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転生してきた悪役令嬢に聖女の座を奪われてました!  作者: 戸次椿
第1章 聖女は死を選んだ
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聖女は死を選んだ ー01ー

ーーー親愛なる神様へ。この世界は狂っております。



 桃色の髪が月夜に揺れる。

 白い肌を涙で濡らしながら、少女は文を綴る。

 宛先は神。

 届くはずもない。

 けれど少女にはもう、神しか頼ることはできなかった。

 今まで幾度となく救いを願い、裏切られてきたとしても。


ーーー私にはこの世界を救う力はありません。

ーーー聖女様は仰います、私が間違っていると。

ーーー私がおかしいのだと。狂っていると。

ーーー私がおかしいのですか?

ーーー神様、どうして何も答えてくれないのですか?


 美しい少女は天を仰ぐ。

 何かを探すように濃紺の瞳を動かした。

 けれど夜空には何もない。

 少女が願うものは何も。

 ただそこには、星だけが輝いていた。



「おかしいのは世界なのでしょうか、私なのでしょうか」



 誰も答えない。

 少女の問いは夜に消える。


ーーー私にはもう、耐えられません。

ーーー神様、どうかお許しください。


 少女は筆を置くと、立ち上がった。

 書いたばかりの文をグッと握りしめる。

 生暖かい夜風が少女の頬を優しく撫でた。

 階下を見下げ、少女はゆっくりと目を瞑る。

 長い睫毛は涙で濡れ、キラキラと輝いた。


「最期に私の望みが叶うならどうか」


 少女の声は震えていた。

 こんなこと望んではいけない。

 けれど望まずにはいられない。

 服から覗く細い手首には幾つも傷跡が並ぶ。

 それは少女がこの世界に絶望していた証。



「私と同じだけの絶望を、ジョゼフィーヌに」



 そして少女は身を投げた。

 高い高い塔の最上階から。

 階下に広がる深い深い森に向かって。


『嗚呼。私の、可愛い可愛いニケ……』


 その日、世界は聖女を失った。



◯◯◯



「うーん……やっぱり聖女の持つ聖属性は回復特化だし、サポートに回る方が賢いのかしら」


 同じ月が頭上に輝く。

 女性はスマートフォンを片手に、ベンチに座っていた。

 バスはまだ来ない。

 最近ハマっているアプリゲーム『勝利のニケ』を起動させ、いつものルーティーンをこなしていた。


「けれど戦いたい欲求を捨てられないのよね……ヒロインが戦うべきではないとわかっているのだけれど」


 頭を悩ませながら、女性は眉を寄せる。

 ふと見上げると、夜空には星が輝いていた。

 ああ。

 家に帰って何を食べよう。

 明日も朝からバイトがあるし、昼からは大学だし、朝までバイトだし、朝から大学だしできるだけ睡眠は確保したい。


「パンを買って帰ろうかしら。いや、でもこの時間にパンを食べて体重は大丈夫かしら……不安だわ」


 ふとスマートフォンの画面を見遣る。

 画面の中では主人公(ヒロイン)の『ニケ』が、聖女の力を使って回復魔法を繰り出していた。

 優しげな桃色の柔らかそうな髪はボブ。

 白い肌に朱色の唇。

 紺色の瞳は大きく、利口そうな顔。

 可愛いなぁ、と女性はしみじみと思う。


「いっそニケになりたいわ……」


 体重なんて気にしなくてもいいんでしょうし。

 女性はふぅ、と息を吐き出した。


『最期の望みを叶えよう』


 声が降ってきて、女性は顔を上げる。

 バス停の周りに人はいない。

 ならばさっきの声は誰が?

