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転生してきた悪役令嬢に聖女の座を奪われてました!  作者: 戸次椿
第2章 聖女は絶望を許さない
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聖女は絶望を許さない ー05ー

「…………そんなまさか」


 ピタリ。

 魔王の動きが止まる。

 スライムに戻りつつあった身体がヒトの姿のまま固まり、わざとらしく明後日を向く。


「……呪いを解けないんでしょう」

「魔王である俺様が解けないなんてそんなまさか」

「あなたを倒す以外の別のやり方があるんじゃないの」

「お師匠様の遺した鏡が呪いの源だなんてそんなまさか」

「なるほど、鏡なのね」


 魔王が「しまった!」というように目を見開く。

 この人は本当に嘘が下手だし、びっくりするほどに隠すことが下手すぎる。

 聖女がやって来ないと待ち続けていた時、もしかしてひとりだったのではないだろうか。

 長い年月をひとりでい続けた結果、こんな感じになってしまったのでは……?


 何だかこのまま魔王から離れてはいけない気がする。

 妙な保護者意識に苛まれ、ニケは握り続けている魔王の手をよしよしと撫でた。

 何だろう、この気持ち。

 見た目は怖いのに、中身はちょっとおバカさんで可愛らしい犬を拾った時のような……


「いいわ……私がその鏡をぶち壊してあげるわ」

「なっ何を馬鹿げたことを言っているんだ!」

「あなたを自由にして私のペットにするわ!」

「俺様は魔王だぞ!!」


 ルーカスが何だか呆れたような表情でこちらを見ているが、ひとまず気付かなかったふりをしよう。

 だって仕方ないでしょう!?

 こんなに馬鹿可愛くて孤独なスライムを放ってはおけない!


