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転生してきた悪役令嬢に聖女の座を奪われてました!  作者: 戸次椿
第2章 聖女は絶望を許さない
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聖女は絶望を許さない ー06ー

「…………聖女、様」


 ルーカスの顔面は真っ白だった。

 透けるような肌の色だけが原因ではない。

 もはや血の気がないといっても過言ではなかった。

 なんせ彼の目の前には、伝説の中でしか見聞きしたことのない『聖女』がいるのだから。


 しかし次の瞬間、聖女(ニケ)はへらりと笑う。

 その美しい顔を崩して。

 人懐っこそうな笑顔は、随分と幼く見えた。


「といってもね!何だかんだあって実は今、私はただの魔女なの。だからあんまりかしこまらないで」

「え?」


 いや、え?

 ニケの言葉が信じられず、ルーカスは思わず聞き返した。

 聖女といえばこの国では王よりも尊敬され、王よりも求められ、王よりも優先される存在である。

 聖女と神を同一視する声すらもあるほどだ。

 実際に一部の地域では現在進行形で、聖女を生き神だと位置付けて信仰しているところもあるのは有名な話だ。


 それなのに。

 そんな聖女様が。

 今はただの魔女?


「どういうこと?」


 ルーカスが不審がるのも当然である。

 ニケはわかっているわ、といいたげに頷く。

 多分魔王もあの様子では、ニケが今はただの魔女だなんて知らないのだろう。


「ほら、いったじゃない。イジメられているって」

「それを苦に自殺を試みた、でしょ?それと何の関係があるの?」

「そう。そのイジメの主犯が聖女を名乗っているの」


 さらり。

 桃色の髪の美しい少女はあっさりといってのける。

 どう考えたってあっさりとはいっていけないことを。


 ルーカスは驚きすぎて声も出なかったらしい、まるで鯉みたいに口をパクパクと開閉した。

 ニケはその様子を眺めながら、そっとルーカスの口の中に指を突っ込む。

 思い切り叩き落とされたので、もしや聖女とはそんなに大した存在ではないのではないかと自身の存在を疑うこととなった。


「二度としないで。不愉快」

「すみません」


 しかも追加して結構本気で怒られた。

 どう考えても自分が悪いので、ニケは素直に頭を下げる。


「ありえない」

「ごめんなさい」

「そっちじゃない。聖女を騙ってるってこと」


 ああ、そっちね。

 よかったよかった、とニケが笑うとルーカスの金の瞳がぎらりと光った。

 許してはないよ、といいたげに。

 軽い好奇心でやってはいけないこともある。

 ニケは深く心に刻み込む。


「ありえない、本当に。だってただの魔女ってことでしょ?ただの魔女なのに聖女様だってみんな信じてるから、だからみんなはただの魔女をチヤホヤしてそして…………」


 ルーカスはニケを見た。

 自分の呪いを解いた美しい少女。

 桃色の髪に紺色の瞳をした、作り物みたいな少女。



「そして……本物の聖女様を虐げた」



 血の気の引いた顔のまま、ルーカスは視線を揺れ動かす。

 何か思い悩んでいるようなのでニケが放っておくと、ルーカスはひとつ大きく深呼吸をした。

 考えがまとまったらしい。


「僕は仕方ないと思う」

「何が、かしら?」


 仕方ない、とは?

 ニケがイジメられたことが?

 ジョゼフィーヌが聖女を騙ったことが?


「この国を君が破壊したとしても、神はきっとお許しになる。当然の報いだと思うはずだ」

「ちょ、ちょっと」


 なに?世界を破壊する?

 誰が?聖女(わたし)が?


「国民も真実を知ると仕方ないと思うはずだ」

「ちょっと待って?」

「僕には僕を待つ家族もいない。だから聖女様の武器となって、この国を破壊する手伝いができることはむしろ誉だと……」

「破壊しないから」


 恐ろしいことを言いだしましたよ、この人。

 何を考えているのかと思えば、ニケが国を破壊するとかしないとか。

 きっぱりとニケが否定をすると、逆にルーカスは驚いた様子で目を丸くした。


「破壊、しないの?」

「しないわよ」

「何で?世界征服するっていってたのに」

「世界征服はするわ。でも破壊はしない」


 ルーカスの形の良い眉が寄せられる。

 眉間にシワを作りながら、彼はニケを見た。


「私がいう世界征服とは、私の名と顔が世界中に知れ渡ること。私が死んだ時にたくさんの人が私のために嘆き、私のために喪に服してくれる人がいること。私の名が歴史に刻まれること。私の顔が覚えられること。私がこの世界になくてはならない存在になること!それが私にとっての世界征服!」


 ビシッ!

 ニケは立ち上がると、洞窟の中では見えない空を指差しながらキリリとした顔で言い切る。

 ルーカスはまた視線をさ迷わせたが、今度はうまく考えがまとまらなかったらしい。


「……つまりそれは、聖女様のことじゃない?」

「まぁ大体近いわね!だから私は世界中に知らしめるの!私が聖女だってね!世界を破壊するわけにはいかないわ!」


 それに、とニケは付け足す。


「ジョゼフィーヌをギャフンといわせてやるのよ!」


 誰に喧嘩を売ったか思い知らせてやるわ!

