聖女は三歩進んで二歩戻る ー03ー
「どういう意味だ?」
そして魔王は問う。
「ただの魔女が聖女を騙ってる?」
彼は『聖女』が自分の前に来ることを望んでいた。
その日がいつになるかわからなくとも。
自身の師を殺し、憎しみを受け継いで、いつかそれが晴らせることを願っていたーーー
あまりに聖女が来なさすぎて、聖女を探しに行ってしまおうと思うほどに聖女を待ち望んでいた。
「じゃあもしも……もしもその魔女が俺様に会いに来てたとしたら、俺様はただの魔女を聖女だと思ってたってことか?ただの魔女に会えて喜んでたってことか?ただの魔女を殺してお師匠様の敵が打てたと喜んでたかもしれないってことか?」
ニキータの身体が半透明になる。
ヒトの形を保つことができなくなり、足元から液体化していく。
半身だけヒトの身体をしたまま、ニキータは半透明の髪をぐちゃぐちゃにした。
「その魔女は俺様のことを愚弄している!!」
まぁ多分、そこまで考えてはいないだろうけれど。
偽聖女の言動を省みるにニケにはそう思えるが、だからといって確信があるわけでもない。
確信めいたものはあるが、中身が自分と同じ転生者だという完全なる証拠もないし……
ニケは能天気にそんなことを思っていたが、魔王の怒りはどんどん増していっていたようだ。
「ああああああああ!!!」
怒声が響く。
「わ!」と、ルーカスが耳を塞いで身を縮ませた。
怯えた妖精達が一斉にニケの服の中に逃げ惑い、好戦的な妖精は震えながらも魔王に拳を向けている。
木々にとまっていた鳥達が逃げ惑い、森の奥からはそれに呼応して様々な魔物の叫びが響いていた。
「ブチギレじゃん」
それは魔王なのか。
それともニキータなのか。
半透明の身体は怒りで真っ赤に染まり、イケメンな顔を崩してほとんどスライムに成り果てている「ニキータ」は怒りで震えている。
背中からぬるりと8本の脚を出し、まるで姿を女郎蜘蛛のように変えたルーカスがニケを守りながら呟いた。
怒りのあまり、我を失ったニキータがこちらを襲ってくるのではと思ったのだろう。
「あ、半分だけ魔獣に戻るのいいわね」
「魔王が半分だけスライムに戻してたの見たから。やればできるもんだね」
「カッコいいわ」
「くだらないこという前に対処法考えて」
本音だったのに。
ニケは少し頬を膨らませたが、すぐに眉を寄せる。
別にこのまま距離を取っていれば良いのでは、と思ったが魔獣が呼応しているのはまずいのかもしれない。
ふと良いことを思いつき、ニケはルーカスを見上げた。
「私を放り投げてくれない?」
「え?魔王に?」
「ええ、魔王に」
「何をいってんの?」
いいから!とニケはルーカスの蜘蛛の脚を叩く。
ぺちぺちと蜘蛛の脚を叩くニケの行動が鬱陶しいのか、はたまた蜘蛛の脚だというのに何も躊躇なく叩いてくるニケが珍しいのか。
ルーカスは思い切り面倒臭そうな表情を浮かべながら、首を傾げた。
ルーカスの身体がバキッと音を立てる。
ヒトの形を成していた部分が蜘蛛に成り代ると同時に、ニケの身体には白い糸が巻きつかれた。
『どうなっても知らないよ、聖女様』
頭の中でルーカスの声がした。
目の前の「魔獣」に向けて怒り狂った声をあげる魔王は、ほとんどスライムの姿をしてこちらに襲いかかってくる。
そんな魔王に向けて蜘蛛は思い切り、聖女様をぶん投げた。
「ああああああああ!!!」
もはや口と牙だけの存在となったスライムに向け、ニケは思い切り両手を広げる。
さすがに自分が襲いかかろうとした対象から自分に向け、モノがぶん投げられてくるなんて想像だにしていなかったらしい。
しかもその「モノ」は自分が探し求めていた聖女だ。
避けることもできるはずがなく、スライムはその液体化した身体でニケを受け止めた。
