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転生してきた悪役令嬢に聖女の座を奪われてました!  作者: 戸次椿
第2章 聖女は絶望を許さない
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聖女は絶望を許さない ー03ー

「……ルーカス、何かいった?」


 違うとわかってる。

 それでもニケは自分の後ろを歩くルーカスに問う。

 頭の中に響いて来た声は、ルーカスの声ではない。


「何も」

「そうよね」


 わかってるわ、それなら……

 この声は誰の声?

 何処にいる?


『会いタカッた、会イたかッタ』


 何かがおかしい。

 1匹も蜘蛛がいないことも。

 そして明確な意思を持って、声が響くことも。

 魔獣は本能のままに生きてる、だから意思のある声が聞こえてくるなんておかしいのだ。

 それなのに、どうして?

 もしかしてこれは、魔獣の声じゃない?


「ルーカス、蜘蛛になるにはどれくらいの大きさが必要?」

「少なくともここじゃ無理。狭すぎる。でも、何で?」

「声がするの」


 精霊達が視界の端で怯えている。

 次々に精霊達はニケにくっついてきて、ローブのフードや服の中に飛び込んできた。

 頭の中の声には明確な意思だけではなく、恐ろしいほどの悪意が込められているような気がする。


(これ、絶対にまずいやつよね)


