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転生してきた悪役令嬢に聖女の座を奪われてました!  作者: 戸次椿
第2章 聖女は絶望を許さない
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聖女は絶望を許さない ー02ー

『僕ハ、醜イ醜イ醜イ……』


 頭の中に飛び込んでくる声と、ぐちゃぐちゃな感情。

 悲しくて苦しくて、ニケは胸が締め付けられる気がした。


『戻りたクなかっタノニ!ドウシテ……僕ハ、たくさん、悪いコトヲした』


 魔獣になるとヒトに戻るまで理性がなくなる。

 魔獣の本能のままに行動してしまうから、どれだけ強く優秀なヒトであっても街を破壊してしまったりするのだ。

 そして例えば、魔獣となった我が子を止めようとした家族や友人を殺してしまったり、食べてしまったりとかも……


 王家や有力な貴族は親族が魔獣になった時に備え、魔女を雇っている。

 魔獣になってしまった瞬間、一時的とはいえ魔女に呪いを解いてもらうために。

 けれど本能のままに暴れる魔獣に魔女が殺されてしまったりすることもよくあるし、そう上手くいくばかりでもない。


 そしてそこで失敗してしまったら……

 魔獣は森に逃げ込んでしまう。

 本能的にそこが安心だとわかっているから。

 森に逃げ込み、魔王の元に走る魔獣もいる。

 砂漠の中に身を潜める魔獣もいる。


 つまり、何年も何十年も魔獣として生きていくことになる者だっているってことだーーー

 ヒトに戻れず、魔獣として死んでしまう者も。

 魔獣として退治されてしまう者も。


 長年魔獣をやっているヒトの呪いが解かれた時、彼らは絶望してしまう。

 魔獣の自分は何をやってしまったのか、と。

 魔獣として暴れていた魔獣であればあるほどに、自分が嫌になる。絶望する。


(ルーカスもきっと、本能のままに暴れたのね)


 けれどそれは、ルーカスが悪いわけではない。

 これはそういう呪いなのだ。

 魔女がかけた、ヒトを絶望に追い込むための呪い。

 『呪われた子』になるまでの魔獣の間の出来事と新月の間は概ね不問である、と国が認めている。


「けれど、そんなことじゃないわよね」


 簡単には割り切れない。

 自分が犯してきたことがなかったことになったとしても。

 だって人間なのだから。


 ルーカスの感情がぐちゃぐちゃになって溢れる。

 彼は自分を溺愛していた母親を殺した。

 父親も、家族も。自分の城も。

 彼は森に逃げ込んで洞窟に隠れ、その中で大きくなってしまって出れなくなった。


 きっと彼はそのままでよかったのだ。

 魔獣のまま、洞窟に永遠に幽閉されて。

 それならばヒトを殺すことも、自分が醜い魔獣になったことすらも、そして自分が家族を殺したことも気づかないまま生きていけたから。


(けど、私が彼をヒトに戻したんだわ)


 この森を抜けるためには力が必要だったから。

 ううん、いつか彼はヒトに戻っていただろう。

 言い伝えによれば、魔王は全ての男子から呪いを完全に解く術を知っているということだから。


(私は世界征服するんだから、いつか彼だってヒトに戻っていたの。たった独りで。けれど今は私がいる、だから)


 魔獣の叫び声をあげ、巨大な蜘蛛になったルーカスは大きな身で暴れる。

 岩の壁に激突し、自分で自分の身体を傷つけているようだ。

 蜘蛛の糸に巻かれて上にあげられたのは、ニケを巻き込まないようにするためか。


(優しいのね、だから余計に……苦しいんだ)


