聖女は死を選んだ ー04ー
「やってられませんわねぇええ!全く!!!」
景色が過ぎ去る。
枝が頬を打つ。
裸足の足が痛い。
ボロボロのワンピースが引っかかって破れる。
桃色の髪が乱れる。
気にしてなんかいられない。
「大体なんで!!聖女様が!!パートナーの1人もいないのよ!おかしくないかしら!?」
悪態を吐きながらも、ニケは走った。
後ろからはドスドスと音を立て、ドラゴンが追いかけてくる。
叫び声をあげながら。
魔獣からヒトに戻った人間を、この世界では『呪われた子』と呼ぶ。
そして魔女と聖女含め、魔獣をヒトに戻せる人間のことを『選ばれた子』という。
呪われた子と選ばれた子は主従関係を結び、一蓮托生となって行動するのだ。
いわゆる聖女や魔女をリーダーとなって、パーティを組むということだ。
そのパーティのメンバーのことを『パートナー』と呼ぶ。
このゲーム、とにかく攻略対象が多いのでパーティも多種多様。
魔女は2人までしかパートナー関係を結べない。
つまり魔女含めて3人のパーティしか作れないが、聖女は3人とパートナーになれ、4人のパーティとなっている。
それだというのに!
正真正銘聖女様なのに!
「私にはパートナーが1人もいない!!」
聖女は攻撃魔法を使えないのよ!?
その辺りをわかってるの!?
ニケはとにかくダッシュしながら、どうにかしてこの状況を打破できないか必死で考えた。
ああ、あのドラゴンが『呪われた子』だったならばヒトに戻す魔法を放ったら何とでもなるのに!
聖女だからこそわかってしまうのだ、あのドラゴンは本当にただの魔獣だと。
ならば倒すしか選択肢がない。
それなのに倒せない。
「ニケ」にはパートナーがいないから。
魔女としては出来損ないのニケは、要塞学園の外に行く許可が降りなかったのだろう。
要塞学園の外は深い森に覆われており、危険すぎる。
だから『呪われた子』の誰もパートナーがいないのだ。
しかも今の状況では最悪なことにーーー
「魔獣は聖女に誘われるのよね!」
魔王も魔獣も、己を倒せるのは聖女だけだとわかっているらしい。
聖女に誘われるかのように、魔獣はやってくる。
だから国は聖女と、聖女を守るように魔女と、そして『呪われた子』を一箇所に固めて聖女を守るのだ。
そして今、そんな大事な聖女は命の危機。
聖女を名乗る偽物が守られている。
ニケは木々を避けて走りながら、ぶつかりそうになっている精霊達を掴むと自分の胸元に放り込む。
精霊達もニケを追いかけて飛び交っているので、精霊同士や木々にぶつかりそうになっているのだ。
ワンピースの胸元に放り込まれた精霊達は、よっぽど居心地がいいのかそこにしがみつきながらくっついている。
ヒヤヒヤしなくていいからいいけど!
ニケはそう思うことした、今はそれどころではない。
「何か、何かないの、何か!」
ステータスって見れるんだっけ!?
ニケの記憶を振り返るが、ステータスを見たという記憶がない。
レベルやら体力やらの概念があるので、ステータスだって見ることができるはずなのに。
「あ!わかったわ!ニケは聖女として認められてないから、聖魔法の勉強をしてないんだわ!だから聖魔法の使い方を知らないのね!」
ステータスを見ることが聖魔法なのかはさておき。
どうやればいいかわからないが、ニケは叫んだ。
「ステータス!」
目の前に半透明の板が浮かび上がる。
走りながら必死になって目を凝らすと、レベルという文字があるのが見えた。
やった!ステータスだ!
前世でゲームをした記憶があってよかった!
「ニケ」は魔法の使い方など全く知らないが、こちらは覚えている。
どんな魔法を使えるか、どんな魔法が有効なのか、どんな魔法がこの世界にあるのか、なんて。
時間がない。
レベルやそういうところは無視して、ニケは自分が覚えている魔法の項目を見遣った。
よかった、聖魔法はいくつか覚えている。
けれど……
「今の状況では何の役にも立たないわ!!ばか!!!」
あああああ、もう!
どうしろっていうのよ!
目の前に大きな木が見えた、ニケは奇策を思いつき後ろを確認する。
ドラゴンは口の中を赤く染めながら、ツバを撒き散らしつつ追いかけてきている。
(タメ攻撃をしようとしていない!?)
やってらんない!
どれほどの威力かわからないが、直撃して無事に済むとは思えない。
ニケは大きな木に向かって一直線に走った、そしてーーー
「さぁ!私に向かって駆けてくるといいわ!」
木の前でくるりと振り返り、ドラゴンに指差す。
ニケが諦めたと勘違いしたのか、ドラゴンは頭を下げて突進してきた。
「ギャアアアア!」
ギリギリのところでニケは突進をかわし、木の後ろに回る。
ルート変更をすることができなかったドラゴンは、そのまま大木にぶつかった。
魔法を貯めていた赤い口が黒に変わる、魔法はキャンセルされたらしい。
「私を簡単に殺せるなんて思わないことよ!」
絶対に生きてやるんだから!