 ともかく、急いでこの洞窟から出ないと。

 ニケはルーカスの手首を掴むと通路を進んだ。

 ルーカスが後ろで「何?何なの?」とか尋ねてくるが、それに答えているヒマはない。

 ここにいては危険だ、ということしかわからない。


『待ッテたんダ、君ヲ』


 何とか身体を曲げずに歩ける場所まで、ニケとルーカスは出てくることができた。

 まだ随分と先だが、小さく光も見える。

 ルーカスを振り返ると、彼は少しだけ眩しそうに眉を寄せていた。

 外に出たらルーカスが蜘蛛に成れるから、戦うことだってできるはず。

 頭の中の声と悪意は恐ろしく、戦っても勝てる気なんてしなかったけれど。


「ルーカス、急いで……」

「ねぇ。この洞窟には水なんてあった?」

「え?」


 ルーカスが示す先に視線をやると、そこには小さな水溜りがあった。

 洞窟の先の光を浴び、キラキラと輝いている。


「水溜りなんて……なかったわ」

「だよね」


 記憶が正しければ雨も降っていなかった。

 ルーカスの美しい顔が歪み、唇を噛む。

 ニケの手を振り払ったと思うと、ルーカスはニケを後ろにやった。


「後ろにいて」

「ルーカス……」

「君が前にいたって何もできないでしょ」


 それはルーカスとて同じだと思うけれど。

 それでもルーカスは自分が前に出ると、腰に下げていた細くて長い剣を取り出した。

 剣に光が反射し、キラキラと輝く。

 その水溜りと同じように。


「魔獣なんでしょ。かかってきなよ」


 ルーカスはそういうと、足元にあった小石を水溜りに向かって蹴った。

 水溜りに小石が落ち、跳ね返る。

 一瞬だけの静寂、そしてーーー

 ぐわ、と水溜りが急に持ち上がった。


「スライムか!」


 大きな水の壁ができあがる。

 キラキラと輝くスライムは身体を捻るように伸ばし、ルーカスの剣に巻きついた。

 反応できなかったルーカスは剣を奪われてはならない、と必死に抵抗する。



『ズット待っテいタんダ、聖女!』



 水の壁から声がした。

 見えないはずの眼に見つめられている気がする。

 ニケは呆然とその「スライム」を見返す、何処かであった気がして。

 ああ、そうだーーー

 あの小川だ。月の灯りを受けて、キラキラと輝いていたあの小川。

 その時確かに、この気配を感じていた。

 まだ記憶が戻ったばかりでわからなかったけれど。


『ズッと、ズット、ズットズットズットズットズット待ッテたんだ!俺ハ、オレハ待ッテいた!』


 スライムの身体が膨張する。

 怒りか、それとも別の何かか。

 剣がスライムの身体に飲み込まれていき、ルーカスは思わずそれを手放した、が、遅い。

 膨張した身体にルーカスは片腕を飲み込まれ、引きずりこまれる。


「ルーカス!」

「逃げろ!」


 ルーカスが叫ぶ。

 逃げろ、って言ったって。

 スライムがこちらを見ている。

 まるで見定めるように。


 後退したって、後ろは行き止まり。

 ルーカスがいなければ森を抜けることもできない。

 そもそも……


「ルーカスを置いて行けるわけないでしょ!」


 ニケは石を掴むと、スライムに向かって思いっきりぶん投げた。

 こう見えて学生時代はソフトボール投げで好成績をおさめたのだ、腕の力には自信がある。

 スライムは投げた石を飲み込み、あっという間に吸収してしまう。

 それでもニケは石を投げ、投げるものがなくなれば精霊を掴んだ。


「投げるわよ!燃えて!」


 精霊にそう頼むと、慌てる精霊を思い切りスライムにぶん投げる。

 精霊の全身が燃え上がり、火の玉となってスライムにあたる。

 スライムが少し焦った、ような気配がした。


「よし!効いてるわ!全員!突撃して!」


 実際焦っているのかは定かではないが。

 ニケは自分にくっついている精霊達にそう指示する。

 ニケの指示を聞いてやる気が満ちたらしい精霊達が、思い思いの姿に変えながらスライムに突撃していく。

 その間に、ニケはルーカスの元に滑り込んだ。


「なに?何で、何もないところから、火が?」

「いいから!引っ張るわよ!」

「無駄に決まってるでしょ!早く逃げてよ!」

「嫌よ!絶対に助けるんだから!」


 引っ張ってもルーカスはビクともしない。

 それどころか、徐々に取り込まれているような気さえする。

 精霊達は炎の玉になったり、水の玉になったりして突進を繰り返してくれていた。

 スライムは精霊達を飲み込むつもりはないらしく、防御一辺倒となっている。


(精霊達を飲み込むつもりはない?)


 どうして?

 というかよく考えてみれば、小川の時にニケを見かけたのならばさっさと攻撃すればよかったのに。

 そんなことはしなかった。

 別にニケとルーカスを飲み込めば済むことなのに、飲み込もうともしていない。


「何か意図があるんだわ……」

「ちょっと、逃げろっていってるだろ!」


 ふらりとニケがスライムの方に行こうとしたので、ルーカスが思わず叫ぶ。

 ニケは「大丈夫」というようにルーカスに頷き、両手を広げた。


「みんな、戻ってきて」


 精霊達が首を傾げたが、すぐにニケの指示に従う。

 ニケのフードや服の中や腕にしがみつき、精霊達は臨戦態勢でスライムを睨みつけた。

 ニケはそんな精霊達を落ち着かせつつ、自分からスライムの視線上に入るように真っ直ぐに立つ。


「私に何か用があるのよね、スライムさん」

『ソノ通りダ、聖女』


 悪意が注ぎ込まれる。

 スライムがこちらを見ているのがわかる。

 怖くない、と言ったら嘘になる。

 それでもニケは背筋を伸ばして、しっかりと立った。


『逃ゲナいなんて、ナント愚カナ聖女よ』


 スライムの身体が伸びてきて、ニケに触れようとする。

 ニケはただ、じっとスライムを見つめた。


「ご主人、逃げて!」


 え、待って。

 ルーカスは私を『ご主人』って呼んでたの!?

 そういえば名乗ったことなかったっけ!?


 ニケは思わずにやりと笑ってしまう、可愛くて。

 懐かれていないと思っていたが、案外可愛い呼び方をしてくれてるじゃないか。

 スライムが笑った気がした。


『アア、美シイ聖女。会いタカッた……』


 スライムの身体の一部がヒトの手になった。

 その手でスライムは愛しげにニケの髪に触れる。

 まるで壊れ物でも触るかのように、ゆっくりと。

 本当に愛しげに、そっと。


『会いタカッた、会いタカッタ会イタカッタ。ヤット、ヤットやっとヤットヤットヤット会エタ』


 悪意に満ちているのは変わらない。

 けれど自分に会いたかったというのは本心なのだろう。

 ニケはそっと目を閉じ、顔を上げる。

 ひんやりとしたスライムの手が、ニケの頬に恐る恐る触れた。


『アア、アタタカイ』


 この人は本当に、聖女(わたし)に会いたかったのだ。

 待っていたのだ、多分。

 恐ろしいくらいに長い年月をーーー

 この人が誰なのかわかった気がして、ニケはそっと囁いた。


「あなたが魔王、なの?」


 ルーカスが、息を飲んだ気配がした。



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