶が入った小物入れと、へこんだ鍋を通し、腰に巻き付ける。
急がないと、奴が気絶から醒めてしまう。私は当面の食糧を探した。
吊るされた肉の燻製と、子袋に入った穀物と芋に、皮の水筒を手に入れた。それをズタ袋に放り込み、口をしっかりと絞め、肩に提げる。
数分間家の中を彷徨う。武器がナイフ一本では心もとない。この世界では、気軽に殺し合いや、自由を奪おうとしてくる奴が多すぎる。
ひときわ大きい扉を開くと、大きな机に大量の本棚が壁一面にあった。
机の上を見ると、魔術回路移植検体12号実験記録と題されたレポートが、書きかけのまま放置されていた。それを焼き捨てたい気持ちを抑え、物色する。
壁際に、竜殺しの日本刀が立て掛けてあった。急いで手に取り、腰のベルトに刺す。
何か高価な物でも奪ってから逃げようか……、と思案したが、荷物になるのでやめた。
代わりに、本棚の魔術書を三冊、乱暴にズタ袋へねじ込んだ。金に困ったら売ろう。悪く思うなよ、ルイス。
長い廊下を渡って屋敷を後にする。もう二度と、こんなところへは来ない。そう固く誓って、玄関の扉を開け放った。
「やった……」
外だ……。脱出できたんだ。こみ上げる感動を押し殺し、素早く雑木林に隠れる。
屋敷の外観は、外に出るとさびれた小屋になっていた。なんぞ魔術でもかけていたのだろうか。
何度か小屋の方を警戒しながら距離を離すと、小屋の方から消えていた。認識阻害の魔術もかけられていた事に今更気づく。
15分ほど警戒と緊張を繰り返し、違う道に出るまで神経をすり減らした。
とんでもない事ばかり起きるこの異世界で、またしても放浪の旅が始まるのであった。