ニケはそう思いながら、右手をドラゴンに向けた。
聖魔法は攻撃できないというが、もしかしたら……
ヒールレーザーとかいう名前だし、ダメージは与えられるかもしれない。なんていったってレーザーだし!
聖魔法の使い方なんてわからない。
けれど一応「ニケ」も魔女として学園に通い、水魔法の使い方を教わっていたのだ。
当然ながら聖女なので、水魔法なんてほとんど使えなかったけど。
その時に習った使い方を応用する。
(ヒールレーザーは確か……一直線に回復魔法が伸びる魔法だったから……)
真っ直ぐ向かうように。
魔力なんてものはわからないが、ニケは自分の身体から何かが真っ直ぐに向かって行くことを頭の中でイメージした。
その瞬間、キラキラと金色に輝く光が一直線にドラゴンに向かって行く。
頭を振りながら態勢を立て直していたドラゴンの胸を、光は貫いた。
「やった!ダメージくらいそうじゃないかしら!?」
ドラゴンの身体が光に包まれる。
トカゲのような顔を大きく歪んだーーー
キラキラン♪
ドラゴンの体力が回復する音がした。
大木にぶつかったことで怪我をし、血を流していた傷が癒える。
なるほどね。
ニケは何度か頷いた。
向けていた右手を、そっと身体の横にやるーーー
「回復させちゃったああああああ!!!!!」
私のバカ!!
ニケは自分の頬を叩きながら、とにかく走る。
回復してもらったことでさっきよりも元気になり、ダメージを受けたことで怒り狂うドラゴンが追いかけてくる。
回復してあげたお礼とか、感謝はないんですね!知ってました!
さっきよりも追いかけてくる速度が増していた。
このままでは追いつかれてしまう。
何か、何かないのか!
「え、何!?」
ふと見ると、精霊達が何かを訴えていた。
1つの方向を皆が指差している。
あっちに行けっていうの?
迷っている暇もない、ニケは精霊達の指示に従う。
右、左、右……
後ろから炎が飛んでくる。
それをかろうじて避けながら走っていると、唐突に開けた場所に出た。
空き地、のような場所。
崖に穴が空いている、洞窟のようだった。
精霊達はその入り口を指差している。
「ここに入るの!?」
確かにその洞窟の入り口は狭く、ドラゴンは入ってこれないだろう。
精霊達に問うと、全員が勢いよく頷く。
それに従うしかない。
足音が近い。
ニケは転がるように、洞窟に滑り込んだ。
「アアアアアアアア!」
ドラゴンの悔しげな叫びが響く。
洞窟は入った瞬間に大きな岩があった、ニケはすぐさまその裏側に隠れる。
ドラゴンが火を噴いてきてもこれで安心だ。
岩の陰で、ニケは息を切らしながら座り込んだ。
「ジョゼ、フィーヌ〜〜〜!」
絶対に許さないからな、あの女……!
ドラゴンが火を放ったわけでもないのに、ニケの中でメラメラと復讐の炎が燃え上がる。
心配そうにこちらを見つめる精霊達に笑いかけてから、ニケは拳を作った。
「聖女の座を奪い返して、謝らせてやるんだから!」
その瞬間、ドラゴンが火を放ったらしい。
業火がニケの周辺を包み込む。
ニケは慌てて精霊達に手を伸ばし、守るように何人もの精霊を抱え込んで岩にぴったりとくっついた。
桃色の毛先は少し焦げたが、問題ない。
ドラゴンは悔しさに地団駄を踏んでいる。
今のうちだ!
「ここは危ないわ!もっと奥に行きましょう!」
精霊達を伴って、ニケは洞窟の奥に駆けて行ったーーー
◯◯◯
「俺の、見間違いでなければ」
洞窟の前でドラゴンが怒号をあげている。
木の影に隠れながら、少年はひとりごちだ。
いま見たことが信じられない。
けれどーーー
「あの少女は、聖なる魔法を使った……」
そればかりか、彼女には「何か」が見えているようだった。
少女は逃げ惑いながら、何かを掴んでは胸元を守っていた。
少年には見えない、何かを。
もしこれらが事実ならば、全てがひっくり返る。
そして全てに納得がいく。
少年は強く強く拳を握りしめ、そっと自分の首元を触る。
そこにはジョゼフィーヌの印があった。
パートナーとしての印。
『聖女』ジョゼフィーヌの紋章が。
オスカー・エバンス。
ジョゼフィーヌが持つ、もう1人のパートナー。
彼はただただ、ドラゴンの咆哮を聞いていた。
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