「ニキータ!わかる?あなたが探していた聖女様よ!」
液体化した身体がヒトに戻ってくるーーー
筋肉質な腕や骨っぽい手が生えるように形に成ってきて、ニケの腰に手が回された。
口と牙しかなかった水色のスライムの中心に顔が出来てきて、水色の瞳がニケを見つめている。
「お前を騙るなんて最低の女だ!」
「そう思うわ」
「俺は絶対に許さない!その女を噛み砕いて、溶かして、ドロドロにして、殺してやる!」
「そのために私達がしないといけないことは何?」
「え……???」
視界の端でヒトの姿に戻ったルーカスが呆れた表情を浮かべていた。
ちなみに放り出された時に妖精達の一部はくっついたままでいられたが、ほとんどの妖精は同じように放り出されていた。
「あーー」という顔を浮かべる妖精達が少し可愛いと思ったのは内緒にしておこう、ニケはそう思った。
「俺達がしなければいけないこと……??」
ちなみにそれを尋ねられたニキータは、放り出された妖精達と同じように「あーー!」という顔をしている。
突然すぎて何も思いつかないという顔だ。
自分を騙していたかもしれないジョゼフィーヌのことは頭から消え去り、今や「?」でいっぱいになっている。
「わからない……」
「よく考えて!頑張って!魔王様!」
「偽聖女に会う……??」
「そうよ!その通り!会うためには?」
「要塞学園を、壊す……??」
「そんなことをしたらニケちゃん泣いちゃうわ!えーんえーん!聖女の私が泣かないために平和的に学園内に入るには!?」
「魔法道具が必要……??」
「天才!マーベラス!最高!」
抱き上げられているまま、ニケはヒトの姿となったニキータの頭をよしよしと撫で回した。
褒められたことが満更でもないようで、ニキータは「そうだろう!」なんていいながらヘラヘラと笑う。
「……お上手」
「得意なの、子ども」
「俺様天才だからな!」と調子を取り戻したニキータにおろしてもらうと、眺めていたルーカスがポツリと呟いた。
さっきまでの怒りは何処へやら、ニキータは意気揚々と拳を掲げる。
「天才の俺様によると!魔法道具を手に入れるのが最善策だぜ!つまり要塞学園の生徒を襲えばいいんだな!?やるぜ!」
「合理的じゃないじゃん。バカ?」
「は?いま、俺様のことバカっていったか?」
「ごめん。難しかった?」
「魔法通行証を手に入れるためにはまずは近くの町に行くべきね!」
ちょっと目を離したすきに始まる口喧嘩に全く気付かず、ニケは宣言した。
「ニケ」の記憶を掘り下げると色々と思い出したのだ、要塞学園は深い森の中にあるが近隣には町がある。
「要塞学園に入る前、その町で一泊したの!騎士団の出張部隊も常駐してるから、宿泊関係は結構しっかりしてる町だったわ!ご飯も美味しかったし!」
「食事の話はいいけど、何で町?」
「町長さんとか騎士団の人達は警備とか、なんか食料運んだりする関係で魔法通行証持ってたの!」
要塞学園の方向はわからないが、町の方向ならわかる。
ニキータが眉を寄せた。
「その町にも魔獣避けがかかってんじゃねぇのか?」
「町の魔法通行証なら持ってるのよ、私」
待ってました!とばかりにニケは笑みを漏らす。
そして自分が付けていたピアスを指差した。
何かあった時ーーー例えば森で迷ったり、魔獣から逃れる時のため、近隣の町や村の魔法通行証はまとめてアクセサリーにされているのだ。
そちらはジョゼフィーヌが関わることもなく、その村や町を利用したものには渡されるものなのでニケとて手に入れていたのである。
「だから安心して!町に行くわよ!」
「近いのか?」
「スーパー遠いわ!でも大丈夫!私に良い考えがあるから!」
ということで、ニケ達は近くの町に向かうことにしたのだった。