魔術回路移植検体12号
うだるような熱気の中で、永遠に思える程に長く、カゲロウがでるくらい煮えたぎったアスファルトを、噴き出る汗を拭いながら歩いた。
近くには自動販売機すらなく、絞り切った雑巾の気持ちが何となく分かる気がする。
どうしてこんな事をしているんだっけ、朦朧とする頭では考えられない。
そうだ、たしか私はボロ小屋に入って……あれ?
あの女、そうだ。私は今、拘束されているんだった。
あれ?じゃあこの記憶は?……いったい誰の物なんだ?
◆◇◆◇◆
目が覚めても、手足の自由はままならない。微かに光る天井の石を見つめる。
身をよじれば拘束が解けるのではないかと動いた。瞬間、激痛。
「ぁ゛あ゛っぅ゛!」
昨日のクソ女に、なにやら怪しげな術で魔術回路?を移植されたせいだろうか、全身が痺れていて、思うように動かないどころか、動くという意思そのものを削ぎ取ってくる程の痛みが走る。
指一本動かせない。泣きそうだ。
「お早いお目覚めだね。どうだい?魔術回路は体に癒着したかな?」
いつの間にか、視界の外にクソ女がいた。おもむろに私の体を触りだす。
「ふぎっぁ!!」
バリバリと電流が走るように体が跳ねる。
「痛いかい?無理もないよ。無理やり魔術の力で適合させたんだ。拒否反応くらいあるよ。」
このクソ女は悪びれもせずに淡々としゃべり続ける。悪魔って言うのはこいつの為にある言葉だ。
絶対に後で泣かせてやる。そう涙で滲んだ視界で決意した。
「おっと、そろそろ魔力を使わないと魔術神経が剥離し始めてしまうじゃないか。ホラ、なんでもいいから魔術を使ってくれよ。イメージすれば大体の使い方くらい分かるだろう?」
ふざけるな。できるわけ無いだろ。使い方も何も知るわけ無い。
涙目で滲む視界で思いっきり睨みつけてやった。
「はぁ……、できないのか。今回の検体は成長が遅いなぁ。」
こいつ、こんなことを何度も繰り返しているって言うのか。狂気だ。
「むぅ、じゃあ僕が魔術回路はコントロールしてあげるから、そっちは魔力を流すだけでいいよ。
簡単だろう?心臓の下くらいから、湧き上がるマナをイメージしてさ、流れはこっちで作るから。
ホラやりなよ。魔術神経が剥離しちゃったらキミも死んじゃうんだよ?
こっちも久しぶりの検体が死ぬのはイヤだしさ、ウィンウィンな取引じゃあないかい?」
何がウィンウィンだ。勝手に拉致しておいて、こいつは主観でしか物事を判断できないのか。
とはいえ私だって死にたくない。嫌々ではあるがここは素直に従っておこう。
心臓の下あたりに意識を集中させる。ドクドクと波打つ心臓の下に、エネルギーが集まるように集中する。これでいいんだろうか?
「リラックスして。鼻から息を吸って、口から吐いて。リズムを作るんだ。
ぐるぐると渦巻く力をイメージして。できるはずだよ、今のキミなら。」
やってるだろうが、それともそんなに下手くそなのか?私は魔術神経が剥離して死ぬのだろうか。そう思うとドッと汗が噴き出した。死にたくない。
「そう、集中して。……じゃあ、流れを作るよ。」
そういうとクソ女は私の胸に両手を差し出し、接触部が光始める。
「ああああ゛あ゛あああ゛ああ゛あ!」
激痛、まるで神経を何十匹もの牙に食い尽くされ、真っ赤に熱された鉄の棒で焼かれ、筋肉が千切れ、全身に何百ボルトもの電撃が浴びせられた様に錯覚する。
こんな激痛耐えられない。ショック死してしまう。嫌だ。助けてくれ。
「いくじがないんだなぁ、キミは。これぐらい耐えて見せてくれよ。」
ふざけるな。痛みと怒りがぐちゃぐちゃに溶けて混ざり合って。心が揺れ始めた。
こいつのせいで、こんな苦しみが私の体を襲っていると思うと、憎しみの炎で身が焦がれる。
私はクソ女の手首を掴んで、憎しみのありったけをぶつけてやる事に決めた。
魔術だ、やってやろうじゃないか。
イメージだろうイメージ。激痛の中だってやってやる。
ビリビリと神経が焼け爛れ、融解する。このイメージをそのままぶつけてやる。手首を焼き切ってやる。
私は、自分の自由にならない手足など使うことも無く。イカレクソ女の手首を、イメージだけで焼き切ろうと、心臓の下へ集まった魔力に意識を集中させた。
グルグルと無秩序にひしめき合う魔力を捉える。
瞬間、サイコ女の触れる部分から<魔力の流れ>の一端を掴み、逆流させる。
──焼けろ!
……不発。
クソ女の手首を焼き切ることなく、パチチッ。と、少しばかりの静電気を起こしただけで、博打は失敗に終わった。
「お~!なんだい!?そのちっぽけな雷で僕を倒そうと思ったのかい~?
少しばかり出力が低いよぉ~、ふふっ。
……でも根性は認めてあげるよ。
ただ魔術を出すだけじゃなく。激痛の中、相手を倒そうとするなんてねぇ。
すごい!あっぱれだよキミは。将来は冒険者になるといい」
歯を食いしばってやっと出した攻撃がこれ、か。自分の才能の無さにまたしても失望する。
「今日の診察は終わりだよ。お腹がすいたかい?それとも水かな?
……食べさせてあげるから待っていてくれたまえ」
そういえば昨日から何も食べていない。施しを受けたくは無かったが、なにがなんでも生きるためには、プライドを捨てる事も仕方のない事だ。
そんなことを考えていたら、ガクッと視点が下がる。
極度の筋肉痛と痺れが、体を支配する。
異常な倦怠感。瞼が落ち、ほとんど気絶するような形で眠りについた。