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転生してきた悪役令嬢に聖女の座を奪われてました!  作者: 戸次椿
第1章 聖女は死を選んだ
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聖女は死を選んだ ー07ー

 か細い糸を辿って進んでいくーーー


 この先に続いているのは地獄なのか、それとも。

 炎の塊と化した精霊が道を照らしてくれるが、他の精霊達は壁を這い回る蜘蛛に怯えてニケにぴったりとくっついていた。

 言葉はわからないが、精霊達が怯えていることは伝わってくる。


「大丈夫よ、私が付いているから」


 私がいたところで何になる?

 聖女としてはSSSランクであっても、聖女は攻撃手段を持たない。

 それでも、そういわずにはいられなかった。

 精霊達はニケのその言葉で落ち着いたようで、こくこくと頷きながらひしっとくっ付く。


 この先には何がある。

 気配を感じる。

 大きな何かがそこにいる。

 それはニケを待っている。

 待ち望んでいる。


『……にくい』


 声がしたような気がして、ニケは立ち止まった。

 誰の声だろう?

 精霊達の声ではない、何を言っているかわからないが精霊達の声はもっと甲高いから。

 立ち止まっていたニケの足に何かが這って行った気配がして、ニケは慌てて進んだ。

 ちらりと後ろを振り返ると、退路を断つかのように蜘蛛が付いてきている。


 ということはさっきの気配は……

 ニケは考えないことにして、前を向いた。

 虫は苦手ではないが、ここまで集まっているとどうしたって生理的嫌悪を感じる。


『……に、くい…………くい』


 やっぱり声がする。

 その声はどんどん大きくなる。

 誰かが発しているのではない、ニケの頭の中に直接飛び込んできているようだ。

 ラジオがたまに別の電波を拾ってしまうように。


「憎い……?」


 もしもそれがニケに向けられている言葉だとしたら、どうしよう。

 退路はない。

 この先にいる「何か」の隙をついて、先に進めるだろうか。


(足が痛いけど、走れるかしら)


 さっき森の中を駆け抜けたのと、この石の洞窟。

 裸足にはきつい状況だ、ニケは自分の足元を見る。

 足先からは真っ赤な血が流れていた。

 認識してしまうと急に痛みを覚える。

 さっきまではドーパミンが出ていたのだろうか。


「ヒール」


 小さな声で呟くと、足先から痛みが消えていくのを感じた。

 回復魔法しか使えないが、こういう時には役に立つ。

 とりあえずこれでまた走ることもできるはずだ。


 ぴくり、と糸の先が反応した気配がする。

 ニケは顔を上げた。

 近くに迫っている、そんな気がする。


 洞窟はどんどん狭くなっていき、ニケは時々身を屈めながら進むほどだった。

 まだ先に続いているのだろうか?

 そう思っていた瞬間、怯えていた精霊達が一斉に光り輝き出した。


「なに?」


 眩しい。

 ニケは一瞬目を瞑る。

 何かが胴体に巻きついた。

 太くて柔らかい、ヘビみたいな何か。

 次の瞬間、身体が宙に浮く。


「わあああ!?」


 ニケは思わず声を上げ、目を開きーーー

 そして、息を呑んだ。


大きな真っ黒い蜘蛛がそこにいた。


 8つの足に、爛々と輝く金の眼。

 ドームのようになっている洞窟内に、いっぱいになるほど大きな身体。

 小さな山とか、丘くらいはありそうだ。


 視界の端では妖精達がチカチカと輝いている。

 危険を知らせていたのかもしれない。

 だってその魔獣は見るからに高ランクで、どう考えたって危険だから。

 けれどもう遅いのだ。

 ニケはその魔獣の糸にグルグル巻きにされ、宙に持ち上げられていた。


 蜘蛛の巣に引っかかっていたのだ、この洞窟に飛び込んだ時からきっと。

 糸は張り巡らされ、ニケはそれに引っかかった。

 千切ることもできない糸を辿っていき、本体とかち合ったら最後。

 食べられるしか道はないのだ。


「あ、あ…………」


 声が出ない、どうしたって恐怖が身体を支配する。

 こんなに大きな生き物は見たことがない。

 蜘蛛は金の眼でじっとニケを見ている。

 両手は自由だが、攻撃手段のないニケにはどうすることもできやしない。


 死んでしまう。

 食べられる。

 けれど、せめて。


「み、みんなは逃げて。私は……」


 大丈夫ではないけれど。

 けれどせめて強いふりをしよう。

 頑張ったって身体を火に包まれるくらいの精霊達が攻撃できるわけもない。

 ニケは自分の身体にくっ付いている精霊達を引き剥がし、元来た道を指差した。

 精霊達は拒否を示すように首を振る。


『に、くい……』


 また声がする。

 もしかしてこれは、目の前の蜘蛛の声か?

 そう思った瞬間だった、ニケの頭に鈍痛が走る。



『にくい、にくい、醜い醜い醜イ醜イ醜イ』



 はっきりとした声。

 人の声だ!

 この魔獣は、ヒトだーーー!


