聖女は死を選んだ ー05ー
スマートフォンの画面に表示される『魔獣』は、恐ろしい外見をしていたって何処か可愛らしかった。
だから多分、忘れていたのだ。
「あ、あ…………」
目の前に黒がそびえ立つ。
ビー玉のような目がニケを捉える。
生理的嫌悪が吐き気と恐怖になってわきあがる。
動かそうと思っても身体が動かない、動けない。
言葉が出ない。
なのにその、8つの脚から目が離せない。
そうだ、主人公はーーー
こんなものと対峙していかねばいけないんだ。
◯◯◯
「真っ暗ね」
ドラゴンの炎から逃れ、ニケは精霊達と洞窟の奥に進んでいた。
洞窟は進むにつれ暗く、そして狭くなっていく。
ニケが小柄なためなんとか進めるが、今より大きくなるともうこの洞窟を進んでいくのは無理だろう。
太陽の光が届くわけもない洞窟は真っ暗だった。
さっき全力で走ったせいで汗ばんだ身体には寒いくらいで、ニケは自分の腕をさする。
「炎でもあればいいのに」
ドラゴンの炎を思い出し、ニケは眉を寄せた。
あれを松明代わりに使うのはさすがに無理がある。
そもそも、ここには木もないし。
周りを囲んでいた精霊のひとりが、ニケに向かって猛烈にアピールをし始めた。
どういう訳だが精霊達は、こんなに真っ暗だというのに何処にいるのかよくわかる。
それどころか表情まで見えるのだから不思議だ。
オーラというべきなのか、精霊達ひとりひとりの周辺がキラキラと輝いている。
これも聖女としての能力なのだろうか。
ニケが首を傾げながら視線を向けると、猛烈にアピールしていた精霊が力を込めて目をつぶった。
その途端、精霊が炎に包まれた。
「え、何!?燃え出したけど!?」
何で急に焼身自殺!?
ニケが慌てていると、炎に包まれている精霊がこちらに向かって朗らかな笑顔のまま親指を立てる。
死亡フラグにしか見えないが、精霊は元気いっぱいに跳びはねている。
どうやらニケのために炎を出して、というか炎に成ってくれたようだった。
(火の精霊さんなのね、きっと……)
ともかく物理的にも燃え上がった精霊のおかげで、洞窟内はパッと明るくなる。
炎のおかげで心なしか温かい。
ニケはにっこりと笑った。
「私が暗いっていったから照らしてくれたの?ありがとう」
ぺこりと頭を下げると、ニケの笑顔に見惚れていた火の精霊が自分を指差す。
伝えたいことがあるらしい。
精霊達は自分を指差し、お辞儀をし、ニケを指差した。
何を言いたいんだろう?
何度も何度も繰り返すので、ニケは思いついたことを口走る。
「えっと……精霊のお礼?」
その中のひとつに精霊達が大きく反応した。
精霊達のお礼の方法を教えてくれる、とか。
精霊達のお礼の方法があるから見ててくれ、とか。
多分そんなことを言っているのだろう。
「お礼の仕方が私達とは違うの、ね。教えてくれたら次からはみんなのやり方でお礼をするわ」
ニケがそういうと、精霊達は歓喜し出した。
喜んだとか生ぬるい感情表現ではない。
まるで国代表の試合で勝った時のような。
両手を天に突き上げ、お互い抱きしめ合いながら涙を流さんばかりに喜んでいる。
(え、そんなに?)
聖女って怖い。
お辞儀の代わりに精霊達のやり方をする、といっただけでこんなにも喜ばれるなんて。
精霊達はひとしきり喜んでから、ニケに向かって「見てて!」というジェスチャーをした。
ニケが頷くと、精霊達は実践して見せてくれる。
指を唇に当て、ニケに向かって投げたーーー
ん?え?それが精霊のお礼の仕方?
呆然とニケが見つめていると、精霊達は何度も続ける。
投げチューってこと?
