聖女は絶望を許さない ー01ー
誓いを立てた、絶対に死なないと。
赤がチカチカと点滅する世界に取り残されながら。
私は絶対に生き残ってやる、と。
気を失いそうになる痛みにまみれながら。
どれだけ格好悪くたって情けなくたって
馬鹿で間抜けで弱虫で愚かで弱くても
絶対に絶対に生き抜いてやる、とーーー
だって私は、あの時誓ったから。
◯◯◯
金色の眼が暗闇からこちらを見ている。
じいっとこちらの様子を伺っている。
「私」がどんな人間なのか。
何を考えているのか。
それを知ろうとしているーーー
「……いや、何か気になることがあったら口に出してくれると嬉しいわ」
視線に耐えかね、ニケはそう告げた。
少し離れたところで膝を抱えながら座っているルーカスは、さっきからじいっとニケを見つめ続ける。
これ以上近づこうとしたら逃げるので、距離を詰めることはできない。
ルーカスのいるところだけ影になっているので寒いだろうに、彼は整った顔に表情ひとつ浮かべていなかった。
「………………」
「…………あ、ないならいいんだけど」
表情どころか、会話にならない。
何を尋ねてもこうなのだから。
ニケが意識を取り戻した時には、確かにすぐ側にルーカスはいた。
それなのにニケが目を覚ましたことに気づいた途端に、彼は離れてしまった。
それ以来、この謎すぎる距離感。
わかったことといえば、逆にニケが距離を取ると少し近づいてくるくらいだ。
(飼い始めたばかりのネコみたいだわ……)
友人が旅行に行くのでネコを預かったことがあるが、こんな感じだった。
ニケが信頼のおける人物なのかを判断しているのだろう、多分、きっと。
そうじゃないならずっとこの距離感ということになる、それはそれで困る。
何故なら彼はニケの初めてのパートナーなのだから。
ニケは逆に、自分からも彼を観察した。
艶のある真っ黒な髪と怖いくらい真っ白な肌。
長めの前髪が顔に影を落としているせいで、金色の瞳がやけにギラギラと輝いているように見える。
通った鼻筋に小さな口。
金色の瞳以外には、彼にはほとんど色がない。
着ているものも黒のローブと黒のブーツなので、本当に真っ黒だ。
何か理由があるのかそれともお洒落か。
爪まで真っ黒なので、余計に彼の「黒」が際立つ。
(爪を黒にしてたって、美形は何でも似合ってしまうものなのね……)
発見だわ、なんてニケは他人事のように思う。
それにしたって目が覚めるほどに美形だ。
少し影を背負っているが、それすらも彼の美形を増しているようにすら思う。
外人さんでも黒髪って似合うのね、と思ってからニケは今の自分も外人なのだと気づいた。
年齢は幾つだろうか。
身長は高いが、年齢は判断できない。
ローブを着ているものだから体格なんてほとんどわからないが、多分細い。
美少年と美青年の中間くらいだ、16から18歳くらいだろうか。
「私は15歳なんだけど、ルーカスは?」
「……………………」
知りたいならば自分から聞こう!