 蜘蛛が動き出し、ニケは思い切り振り回される。

 蜘蛛が大きな口を開けた、食べようとして。

 いまこの蜘蛛にはヒトとしての意識はない。

 魔獣としての本能のままに行動するのだ。

 ヒトを襲い、ヒトを食らう。

 そんな本能のままに。


(ヒトに戻すにはどうするんだっけ)


 必死に記憶を呼び戻しながら、ニケは思い切り腕を広げた。

 怖い、声が出なくなるほどに。

 恐怖で動けなくなるほどに。

 それでも死にたくないから、それならば……


 強がるんだ。


「あああああああああああああ!!!」


 両手を広げて、飲み込まれないように必死になって抵抗した。

 手に鋭い牙が突き刺さる。

 とんでもない激痛が走って、ニケは叫んだ。


「ムカつく!!あの女ぁああああ!!」


 お前が聖女なんて騙るから、本物の聖女は蜘蛛に食べられそうになっているんだからね!!

 ニセ聖女ジョゼフィーヌ、略してニセジョめ!!

 絶対にタダでは食べられてやらないけど!!

 食べられたとしても腹の中で大暴れしてやる!


 蜘蛛が無理やり口を閉じようとする。

 ここで諦めたら飲み込まれる。

 ニケは必死になって力を込めた。

 魔獣をヒトに戻すには…………


「そうだわ!対象に直接触れて……!」


 身体中が痛い。

 要塞学園で受けていた授業の内容が、痛みで吹き飛びそうになる。

 ヒール!ヒールヒールヒールヒール!

 そう唱えながら痛みを何とか緩和しつつ、教師の言葉を思い返した。

 対象物に直接触れてーーー


「魔力を流し込む!!」


 どうやって!?

 ヒールレーザーを打った時の感覚でいいの!?

 頭の中で想像した、はっきりと。

 自分の魔力が、この山のように巨大な蜘蛛に流れ込むことを。


 痛い痛い、痛い。

 絶対にあの女だけは許さないから!本当に!!

 覚えてなさいよ!!!!


『醜イ醜イ醜イ醜イ、ダカら僕ハ……』

「うるっさいのよ!!!」


 頭の中の声に、ニケは思わず怒鳴りつけた。

 こっちは痛みのせいで気絶しそうなのに、醜いとか醜くないとか心底本当にどうでもいい!



「どんな見た目でもいいわ!!

 私が愛してあげるから、私と一緒に世界征服するのよ!!!

 さっさとヒトに戻りなさい!!!」



 パン!

 何かが弾ける音がした。

 ニケの身体が自由になる。

 手を貫いていた牙が消える。

 真っ黒な巨大な蜘蛛も、金色の眼も。


 ただし、痛みだけは残った。


「ああああああもおおおお痛い!!!」


 叫びながら、ニケは自分にヒールを唱える。

 痛みと傷が消える。

 どっと何かが身体から奪われた気がして、疲労感に襲われた。


 大きな蜘蛛に持ち上げられていた場所から落下しながら、ニケが見たものはーーー

 ぼんやりとこちらを見上げる真っ黒な少年の、ギラギラと輝く金色の瞳だった。

 ニケはその少年に、無意識に告げた。


「私を助けなさい」


 少年は、まるで何かに操られているかのようにゆっくりと手を伸ばすーーー

 棒のように細い身体が膨れ上がり、8本の足が突き出す。

 あっという間におぞましく醜い巨大な黒い蜘蛛の姿に変わった少年は、地面に叩きつけられるスレスレでニケを糸でキャッチした。


『可哀想』


 意識を失いかけているニケの頭の中に、声が響く。

 きっと少年の声だ。

 金色の瞳が輝いている。


『僕なんかをパートナーにするなんて』


 開けていたいのに、まぶたが勝手に閉じようとする。

 巨大な蜘蛛が少年の姿に変わっていく。

 少年はじっと、自分を救った少女を見つめる。


 ああ、聞きたいことは山ほどあるのに。

 どうしてだろう、眠い。

 ニケは何とか口を開いた。


「名前、は?」


 やけに白い肌のせいで、少年の真っ黒な髪と金の眼が際立つ。

 美しく整った顔を少し歪め、少年は告げた。


「ルーカス。ルーカス・ウィリアム」


 良い名前ね。

 それは夢の中でいったのか、口に出したのか。

 ニケにはもうわからなかった。



◯◯◯



「可哀想。僕なんかを選んで」


 ルーカスは囁くように言葉を落とした。

 少女は寝息を立てている。


 自分は醜い。醜い。醜い。醜い。

 僕なんかを選ぶくらいならば死んだほうがマシだ。

 自分でもそう思うくらいに、醜い。

 ルーカスはただ少女を見つめた。

 その金色の瞳で。


 それでもこの美しい少女は、

 死を選ぶのではなく、僕を選んだーーー



「…………君の名前は、なに?」




第1章終わりです!

別視点の話を挟み、次からは第2章!

ブクマや評価、本当に励みになっております!!ありがとうございます(*゜∀゜*)!!!

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