瞬間、光、繫がり合って
「殺す……」
ルイスは固く握った拳を振りかぶり、放たれた正拳が私の目の前まで来たその刹那。
拘束具の金具が、私の腕と同時に弾け飛ぶ。
「なっ……」
───作戦は単純。会話で感情を引き出し、気を逸らし続ける。絶対的優位に立つ人間は、表面のみを見せ続け、心の奥底を知られる事を嫌う。自分より下だと思う人間から図星を付かれてバカにされたら誰だって憤慨する。
会話の中で刻印魔術を使い、それを気取られない様にする。タイミングはシビアだった。
熱で歪む金属に、肌を焼かれる。その痛みを表情に出さず、慎重に。そして大胆に。
成功するかは完全に賭けだった。何時間もかけて、電気抵抗により金属を脆くさせる過程が、完全なものでなければ。魔女に気取られれば。会話に聞く耳を持たれなければ。失敗していただろう。
手枷を外した瞬間。私は屈んで体当たりを繰り出した。
ルイスの攻撃は空振り、拳が空を切る。
すかさずルイスに馬乗りになり、マウントポジションで首の頸動脈を絞め上げる。
ルイスはそこから逃れようと、馬乗りになった私を蹴り飛ばす。マウントが甘かった。
「ィ゛ッ゛」
昆虫の鳴き声の様な叫びが、地下室に反響する。
蹴り飛ばされた私は棚に衝突し、けたたましい音を上げて陳列された物体が飛び散る。
ルイスは、喉を抑えながら立ち上がり始めていた。
私も、連日の拷問と魔術鍛錬で痛めつけられた体を、無理やり起こす。
四つん這いのまま、左手を突き出し、僅かに残った魔力を、ぶら下がるランタンに照準を合わせた。
「───イル・デ・セイレント!」
放たれた魔力は渦となり、回路を通過して声帯を震わせる。
暗い地下室を照らしていた、ただ一つの明かりは、金切り音を発して消えた。
暗闇。
ルイスとの位置はおよそ4メートル。目を閉じ、頭の中で地下室の形状を鮮明にイメージする。
「ラ・ソルス!!」
そこか───。
部屋全体が光に包まれる。
閉じた瞼の先が赤く染まる。ルイスが、私を目で捉える間もなく飛び掛かる。
閃光、その攻撃は読んでいた。
「クソッ!!なぜ怯まないッ!」
もみくちゃになりながら、戦闘の主導権を握ろうと、どちらも死に物狂いでもがく。
暗闇の中、手探りで武器になるモノを探す。
落ちていた水瓶を手繰り寄せ、ルイスの背後から、後頭部へ振り上げる。
ゴッ
鈍い音がした瞬間、水瓶が砕け散り辺りは水浸しになる。ルイスと私とて例外ではなかった。
痛みに喘ぐルイスの首を、両手でめいっぱいの力を使って締め上げる。
ルイスはそれから逃れようと、右手を私の顎に突き出した。
「ディストォッ!」
私は紙一重で首を捻り、躱す。空気が振動し、真空波となって背後の壁を切りつけた。
ケリを付けてやる──!
私は最後の力を振り絞り、魔素を練り上げ、魔力に変換し、魔術回路に流す。
濡れた両者、間合いは十分。繰り出すのは───電撃。
「我慢勝負と行こうじゃないか!」
私の腕から手のひらにかけて、空気を切り裂く青い閃光。
けたたましい破裂音と共に、周囲が白く染まりあがる。
「 「 がぁぁ゛ぁぁあ゛あぁぁぁ゛あああぁ゛ぁあああ゛!!!゛!!゛! 」 」
交わる絶叫。
ルイスは少しでも、刻印魔術を抑えようと私の手首を掴み、私の魔術回路の流れを操作しようとし始めた。
こちらも負けじとルイスの魔力操作の流れをかき乱す為に、自らの魔術回路にも電撃を流し始めた。
「どっちかの回路が焼け切れるまでェ!チキンレースと行こうかァァ!!ルイスゥ!!」
簡易的に繋がった両者の回路は、電撃が流れる環状線と化した。必然的に電撃は二倍、四倍に膨れ上がる。
ルイスは経験したことのない、初めての激痛に絶叫を上げる。涙腺からは血が噴きこぼれ、泡を吹きながら私を睨みつける。
私は意識が飛びそうになりながら、ルイスの首を絞める手を緩めない。もはや焼けただれた回路を無理やり動かす。耳や鼻や瞳から血が零れる。しかし、笑顔は崩さなかった。
「この魔゛術はぜぇん゛ぶお゛前が教えてくれ゛たんだぜェッ!!?あ゛りがとうな゛ぁ゛っ!゛!!゛」
「殺゛す!殺゛すゥ゛!ごッろ゛すァ゛!ご゛ッ…す゛ぅ!゛……ろ゛す゛ゥ゛!゛!゛」
ルイスの魔力の流れが消え始める。必然的に、他人の魔力が流れない様に防御していた体内防衛機能は停止する。
私は、ルイスの脳幹にありったけの電流を流した。眼球は上を向き、奥歯同士が打ち付ける音が消えた。
ひときわ鮮烈な電撃が終わり、周囲を照らしていたただ一つの光は消え、暗闇へと戻った───。