聖女は絶望を許さない ーAnother02ー
「ニケ・ヴィクトリアが行方不明?」
桃色の髪の少女が頭から落ちた翌日。
昼にはそのニュースは学内を駆け回っていた。
水の魔女の末端。
要塞学園の1番外側の塔に住む出来損ないの魔女。
要塞学園は学園という名目ながら、一番の目的は聖女の保護にある。
聖女というものは何故か魔獣を引き寄せる性質を持つ。
そしてほとんどの聖女は攻撃手段を持たない。
ただし聖女は回復魔法を使うことができるーーー
以上を踏まえてできたものが要塞学園。
聖女を中心に備え、攻撃魔法と一時的ながら魔獣をヒトに戻すことのできる魔女を外側に置く。
もしも傷を負ったとしても聖女が治してくれるので問題はない、ほとんどの場合は。
そうやって、魔女と『呪われた子』は聖女を守りながら古より続くノウハウを学んでレベルアップしていくのだ。
それ故に、その場所は学園と呼ばれる。
といったって、全員が同じ年齢というわけではない。
長きに渡り魔獣としてさ迷っていた者もいるし、逆にすぐに呪いを解かれた者だっているから。
魔女と『呪われた子』は強くなる、自らが聖女の武器となるため。
この国では何よりも大切である聖女を守るため。
いつかこの国から、悪女が蔓延らせた呪いを打ち消すため。
そのために聖女はそう、自らとて魔獣を呼び寄せる「エサ」となるのだ。
魔女も『呪われた子』をパートナーに選ぶ。
けれど魔女の力では完全に呪いを解くことはできない。
要塞学園の中に聖女がおれば、回復魔法をかけてもらえるだけではなく、呪いを完全に解くことができるので『呪われた子』とて便利である。
そして攻撃手段を持たない聖女は、より強い『呪われた子』をパートナーに選ぶ。
ほとんどの場合は自分が呪いを解いた者は、その者だけしかパートナーにすることはできないがーーー
完全に呪いを解かれていない『呪われた子』は、悪女の呪いによって新月になると魔獣に戻る。
理性を失い、本能のままに暴れる。
聖女が呪いを解くと、紋章は上書きされる。
聖女の紋章へと。
そして誰もがわかるのだ、本当の聖女が。
神に愛された聖女が自分を助けてくれた、と。
彼女だけが唯一無二で、彼女だけが悪女に打ち勝てて。
彼女だけがーーー
この世界を呪いから解放してくれる、と。
「どうせ逃げ出したのよ」
「魔女の風上にも置けないわ」
クスクスと魔女達が笑い合う声がする。
この国において、聖女の武器となることは最高の誉れ。
そのため、魔女としての素質がある者のことを『選ばれた子』と呼ぶくらいだ。
逃げ出すなんてそれこそ、この国では生きてはいけないくらい不名誉なことである。
一族揃って夜逃げしてもおかしくないほどだ。
「あの女、ほら……」
「田舎貴族の一人娘だっけ?」
「通りで垢抜けないと思っていたのよね」
魔女になることは名誉あることだ。
だから貴族達は魔女の素質がある者を血縁者から出したがり、魔女と結婚をしたがった。
結果として今や魔女のほとんどは貴族出身。
例え平民であったとしても、魔女の素質がある者は幼いうちに貴族の養子となる。
しかも魔女には火水風土という属性があって、それは強ければ強いほどに魔力が上がるらしい。
魔力の強さは、そのまま聖女様のお役に立てることができるということだ。
そのため貴族は同じ属性を持つ一族や血縁者同士で結婚を繰り返し、その結びつきはより一層強力なものとなっている。
(だから選民意識が強いのだろうな)
オスカー・エバンスはそっと思う。
口には出さなかったが、この雰囲気にはいつもうんざりさせられる。
貴族同士の集まりであるためか、昔から魔女達は顔見知りであることが多いらしい。
ただあの少女はーーー
ニケ・ヴィクトリアは貴族と言えども田舎の貴族であったため、学園内には顔見知りはいなかったようだ。
ヴィクトリアの家系には、ニケ以外に魔女が生まれたことはなかったらしい。
突然変異で魔女として素質がある少女が生まれてくることは珍しいことだが、だからといってないことではない。
けれどほとんどの場合において、突然変異の魔女は魔力が異常に強いことが多いのだ。
「あの子は突然変異なのに魔力がほとんどなくて……」
「攻撃魔法もほとんど使えなかったんでしょ?」
「あんなものが生まれたら家の恥よね」
「逃げ出したなんてどうやったのかしら」
「あの子、パートナーもいないのにね」
クスクス。
ヒソヒソ。
魔女達は笑う。
何も知らないから。
オスカーはほとんど確信していた。
あの少女は魔力が弱いわけではない。
突然変異で生まれた「魔女」ではない。
攻撃魔法ができないのも当然だと。
だって彼女はーーー
「聖女様があの子を虐めていたから……」
「きっと嫌気がさしたんだわ……」
「でも聖女様に逆らうと何をされるか……」
