聖女は三歩進んで二歩戻る ー01ー
「私達が向かうところ?そんなもの決まっているわ!」
洞窟の外は明るい。
いつの間にあの深い夜が終わり、日が昇っていたのだろうか。
らんらんと輝いていた月に変わって出ている太陽も、月と同じくらいらんらんと輝いていた。
多分今は昼くらいだろう。
ということは洞窟の中で一晩を過ごしたらしい。
森の中ということもあってか、暑くもなく寒くもないちょうどいい気温なのはありがたい。
ふふふ、と笑いながらニケは桃色の髪をかきあげる。
ルーカスと魔王ーーーニキータが、ニケの動きを見ていることを感じつつ、ニケは勢いよく指をさす。
高い塔があった方向に向かって。
「あの塔に向かうのよ!」
指差した先には塔がなかった。
ん?ちょっと待って?
ニケは一度手を下ろし、塔を探してその場でぐるりと回転する。
結果、塔はなかった。
「な、なんでなの!あんなに高い塔だから見失うわけないのにおかしいわ!」
「塔って要塞学園の敷地内にあるやつか?」
「………………」
「無視すんな!!!」
がくり、と崩れ落ちたニケにニキータが話しかける……
が、正体が魔王だとわかっているニケはさらりと無視した。
ヒトの形に成っている時はチャラい見た目というか、ヤンキーというか、カタギではなさそうというか……そういう見た目のくせして、地団駄を踏む様は少し可愛らしい。
なんてニケは思いつつ、やっぱり無視した。
「ルーカス。見たことない?高い塔なの」
「おい!!俺様を無視すんな!!」
「覚えてないよ、外に出たことなかったし」
「ま、あのサイズじゃあねぇ……」
魔獣の時のルーカスは、洞窟の外に出れるサイズではない。
ニケはしみじみと呟く。
ちらりと紺色の瞳を向けると、茶色の髪をしたワイルドな男はニヤリと笑った。
「俺様の力が必要なようだな!!」
高笑いを響かせる男のことを、ニケはあっさりと無視する。
おい!とか叫んでいるがこっちの台詞だ。
ルーカスが呆れた様子で目を細めながら、小さく溜息を吐き出した。
「意地っ張り」
「だって魔王と私は敵対関係だし」
「俺様は魔王じゃない!!見ろ!どこからどう見ても魔王じゃないだろうが!」
と、魔王はいう。
スライムだった時に散々見せつけて来たヒトの姿をしているというのに、どうしてそうと堂々とできるのか。
ニケは逆に問いただしたくなる。
けれども、そうだーーー
「そこまでいうのならば魔王じゃないかもしれないわね。私の勘違いなのかも」
「そうだ!その通りだ。勘違いするとは馬鹿な聖女め!」
こいつ絶対にぶっ飛ばすからな。
ははは!と笑うニキータに対し、ニケは笑顔を向ける。
内心ではそう強く決意しながら。
「そうよね。だってそんな、高貴で崇高で最高な魔王様ともあろう人が、ただのヒトの姿になるわけがないわ」
「そ、その通りだ!」
ニケの意図が読めないらしく、魔王は少し動揺している。
ルーカスはルーカスでニケがどうして急に魔王に話しかけたのかわからない様子で、ニケにだけわかるように小さく首を傾げていた。
まぁ見てて。
完璧な作戦があるから!