「あなた、今は飼い主がいないんでしょ!私が拾うわ!」

「俺様を捨てスライムみたいに言うな!!それに俺様は、今でもお師匠様の忠実な弟子だ!!恐ろしい魔王様なんだぞ!!!」


 魔王がぐぐぐ、と身体を大きく膨れ上がらせる。

 通路いっぱいに広がり、ニケを見下ろしながら魔王は吠えるように叫ぶ。


「いいわ。じゃあもうあなたと私は敵同士ね」

「初めから敵同士だ!!俺様が聖女と馴れ合うなんて……」

「もう口も聞かないし、触らせないわ」

「えっ?」


 握りしめていた魔王の手を叩き、ニケは再びぷいっと顔を背ける。

 スライムの前からルーカスの元に行き、ニケは自分のパートナーの救出に専念することにした。

 魔王は「え?」と独り言のように呟いている。


「え?で、でも……ほら、魔王と聖女であっても、戦う際には口を聞いたり……」

「ルーカス、大丈夫?痛くない?」

「何かいい感じの台詞をいってこう、怒りに燃えたり絶望の淵に叩き落としたり……」

「一緒に力をかけてみましょ。3でいくわよ。いーち、にーーの、さん!ダメね……」

「話を聞け!!!」


 ちらり、とニケは魔王を見てから無視する。

 もしも魔王に足があったなら地団駄のひとつでも踏んでいそうだ、しかしニケは完全に無視した。

 そうしていると「ふふふふ」と、地を這うような魔王の笑い声が響いてくる。


「俺様を無視するとは良い度胸だな、聖女よ……!その度胸だけは買ってやろう!」

「ルーカス。今度は逆に押してみましょう」

「話を聞け!!!!クソ!!!絶対に!絶対に許さんからな!!!」


 ルーカスの腕が抜け、力を込めていた2人は前に倒れる。

 半身だけヒトの姿のままの魔王はニケを指差した。

 ハンサムな顔が泣きそうになっているように見えるのは気のせいだろうか。


「俺様を怒らせたことをいつか後悔することになるからな!!!」

「ルーカス、腕が抜けてよかったわねぇ。怪我してないかしら?」

「話を聞け!!!バーーカ!!バーカ!バーーーカ!バーーーカ!!!!」


 最後に再び「後悔させてやるからな!」と叫び、魔王はスライムに戻ると洞窟から飛び出していった。

 最後の方は子どもの罵倒のようだったな……

 ニケはしみじみとそう思いながら、ルーカスの腕に怪我がないか視線を向ける。


「……君って、案外いい性格してるんだね」

「子どもの扱いには多少慣れているのよ」


 何故かルーカスは、ちょっと引いているようだった。

 戦いとは常に正しいばかりではないのよ。

 そう適当なことを思うことにして、ニケは開き直る。


 そんなことよりルーカスだ。

 ルーカスの腕には傷がなかったが、服はスライムに取り込まれていた部分だけが綺麗に溶けてなくなっている。

 溶かそうと思えば腕まで溶かすことができたはずなのに、やっぱり良い人ね、とニケは薄く笑う。


 そういえば服で隠れているせいですっかり忘れていたが、ルーカスには魔王と会う前に巨大蜘蛛になって暴れ、自分で自分に負わせた傷があるはず。

 無理やりもう一方の袖をまくしあげると、そこにはやっぱり傷があった。

 岩場に擦りつけて負ったせいだろう、その傷は思わず顔を歪ませてしまうくらい痛々しい。

 ニケはルーカスの腕に手をかざした。


「ヒトにやるのは初めてなんだけど」

「なんなの、やめて」

「失敗しても許してね」

「ほんとにやめて」


 止めようとするルーカスを無視して、ニケは目を閉じる。

 頭の中で想像した。

 魔力なんてものはまだよくわからないが、自分の何かをルーカスに渡すイメージ。

 ルーカスの傷が癒えるイメージをーーー


「ヒール」


 最初はふわふわとした想像だった、形にすらなっていないほどの。

 けれどすぐに形になってきて、次第にはっきりとそれが見えた。

 ルーカスの傷が治り、跡すらも残らないというはっきりとした未来が。

 それが見えた瞬間、ニケは囁く。

 囁くと同時に、温かい何かが自分の身体から出て行く気配を確かに感じた。


「傷が……」


 ルーカスの声は震えているように聞こえた。

 それは恐怖からか、感嘆からか。

 ニケにはわからない。


 ゆっくりと目を開く。

 ルーカスの真っ白い肌には痛ましい傷はもうなかった、跡すらも何もない。

 ニケが頭の中で想像したように。


「回復魔法……?本当に?」


 呆然とした様子で問うルーカスの言葉に、ニケは一瞬だけ返事をするかしないかで悩んだ。

 回復魔法を使うことができるのは聖女だけ。

 それはこの世界の人間ならば皆が知っていることだ。


 その問いに頷くともう誤魔化せない。

 今まで散々、魔王に「聖女」と呼ばれてきたので今さらのような気もするが……

 それでもその問いに頷いてしまうことは、また何かが違う気がした。


 ルーカスの金色の瞳がこちらを見ている。

 もう戻れなくなる。

 全てを肯定してしまうーーー



あの『聖女』は偽物だ、と。



 そして二度と戻れなくなる。

 ただのニケ・ヴィクトリアには。

 偽物の聖女と本物の聖女。

 どちらかが嘘を吐いていて、それは許されることではない。


(私は本物の聖女だけれど、誰がそれを認めてくれるの?私は本当に聖女になれるのかしら)


 ニケこそが聖女だ、それは間違いない。

 けれどこの世界が望むのは本当の聖女なのだろうか。

 世界が正しいだけではないことをニケはよく知っていて、偽物が本物だと呼ばれることだってある。


 だから怖いのだ。

 偽物の聖女のままでいいとなったとき、ニケは今よりももっと腹が立つし、そしてもっともっと絶望するだろう。

 ニケだけではない。

 今ここでニケを聖女だとルーカスが知ったならば、彼も一緒に絶望してしまうのだ。

 苦しい思いに付き合わせてしまう。

 ああ、けれどーーー……


(けど…………そうよね)


 ルーカスの金の瞳は輝いている。

 スライムは一瞬だけ、ルーカスの首元にも手を伸ばしたようだ。

 首元を隠していた服の一部が溶け、ルーカスの白い首筋が露出していた。

 そこに記されているのはニケの紋章。

 ニケのイニシャルと鐘と、そして青い薔薇。


 彼は私がヒトに戻した。

 彼の呪いは聖女(わたし)が解いた。

 それは絶対に変わらないし、変えられない。

 ルーカス・ウィリアムの人生には既に聖女(わたし)が介入した。


「私はニケ・ヴィクトリア」


 絶望するのが怖いならば、絶望しなければいい。

 死ぬのが嫌ならば、生きたいと喚くのだ。

 絶望を許すな。

 希望の元まで歩き続ければいい。

 負けたくないならば挑み続けるしかない。

 あちらが絶望するまで、望みを捨てるまで。

 こちらが勝つまで。

 それまでいくら負けたって構わない、最後に勝つならば。



「聖女よ」



 青い薔薇の花言葉は『神の祝福』。

 聖女は確かにこの世界に降り立った。


文字数多すぎますか?不安。

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