聖女は死を選んだ ー03ー
「おかしいわ、大体なんで……ただの魔女が聖女として認められるの?」
聖女と魔女の違いは幾つかある。
1つ、魔女は魔獣と化したヒトを完全には戻せない。
呪いをかけた魔女の力が最も強くなる新月、魔女が戻したヒトは魔獣に戻り暴走する。
聖女は完全に魔獣をヒトに戻すことができる。
聖女によって呪いを解かれたヒトは、自らの意思で魔獣になることもできるのだ。
2つ、魔女は精霊を見ることができない。
魔女とは、精霊王から力を与えられた存在。
精霊王ほどに力の強い精霊は、その姿を自由にヒトに見せることができると言う。
しかしこの世界には大小様々な精霊が存在する。
そんな精霊を魔女は見ることができない。
精霊も天使も神も悪魔も。
そして呪われたヒトなのかただの魔獣か。
それを見ることも、見分けることができるのも聖女だけなのだ。
3つ、魔女は回復魔法が使えない。
この世界に回復魔法は存在しない。
魔女が持つ精霊王から与えられた力は、戦う力のみ。
傷を癒し、いわゆる体力を回復できるのは聖女だけ。
「こんなに違いがあるのだから、ニケが聖女として認められていないのは変よ」
そもそもニケが聖女として認められるのは13歳の時。
現在は15歳だから、2年前。
先代の聖女様が急死し、聖女候補が王城に集められるのだ。
そして聖女候補はある場所に連れていかれる。
地下の牢獄、閉じ込められているのはーーー
「この国の王子、ケリー」
彼は魔女の呪いにより、14歳で魔獣となった。
王子を野に放つわけにはいかない。
だからといって、本能のままに暴れる魔獣を持て余す。
結果として、彼は地下の牢獄に幽閉されたのだ。
ただし、そこにいた魔獣は王子だけではない。
何頭もの魔獣が地下に幽閉されていた。
大臣は告げる。
「ここから王子を探し出し、ヒトに戻してみよ」。
魔獣を見分けられるのは聖女だけ。
その試験を乗り越え、ニケは聖女として認められる。
そして王子ケリーはニケの最初のパートナーとなるのだ……
「ケリー・グランツの能力値やばいものね。聖女は3人までパートナーを選べるけれど、大体どのチームにもケリーを選んでいる人は多いわ。しかもケリーは聖属性の人だから、ニケといることでパワーアップするし……」
ブツブツとニケは呟く。
いや待て、落ち着け。
ゲームの話はさておき。
「やっぱりあの試験をクリアできるのは聖女しかいないわ、それなのにどうしてジョゼフィーヌが?」
ニケは自分の記憶を辿る。
確かにジョゼフィーヌが王子の魔獣を選んでいた。
あの魔獣が王子だと最初に気づいたのはニケだが、ニケが言葉を発する前にジョゼフィーヌは彼女を突き倒し先に指差したのだ。
この魔獣こそが王子ケリーだと。
そして魔女の力で呪いを説き、ジョゼフィーヌは聖女として認められた……
実際は違う。
それはニケとてわかっている。
だって彼女こそが本当の聖女だから。
彼女には見えていた。
幼い頃から、この世にたゆたう精霊達が。
精霊達は聖女であるニケを愛し、微笑み、話しかける。
ジョゼフィーヌはそれに気づかない。
精霊を見えていないのだ。
それなのにどうして、彼女が聖女だと?
聖女だけしかできるわけがない、魔獣を見分けることができるのか?
ニケの目の前で全ては起こった。
突き飛ばされ、膝を擦りむいて服は破れる。
この日のためにニケが何とか用意したワンピース。
ニケは孤児であり、そのワンピースは一張羅だった。
ニケはずっと憧れていた。
この国の王子様。
美しく、礼儀正しく、清く、麗しい。
そんな王子様はジョゼフィーヌに膝をつき、生涯の忠誠を誓った。
薄汚れ、泥がつき、聖女でもないニケには目もくれない。
その絶望はどれほどのものだっただろう。
「そしてニケはただの魔女と認知され、要塞学園に来たってわけなのね……」
記憶の中のニケは、あまりにも良い子だった。
自分は聖女ではなかったのだ、と彼女はそう切り替えた。
なんておこがましいことを思っていたんだろう、と。
そして魔女として、聖女ジョゼフィーヌ様を支えよう!
ニケはそう誓っていた。
水の魔女だとニケは認識されのは、聖魔法の一部が水魔法と似ているからだろう。
しかし残念なことに、聖女は攻撃魔法を操ることはできない。
そしてニケは聖女として認められなかったものだから、聖魔法の使い方を教えてもらうことはできない。
結果、彼女は魔女として落ちこぼれだと罵られる。
学園中の者から嘲笑われ、馬鹿にされ、中傷される。
目の前では「聖女」ジョゼフィーヌが自分の憧れの人を侍らせ、笑う。
じわじわとニケは疑惑を抱えていた。
彼女は本当に聖女様なのだろうか?
その疑惑を抱いたことに気づいたのか、ジョゼフィーヌは王子や自分のパートナーに気づかれぬようニケを虐め出したのだ。
そしてそれは、あっという間に全ての魔女に広がった。
「本当に酷いことが起こったのね……けれど、あの女が聖女ではないのは確かよ」
噂では、王子は月に一度魔獣に戻ってしまうという。
王子だけではなく、ジョゼフィーヌのパートナーとなった他のひとりも。
ジョゼフィーヌはそれを、自分が半人前の聖女だからだといいわけしていた。
聖女はパートナーを3人まで持てるはずなのに、ジョゼフィーヌは2人しかパートナーを作らない。
少数で動くことが性に合っているの、とジョゼフィーヌはいっていた。
ジョゼフィーヌは回復魔法を使わない。
それも半人前の聖女だから、と。
くだらない噂話はジョゼフィーヌに忠誠を誓う王子様と、そしてその側近。
クマのように大柄で無口で、能力値が異常なほどに高いその男が黙らせていたようだった。
「言い訳はまだわかるわ、何とでもなるものね。けれど聖女の試練で王子を見分けられたのがおかしいのよ……」
もしかしてーーー……
ふ、とニケの頭の中にある可能性が浮かぶ。
あまりにもありえないことだったので、ニケは忘れようとした。
けれどもしもその「仮定」が正しければ、全てのことに説明がいく。
「もしかしてジョゼフィーヌは……」
そこまでいった時、精霊達が騒ぎ出したのがわかった。
精霊達は何処にでもいるのだ。
自分がニケだと知った時は動揺して視界に入っても来なかったが、ここに移動してからはよく見えた。
精霊達はニケの魂がニケではないことがわかったようで、暫く様子を見ていたが徐々に近づいてきて、今やすぐ近くで遊んでいたのだ。
そんな精霊達が何かを告げてくる。
音のする方を必死に指差し、ぐるぐると手を回す。
「え、なに?どうかしたの?」
何の気配?
何を伝えたい?
ニケは眉を寄せる。
「逃げろ?逃げろっていってるのかしら」
何から?
精霊達が頭上を指差す。
ニケはそれに従って顔を上げるーーー
炎をまとうドラゴンがこちらを見下ろしていた。
「あ、まずいわ。これ、死んだわね」
死にたくないとかいってる場合じゃないことは、明白だった。