そう思ったニケはにっこりと笑いつつ尋ねてみたが、金色の瞳を向けるだけでルーカスは答えない。
駄目だ、まだ早かった……
コミュニケーションをとることを一時中断し、ニケはふぅっと息を吐き出した。
精霊達はニケにぴったりとくっついている。
ニケの近くは安全だと判断したのか、伸ばした足の上でゴロゴロと転がってみたり髪の毛を滑り台にしてみたり自由気ままだ。
精霊達はニケにしか見えないとわかっているので大きなアクションこそはできなかったが、ニケは精霊達を眺めた。
「そういえば今、何時くらいなのかしら」
火竜に追いかけられる前。
小川で休んでいる時、頭上には月が輝いていた。
どれくらい火竜から逃げていたのか。
体感的には一瞬だが、どれくらいここで気を失っていたのか……
洞窟は暗く、太陽の光は届かない。
ニケが意識を失っている間にルーカスは洞窟に溜まっていた枯れ草や木を使い、火を起こしてくれていた。
おかげでこの場所が行き止まりで、バスケットボールができるくらいに広いことはわかった。
天井も随分と高い。
ほとんどそこが埋まるくらい大きかったのだから、魔獣のルーカスはあの姿でここから出ることは叶わなかっただろう。
けれど、今は違う。
ルーカスはヒトの姿に戻った。
今ならば洞窟から出て行くこともできるだろう。
彼のステータスはまだわからないが、ともかくニケは攻撃手段を得た。
(あの塔に戻りたいのよね)
パートナーを持たないニケが、森の中の塔にいたはずがない。
ということは、あの塔は要塞学園の敷地内にある塔なのだろう。
「ニケ」がそこから身を投げ、森の中に落ちたのだとしたら要塞学園の本当に端にある塔のはずだ。
こっそりとそこに戻って、何食わぬ顔で要塞学園の中に入り込みたい。
そうしないとジョゼフィーヌにも会えないし。
聖女としてジョゼフィーヌは生きている。
一般市民が聖女の近くに行ける機会はほとんどない。
ならば魔女としてジョゼフィーヌに近づき、ニケこそが真の聖女だと認めさせて謝罪させるしかない。
やっぱりあの塔に帰らなければ。
そうなるとルーカスの力が必要だ、どうしたって。
だから彼さえ良ければ一緒に洞窟から出て行きたいのだがーーー……
(全然コミュニケーションがとれないし、私が動き出しても付いてきてくれるっていう保証もないし……)
ニケが離れれば離れた分だけ近づきはするが、ニケが歩き出しても付いてきてくれるのか。
彼自身はヒトに戻ることを望んでいなかったとか、森の中で生活するのが好きだ、とか。
そういう理由があるならば、ニケにくっついて行く必要なんて何もない。
(ステータスを見ようにも、この距離では無理なのよね……もうちょっと近づけたらいいのだけれど)
もっと近づけたらこう。
首根っこを捕まえて、ゲージにこう……!
ノラ猫を捕まえるかのようなことをニケが思っていると、ふとルーカスの口が動いた気がした。
ニケは視線を向け、首を傾げる。
気のせいだろうか?
「…………しょ」
「ん?何かいった?」
気のせいではなかった。
ルーカスが何かいっている。
聞き返すと、彼は一瞬だけニケから視線を逸らした。
何かを決意するかのように、彼はゆっくりとまぶたを閉じる。
目を開けた時、ギラギラと輝く金色の瞳はまたニケに向けられていた。
「僕が怖いでしょ」
「え、全然」
「え?」
意を決していっただろうに、ニケにあっさりと否定されてルーカスの顔に初めて表情が灯る。
あまりに早く否定しすぎたか?
けれどそれが本音なのだから仕方ない。
ニケは顔の前で手を振った。
「むしろ綺麗な人ね、と思っていたわ」
それをいうとまた、ルーカスの顔から表情が消えた。
能面のような顔をニケに向けて、ルーカスは感情のこもっていない声で言う。
「僕を醜いとは思ったでしょ」
醜い?どうして?
目の前の彼は本当に美しい、絵画のように。
そのまま額縁に入れて飾っておきたいほどだ。
「君はとても綺麗だわ」
彼の顔が歪んだ。
金色の眼に怒りが滲む。
骨が軋む音がした、ルーカスの白い肌が黒に染まる。
「嘘だ、ウソ。嘘つき。嘘つきは嫌いだ」
8本の足が突き出る。
ルーカスの身体が巨大化する。
ニケは立ち上がり、思わず後ずさりした。
そうか、このために彼は距離をあけていたのか……
『僕は、僕は醜い。醜い醜い醜イ醜イ醜イ!』
金の眼はそのままに、ルーカスは巨大な蜘蛛に代わる。
あっという間に蜘蛛の糸で拘束されたニケの頭の中に、ルーカスの声が直接飛び込んできた。
『だカらお母様は僕ヲ殺セと命じた!!』
ニケが感じたものは、怒り以上に悲しみだった。
というか、待って?
(まーーーた命の危機じゃない!?私!?)
死にたくないっていってるんだけど!?
ランキング入ってました!
すっごく嬉しいですーーー!!!
ありがとうございます!!
新章です!