ろくなことにならないとでも思っているのか、ルーカスは我関せずというように明後日を向いた。
「それにしてもね、えーっとニキータだっけ?ニキータは会ってないのでしょうけど、魔王って酷いものだったのよ」
「そうだろうな、なんせ魔王というのはこの世界で一番恐ろしい……」
「恐ろしいというか、間抜けすぎて」
「え?」
上機嫌だった魔王の動きが止まった。
ニキータと化している茶色の肌がひくり、と痙攣する。
スカイブルーの瞳が自分に注がれているのを重々感じつつ、ニケはわざとらしく馬鹿にするような声を出した。
「わざわざ私を探しに来たっていうのよ?ありえなくない?私と魔王は敵対関係だっていうのに」
あ、私、聖女なの。
今は色々あってただの魔女なんだけど。
ニケはそう付け足して笑う。
「へ、へー。そ、そうなのか。び、びっくり」
「そうでしょ。もーー間抜けっていうかむしろバカよね。倒されるかもしれないっていうのに会いたいなんて。寂しがり屋にもほどがあると思わない?」
あからさまに魔王は戸惑っているようだった。
さっきまで自分は魔王ではないといっていた手前、魔王はニケの発言に怒ることもできない。
「い、いやでも……寂しがり屋っていうか…………せ、聖女を倒しに来たのかもしれない!」
「じゃあさっさと闇討ちでもしたらいいじゃない」
「闇討ちなんてそんな正々堂々ではないことは……」
「魔王のくせになーーにが正々堂々なのよ。闇討ち、暗殺、裏切りなんて上等でしょ。倒せる者は倒しておかないと世界なんて征服できないのよ」
「発言だけ聞いていると誰よりも悪魔なのは君だけど?」
ルーカスの最もな発言は置いておいて。
ニケは溜め息と同時に吐き出した。
「魔王がこんなにおバカちゃんだなんて思ってもいなかったわ」
やれやれ。
ニケはわざとらしく呆れた表情でそう告げる。
それを聞いた瞬間、ニキータが半透明になりながら叫んだ。
「だ、誰がおバカちゃんだ!!黙って聞いていれば魔王に向かってなんてことを言うんだ、貴様!!それでも聖女か!!」
魔王の怒号に驚き、木にとまっていた小鳥が慌てふためきながら飛び立つ。
ニケは鬼の首を取ったかのように、魔王に向かって指差した。
「ほーーーらやっぱりアンタが魔王じゃない!」
「お前!はめたな!?それでも本当に聖女か!!」
「………………」
「さっき『魔王じゃない!』っていったからもう無視したって遅いですーーー!!やーいやーい!無視するっていいながら俺様と話したーーー!」
うるさいわね!
ニケは攻撃をしかけようとしたが、自分にはその手段がないことに気づく。
せめて攻撃っぽいことを、と思ったニケは、自分が知り得る魔法の中で一番攻撃っぽいと思われるヒールレーザーを放った。
キラキラと音がしたかと思うと、魔王がそれはもう見事に回復する。
「なんで今、俺様を回復したんだ!この聖女め!!俺様が火竜との対決で怪我したことを知ってのことか!そんなことしたら好きになっちゃうだろうが!!!」
「魔獣相手に魔王がなに怪我してんの!?」
はっ!として魔王は口を押さえる。
そりゃそうよね、魔獣相手に魔王が怪我したなんて知られたくなかったわよね。
どうしても何もかもをいっちゃう素直な性格なのだろう、とニケが同情を示していると魔王は自身の胸元を押さえた。
「これが…………恋なのか?」
ニケはふ、と笑う。
確かに彼はさっき「好きになっちゃうだろうが」と口走った、口走ってはいた。
だけどーーー……
「チョロすぎんのよ!!どれだけ今まで寂しい思いをしてたのよ!!こんな程度で!騙されてるんじゃないわ!!」
駄目だ、この魔王はこのままでは絶対に悪い女に騙される。
聖女が来てくれないと自分から探しに来たくらいだ。
ニケはがっくりと膝をつき、地面ごと手を握りしめた。
「こんな素直な子が、魔王のわけがないわ!!」
「そ、その通りだ!なんかよくわからないが、その通りだぞ聖女!!俺様は魔王ではない!!ただしお前を倒すのはこの俺様だけどな!!」
「その時は容赦しないわよ!魔王!いえ!ニキータ!」
「望むところだ!聖女!!いや、ニケ!」
「ええ〜〜〜……」
そしてどういう訳だが魔王が正式に聖女の仲間になり、ルーカスだけが展開についていけずに不満の声を漏らしたのだった。
年度始めでちょっとバタバタしています!
すみません……!
ブクマ、評価、閲覧ありがとうございます!
凄く嬉しいです(゜∀゜)!!