 この苦しみは誰かが緩和できるものじゃない。

 いなくなった人は戻ってこないし、やってしまったことは取り戻せない。

 けれどーーー


 ニケは手を伸ばし、蜘蛛と化したルーカスの脚に触れた。

 生理的嫌悪はどうしたってあるが、そんなもの慣れてしまった。

 もともと、虫は平気なタイプなので怖いとかはない。

 ルーカスの考えが自分に飛び込んでくるのだから、自分の考えだってルーカスに飛び込んでくるはずだ。

 その考えは正しかったようで、ルーカスの動きが止まった。


「大丈夫よ、ルーカス。私はあなたよりももっと、もっと醜いものを知ってるの」


 ルーカスの金の瞳が揺れる。

 それはなんだ、と聞いているように。

 ニケは思わず微笑んだ。



「嫉妬に支配された人の顔よ」



 ルーカスの金の瞳が見開かれる。

 何故だか一瞬、ニケの頭の中に飛び込んできたのは黒い髪に真っ白な肌の女性の顔だった。

 ニケには見覚えがないから、きっとそれはルーカスの記憶なのだろう。


 蜘蛛の糸を残したまま、ルーカスの身体が光に満ちる。

 身体が小さくなっていき、8つの脚も引っ込んだ。

 ヒトの姿に戻った彼は変わらぬ金の瞳で、ニケを見つめた。


「確かにそれは醜いね」

「そうでしょう」

「僕を怖くないの、僕は君を傷つけるかもしれない」

「怖くないわ。あなたは優しいもの」


 ルーカスは口を閉ざし、何か考えるように少しだけ瞳を揺らした。

 魔獣ではない彼の考えや感情を、今のニケには読み取れない。

 けれど1つだけわかることがある、それは……


「とりあえず、この糸を取ってくれるかしら」


 まだ糸にグルグル巻きにされたままなので、どうすることもできないってことだ。

 ルーカスはぼんやりとニケを見る。

 そして確かに薄く笑った、ほんの僅かに。


「似合うよ」

「これが似合ってて何か良いことあるかしら!?」


 もしも今後、捕まった時に自信を持つわね、縄にグルグル巻きになってる私、似合ってるって!

 ニケが続けると、ルーカスが鼻で笑った。

 え?なに?失礼すぎない?

 聖女よ?ん?わかってる?いや知らないか。

 しぶしぶといった様子でルーカスが糸を外してくれたので、ニケはようやく息を吐き出した。


(あ、そうだわ。今のうちに……)


 こっそりとルーカスのステータスを見る。

 そこに現れた文字列に、ニケは頷かざるを得なかった。

 ま、わかってましたよ。



ルーカス・ウィリアム

蜘蛛の魔獣:SSS★

闇属性



 SSS(トリプルエス)で星ね、わかってましたよ。

 こんなに強いのに今まで見たことなかったもんね、そりゃあまぁ見たことないわよね。

 主人公のランクがSS以上じゃないと出てこないキャラクターだもんね、これは。

 それにしても闇属性か、大丈夫かしら。

 いや、気にしている場合ではないけれど。


「ともかくルーカス。これからよろしくね」


 糸を解いてもらったニケは、ルーカスに手を差し出した。

 ちらり、とルーカスはニケを見る。


「私が世界征服をしたあかつきには、あなたには世界の半分をあげるわ」

「……それ、悪い人がよくいう台詞」


 大丈夫なのだろうか、この人。

 ちょっとした冗談のつもりだったのに、ルーカスに警戒されてしまったのでニケはにこりと笑い、彼の手をとって強引に握手させた。

 これで私達、友達ね!

 そういわんばかりにぶんぶんと握った手を上下にやる。

 心配そうにしていた精霊達がその手の上でジャンプしていたりするが、ルーカスには見えていないらしい。


「ということで、洞窟の外に出ましょう!」

「……え?その格好で?」


 ルーカスにいわれ、ニケは自分の格好を見た。

 確かに白のワンピースはボロボロだ。

 火竜(サラマンダー)に追われた時に焦げたらしいし、森や洞窟の中でひっかけたりして穴が開いている。


「確かに少しセクシーすぎるわね」

「セクシーの意味わかってる?」

「けれど今、手持ちの服がないからこのままでいいわ。減るものでもないしね、身体なんて」


 生きることの方が大事!

 別に身体を見られても気にしてる場合じゃない!

 ニケが力強くいうと、ルーカスが大きな溜め息を吐き出した。

 ルーカスは自分のローブを脱ぎ、差し出してくれる。


「これでも着てたら?」

「え、ありがとう、ルーカス……そんなに私のセクシーさにドキドキしちゃうのね」

「僕にだって好みがあるから」


 あれれ?失礼じゃない?

 まぁいいか、ここで「ドキドキします!」なんていわれたら余計にぐちゃぐちゃになるし。

 真底面倒臭そうな顔でさらりと「好みじゃない」発言をされたが、それはスルーして。

 ニケはルーカスが羽織っていた黒のローブを着込む。

 身長差があるおかげで、ルーカスのローブは黒のワンピースのようになった。


「これで安心ね!ドキドキさせちゃって悪かったわ!」

「してないから。したこともないから。しないから」

「さ!早速向かいましょう!」


 何処に?

 ルーカスの疑問が後ろから響く。

 ニケはここにやってくる時に通った、狭い通路の方に足を踏み入れた。

 身体を折り曲げないといけないほどに狭い。


 その時にニケは気付くべきだったのだ、異変に。

 あれだけたくさんいたはずの蜘蛛が1匹もいなくなっているということに。



『アア、会いタカった』



 ふと、誰かの声がした。


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