イエスタデイ・ワンス・モア
監禁実験が始まってどれくらい経っただろうか。
一週間だろうか、一か月だろうか。
火の光も差し込まない地下室でじっとしていると、時間の感覚も掴めない。
あの魔女が私に<実験>をしに、地下室の扉を叩く。その間隔すら不定期だった。
今は昼なのか?夜なのか?
そんなことを考えると精神が摩耗する。
あの魔女、最初は拷問の真似事を<実験>と称してやり始めた時は、流石に生命の危機を感じた。
それから私は、革製の手枷の耐久力を確かめようと、何度も何度も体を打ち付けた。
体感で一晩経った頃、やっと拘束は少しばかり緩んでくれた。
ここから脱出するのは難しい。だが何もしないのは論外だ。
例え手枷が外れても、地下室のドアは外側からカギがかけられているだろう。四肢が繋がれた状態では想像する事しかできない。
おそらく、二日目か三日目の中間から。拷問から魔術の鍛錬に切り替わった。
最初は幾分か楽だった。様子を見て手加減をしていたのだろう。
地獄は、後からやってきた。
少しでも少しでも魔力の流れを狂わせると、罵倒と殴打。
魔女は腹や、胸ばかり殴った。その部位になんぞ恨みでもあるのか?
必死に魔力のリズムを整えようとするが、打撲の痛みで繊細な感覚が狂う。殴打される。
それから少し間をおいて、また鍛錬が始まる。何度か順調に成功させる。こっちも痛みを味わいたくないので必死だ。
体感で、一日10時間~18時間だろうか。失敗すれば殴打され、成功すれば飯が食えた。
自分でも驚くほど速く、魔術に対しての理解を深めていった。
地獄の様な鍛錬でも、初等魔術理論の時だけは魔術回路を使用することも無く。ただ教えられた事を復唱し、簡単な問いに答えればいいだけだったので、少しばかり安堵できる時間だった。
魔術回路に負荷をかけて耐久力を伸ばす訓練は地獄だった。
持続的に痛みの走る回路に魔力を流し続け、その一方で魔素を魔力に換え続けなければならない。
分量やタイミングが重要だった。
過度な負荷をかけ過ぎれば回路は焼け付くように痛み、神経の末端が分断される鈍痛を味わう。
体内魔素操作では、頭上から一定間隔で水滴が垂らされて集中力を削ごうとしてくる。
簡単そうに聞こえるが、体感してみると厄介だ。体内の僅かな感覚を頼りに魔素を操作しているというのに、一定間隔でノイズが走る。何度も失敗して殴打される。
水滴。ノイズ。殴打。操作。殴打。失敗。罵倒。殴打。
発狂しそうになる。今すぐにでも舌を噛み切って苦痛から逃げ出したくなる。
もう、こりごりだった。
そんな中でも希望はあった。
脱出の手筈である。
闇があるから、希望の光はどんなにか細くとも煌々と光り輝き、私の精神の軸になってくれていた。
刻印魔術を応用することに発想が辿り着いていなければ、もはや生きる意志を手放していただろう。
私は刻印魔術の電流、とりわけ電気抵抗に目を付けた。
金属には、電流を流す際に発生する抵抗が存在し、どんなに強度の高い金属でも、元素同士の反応には無力だ。
<実験>が終了し、ぐったりとうなだれるフリをして、魔女の油断を誘い地下室から退出させる。
その後、気の遠くなるような作業が待っている。
腕に触れる手枷の金属部分に、意識を集中させる。
魔素を丹田へ送り込み、渦を作り魔力へ変換させる。
ある程度魔力が溜まったら、魔術回路に少しづつ流し始める。
空気を切り裂くプラズマをイメージし、流れを作る。既に疲労し切った魔術回路が悲鳴を上げる。
奥歯を噛み締める。本当に辛いのはここからなんだから。
手枷が電球、魔術回路が電子回路、魔力を電池と見立てて、イメージを続ける。
金属が熱を持ち始める。
焼きゴテの様に肌と肉を焼き始める。
魔術回路が痛い。手首が痛い。殴打された腹が痛い。
脳みそが沸騰しそうになりながらも、奥歯を噛み締めて悲鳴を抑え込む。
10分ほど続けると、魔力の流れが崩壊し、魔素は四散する。
流れる魔力は絶えて、魔術回路がヒリつく。腕からは焼肉の香りがする。
想像を絶する痛みで、何分間か芋虫の様に身悶える。苦しみに耐えかねて口を開かずに絶叫する。
その繰り返し。
何度も。何度も。積み重ねる。金属を疲労させる。
不純物が大量に混ざっているであろう金属は、微動だにしていなかった。
目が覚めると、魔術鍛錬。失敗。殴打。水責め。殴打。成功。食事。魔術回路が熱を持ち、痛みで失神し。水をかけられ、目が覚める。
地獄の実験が終わる。だが、地獄は終わらない。
肉が焼ける。魔術回路が焼ける。脳が焼ける。疲れ果てて、眠る。
起きると、実験が始まる……。