一方ではそんな声も聞こえてきた。
魔女としては「弱い」分類にある、いわゆる末端の魔女。
魔力が強いといわれる名門貴族とは違う魔女達の中には、ニケの状況に同情していた者もいたらしい。
注意深く聞いていて、オスカーは初めてそれを知った。
ただし、誰も助けはできなかった。
だって彼女をイジメていたのは、他でもない。
「聖女」ジョゼフィーヌ・マルだから。
「オスカー!浮かない顔をしてどうしたの?」
自室から降りてきた黒髪の聖女はにこやかに笑い、後ろから抱きついてくる。
首に回された腕をさりげなく外しながら、オスカーは振り返った。
「生徒の1人が行方不明のようだ」
ジョゼフィーヌの自室は、大食堂のある本館の真ん中に位置する。
この本館には聖女とそのパートナーの自室があるのだ、学園の真ん中に位置しているから。
オスカーの部屋は本館の最上階。
聖女の部屋が最上階でないのは、空を飛ぶ魔獣に襲われる心配があったからだという。
魔獣除けの魔法を厳重にかけているので、今やほとんど上空から襲われる心配はない。
それでも聖女の部屋が最上階でないのは、その当時の名残だ。
「あら、そうなの!」
ジョゼフィーヌはわざとらしく驚いた顔を浮かべる。
焦げ茶色の瞳は、驚くというよりはむしろ楽しそうで仕方ない様子で輝いていた。
ジョゼフィーヌはにっこりと美しく笑うーーー
その笑みが意地悪そうに見えたのは、オスカーが彼女を疑っているからだろうか。
「不敬罪で捕まっちゃうのね、可哀想……何とかしてあげたいけれど、騎士団に報告するのは義務だから」
「…………事実確認をしてからでも遅くないのでは?」
「ダメよ!私も可哀想って思うけど、そういうところをキチンとしとかないとけじめがつかないもの!」
ニヤニヤと「聖女」は笑う。
聖女を見捨てて逃げ出したのは罪だ。
けれど可哀想だというくらいならば、わざわざ騎士団に報告しなくてもいいのでは?
もちろんそれは義務ではあることは確かなので、オスカーはそれ以上は何も言えずに眉を寄せた。
「ジョゼフィーヌ様!私が既に報告しております!」
魔女のひとりが声を上げた。
一応この国には聖女を守るための騎士団がある。
魔獣の前ではほとんど機能しないが、学園や聖女の警護にあたることもある王直轄のエリート集団だ。
そこの騎士団の団長はオスカーの父でもある。
「まぁそうなの!皆さんのお友達だから辛いでしょうけれど、正しい判断ね」
私からも悪いことにはならないように騎士団の人にうまくいっとくわね、とジョゼフィーヌは付け足して微笑む。
それを見て魔女達が「聖女」を褒め称えた。
なんて優しいのかしら、と。
口先だけならば何とだって言える。
魔女だって、聖女様だって。
オスカーが多少呆れていると、王子ケリーが階段を降りてきた。
彼の部屋もオスカーと同じく、本館の最上階にある。
「どうかしたのか?オスカー」
「それで、誰が逃げ出したの?」
ケリーが問うたのと、ケリーにくっつきながらジョゼフィーヌが尋ねたのは同時だった。
オスカーはまとめて答えた。
「ニケ・ヴィクトリアが逃げ出した」
誰かがクスクスと笑う。
「聖女」ジョゼフィーヌがニケを疎ましく思っていたことは皆が知っている。
本人は巧妙に隠していると思っているようだが、そんなものは隠しきれない。
だから誰もが、ジョゼフィーヌは喜ぶと思っていた。
今から騎士団がやってきて森を捜索するだろう。
あの哀れな少女は見つかるのだ、どんな姿になっているかはわからないが。
「きっともう死んでるわ」
誰かがいった。
それはありえない、とオスカーは思う。
けれどもそれもありえるかもしれない、とも思う。
助けに行こうかと何度も思ったが行けなかった。
恐ろしかったから。
彼女が聖女だと自分だけが知っている。
もしも彼女が聖女ならば、そんなに簡単には死なないだろう。
けれどもしも死んでしまっていたらーーー
(それもそれでいい。だってこの世界は恐ろしいことをしているから)
そして自分も。
どんな顔をして会えばいい?
「聖女様?」
「ジョゼフィーヌ?」
魔女の声とケリーの声がした。
ふと見ると、ジョゼフィーヌの顔は真っ青になっている。
彼女はブツブツと何かをいいながら、落ち着きなさげに自分の長い髪の毛をくしゃくしゃにする。
「え?どういうこと?どうして?嘘だろ……」
ジョゼフィーヌが呟いていた。
その瞬間にオスカーは気づいたのだ。
この女はーーー……
この女は、ニケが聖女だと知っている。
「騎士団よりも早くニケを探して!見つけてここに連れてきて!死んでいても構わないわ!!」
ジョゼフィーヌの甲高い叫びが、大食堂に響いた。
第2章完結!
次は第3章です!
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