え?精霊のお礼の仕方、チャラいな?
とりあえず、ニケは精霊達に向かって投げチューしてみる。
その途端、精霊達が再び大歓喜した。
「俺たちはやり遂げたぞ!!」とでもいうかのように、抱きしめ合って感涙している。
(喜んでくれているから、お礼という意味では間違いではない、のかしら……多分)
とりあえず、今後精霊に感謝した時は投げチューをしよう。
ニケはそう心に決めた。
「えっと……とりあえず明るくなったから……」
奥に進むべきか、ここにとどまるべきか。
ニケは明るくなった洞窟を見渡す。
思っていたよりも奥に続いているようだ。
通路の先は全然見えない。
まだドラゴンがいるかもしれないと思うと戻る気にはならなかった。
どうしようかな。
ここが要塞学園の外であることは疑いようがない。
ジョゼフィーヌも要塞学園の中にいるだろうし、あの女にぎゃふんといわせるためには学園に戻る必要がある。
何より学園の外はあまりにも危険すぎる。
魔獣はうじゃうじゃいるし、その魔獣は聖女に誘われる。
それなのに聖女ニケは戦う手段を持っていないのだから。
「私が森に詳しかったらいいのだけれど」
「ニケ」は魔女として出来損ないだった。
そのせいで魔女として魔獣と対峙したこともなければ、森に入ったことも一度だってなかったようだ。
もしかしたらその辺りもジョゼフィーヌの策略で、要塞学園の中に幽閉に近いことをされていたのかもしれない。
「ニケ」の記憶があるはずなのに、学生生活のことを考えようとすればするほど、頭の中はモヤがかかったように思い出せなかった。
「ニケ」にとってそこは、そんなにも辛い場所だったのだろう。
「まずは己から知るべきね。そういわれれば私のステータスって、ちゃんと見ていなかったし」
さっきステータスを見た時は、ドラゴンに追いかけられていた。
そのためしっかりと見たのは魔法の項目だけ。
自身のステータスについてはほとんど頭に入っていない。
(『ニケ』にいたってはステータスの見方も知らなかったみたいだわ、記憶にないもの。ということは自分のランクだって知らないままだったのね、私)
聖女は他人のステータスを見ることができるが、魔女は見ることができないので「ニケ」はステータスの見方を教えてもらわなかったのだろう。
魔女も魔獣も聖女も、生まれつきランクがある。
Eから存在するランクが高ければ高いほど、レアなアイテムの出現率が上がるのだ。
主人公のランクはランダムで割り振られるため、リセットを繰り返して出来るだけ高ランクの主人公を選ぶユーザーもいたほど。
しかし高ランクはいいことばかりではない。
聖女のランクが高ければ、それだけ高ランクの魔獣と出会いやすくなる。
つまり高ランクな主人公ほど、ゲームの難易度が上がってしまう。
なので逆に低ランクの主人公を選ぶ、という人もいた。
レアなアイテムや魔獣に出会わないだけで、ストーリー的には何の変化もないわけだし。
(魔女と魔獣と呪われた子のランクは固定で、確かジョゼフィーヌはランクAなのよね)
ジョゼフィーヌに対抗するためには同ランクか、それに近しいランクだと嬉しい。
こればかりは運だ。
ニケは祈るような気持ちで「ステータス」と呟く。
目の前にパッと、半透明の板のようなものが出現した。
「えーっと……ニケ・ヴィクトリア。ランクは……」
ちなみにプレイヤーの中では『星がつく』という言葉があった。
アイテムなり、魔獣なり、その種類の中で1番高ランクなものにはランクの隣に星マークがついているのだ。
例えば「木の棒 ランクC★」というように。
「……ランク、トリプルエス…………星」
自分のランクの横に星が付いている。
ニケ・ヴィクトリア。聖女。
ランクSSS★……
「ん?ちょっと、ちょっと待ってもらえるかしら?」
ランクがおかしくない?