 ニケは力強く拳を作る。

 聖女だとか魔女とか関係ない。

 よりにもよって(ニケ)に喧嘩を売ったことを後悔するがいいわ!


「……聖女様としては復讐しないの?」

「使えるものは全部使うつもりよ!だからそれもひとつの策よね!」

「世界は破壊しないの?」

「それはやりすぎだと思うわ」

「やりすぎ、なんてことはないでしょ。君は聖女だ。何よりも敬愛される存在、それなのに君は…………自殺するまで追い込まれて、今だってこうして………………」


 青ざめたルーカスの声がどんどん小さくなる。

 ニケが顔を覗き込むと、ルーカスはハッと我に返ったようだった。

 ルーカスは薄く笑いながら自分を指差す。



「僕のような奴をパートナーにすることになった」



 その笑みは自虐めいたものだった。

 この国の人間である限り、聖女という存在の大きさをよく知っている。

 だからこそ、ルーカスは自分があまりにも聖女に相応しくないと思った。


 だってこんなに醜くて。

 彼女はこんなにも美しくて。

 聖女を守れるほどに強くない。

 彼女は1人で魔王の前に立つほどに強いのに。


 魔王(スライム)に溶かされた服を見遣り、ルーカスは眉を寄せる。

 もっと強ければよかったのに。

 そうすればこんなことで悩まないだろうし、彼女を守ることだってできたはずなのに。


「何で?最高じゃない」


 さらりとニケはいってのけた。

 もう本当にさらりと。

 ルーカスが目を丸くしていることにも気付かずに。


「可愛いよりカッコいい方がいいわ!それにあなたは私を守ろうとしてくれたでしょ」


 ニケを後ろにやって、スライムに剣を向けた。

 どう見てもやばそうな相手なのに。

 ニケを置いて逃げることだってできたはずなのに。


「いったでしょ。私が世界征服をした暁には、ルーカスに世界の半分をあげるって」


 白い歯を見せてニケは笑う。

 多分その笑顔は聖女らしくない。

 けれども今はただの魔女なのだからいいじゃないか。


 ニケは手を差し出した。

 ルーカスが驚いた顔をし、ニケと差し出された手を交互に見つめる。

 彼は視線をさ迷わせた、思考をまとめるかのように。


「誰もいない場所がいい」


 ルーカスの白い手が伸び、ニケの手を握った。

 彼の身体を引っ張り、ニケは立ち上がらせる。


「いいわよ。ただし私は遊びに行くから」

「来なくていいよ。静かに暮らしたいから」

「私がいるとうるさいとでもいいたげね!」


 聖女様だぞ!

 ルーカスはニケのその発言を完全に無視する。

 え?なに?今は魔女だから?そういうことなの?


「泣いてないわ、大丈夫よ……心を強く持つから」


 飛びついてきた精霊達が、ニケを慰めるように頭を撫でてくれる。

 泣きそうにはなっていなかったが、精霊達から見るによっぽどひどい顔をしていたのだろうか。

 ありがとうね、とお礼を述べているとルーカスが「この人やばいな」という顔で見ていた。


「違うわ!やばくないから!精霊達がいるのよ」

「……ま、そういうことにしておくってことで」

「本当だから!!」


 適当に片付けないで!

 精霊達が火の玉になったりして魔王に突進していたところを見ていたくせに!

 ニケを華麗にスルーして、ルーカスはスタスタと出口に向かって歩いていく。


「あ、待って。さっき出口に火竜(サラマンダー)がいて……」

「火竜?」


 ルーカスが振り返る。

 光を遮るように影が飛び込んでくるのが見えた。

 何かがいる!

 ニケは思わずルーカスの腕を掴む。



「火竜とはこれのことかな?」



 ニヤリと笑う男が、火竜の首を掴んでいた。

 まるで狩ったウサギでも持っているかのようだ、彼は高笑いを響かせながら火竜の首を握り締める。

 茶色の髪に茶色の肌。

 スカイブルーの瞳が闇の中でも輝いている。

 大柄でハンサムな男性が、こちらを見ているーーー


「魔王じゃん」


 ルーカスがさらりといった。

 ニケは明後日の方を向く。


「魔王ではない!俺様はニキータ・マーティン!聖女に呪いを解いてもらった元魔獣だ!」

「魔王じゃん」

「魔王じゃない!俺様は魔王じゃないから!!さっきから無視するな!蜘蛛ごときが俺様に馴れ馴れしい口をきくな!!」


 ご丁寧に魔王の首元にはニケの紋章まで入っている。

 何でルーカスの首元の服が溶けていたのかニケにはようやくわかった、魔王はニケの紋章がどんなものか確認していたのだ。

 紋章が付いているとそれはニケが呪いを解いたことになる。


 確かに彼の見た目はヒトと変わらない。

 けれどーーー……巨大蜘蛛とスライムがパートナー……

 しかも片方は魔王か……

 もしやこれは自分が退治される側になるのではないか、ニケはそっと思ったのだった。


「魔王じゃん」

「魔王ではない!!!聖女!無視するな!!!」


2章完結です!

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