 不審者かもしれないと、女性は周囲を見回した。


 誰もいない。

 そう思った瞬間、視界の端にカッと光が走る。

 目が眩みそうなほどの輝き。

 耳が潰れそうなほどのクラクションの音。

 地響きが近づいてくるーーー


「トラック、そんな、なんで……!」


 さっきまでトラックなんてなかったはずなのに。

 妙に冷静な頭の何処かが目玉を動かし、運転席を捉えた。

 居眠りしている男性がいる。

 身体が動かない。

 動けない自分に女性は苛立つ。

 死にたくない。

 私はまだーーー


「世界征服という夢があるんだから!」


 こんなところで私は死なない。

 日本中が訃報に嘆き、特別番組が作られ、号外が出され、テレビ番組の上に速報が流れなきゃ死ねない。

 女性は何とか身体を動かそうとした。

 恐怖なんかに負けてられない!



「私は絶対に死にたくない!!」



 神様がいるんだとしたら。

 これが運命なのだとしたら。

 何としてもねじ伏せてやる。

 死にたくない。

 生きたい。

 どんなことをしたって!

 どんな姿になったとしても!


『君の望みを叶えよう、だからーーー』


 頭の中に響いた声は、それ以上聞くことができなかった。

 身体中に凄まじい衝撃が走り、激痛が彼女を襲ったから。

 生暖かい血が噴き出したのがわかる。

 ああ、死にたくない……


ーーー神様。私を安らかな死へと導きください。


 誰かの声が響いていた。

 死を望む声。

 その声に反抗するように女性は願う。

 強く強く、何よりも強く。

 死にたくない。

 死ぬわけにはいかない。

 今まで何度だってそう思ってきた。

 私は、私は、私はーーー



生きてやるんだ。



◯◯◯



「死なない!」


 ガバッ。

 勢いよく起き上がった途端、誰かの声が響く。

 誰の声だろう、知らない声だ。

 女性は辺りを見回した。


「何で……森?」


 声を発して気づく。

 さっきと同じ声だ。

 周りを見てもやっぱり誰もいない。

 それどころか知らない場所にいる。

 確かに自分はバス停にいたはずなのに、今や森の中。

 しかも随分深い森のようだ。

 木々が生い茂り、何処からか獣の声がする。


「トラックに弾き飛ばされたのかしら……」


 バス停の近くに森なんてあったっけ。

 時給の良さに釣られて行った派遣先だったため、バス停の周囲なんてよく知らない。

 見ていなかっただけで、もしかしたら森があったのかもしれない。

 いやその前に、怪我は?

 彼女は自分の手や身体を見下ろし、息を飲んだ。


「何、これ……?」


 日本人とは言い難い、真っ白な肌。

 スーツ姿だったのに、白のワンピースに変わっている。

 ワンピースからのぞく足も真っ白。

 ただおかしなことにワンピースはボロボロに汚れ、穴が空いている。

 靴も片方ない。

 それなのに身体には怪我はない。

 裸足でこんな深い森にいたのだとしたら、それこそ怪我くらいはしてそうなものだというのに。


「何?どういうこと?」


 また声がした。

 そして気づく、これはーーー


「私の声?」


 自分の喉に触れた時、自らが何かを握りしめていることに彼女はようやく気付いた。

 手紙だ、と彼女は思う。

 随分と力を込めて握っていたらしい、くしゃくしゃになっている。

 誰の手紙だろうか。

 自分が握りしめていたのだから自分のものか。

 状況が理解できなかったが、ともかく彼女は手紙を広げる。


「親愛なる神様へ……この世界は狂っております?」


 日本語ではない字が並ぶ。

 見たことのない字のはずなのに読めることに、彼女はまず驚いた。

 そして同時に思った。

 これを書いたのは「私」なのだと。

 理由はわからない。

 けれど何故だか漠然と、彼女はそれを理解した。


「これは……遺書?」


 ざっくりと手紙を読み終える。

 それは酷い内容だった。

 「私」は酷いイジメにあっていたらしい。


「このジョゼフィーヌって女、酷いわね」


 呟いてから、ふと、何かが引っかかった気がした。

 何だっただろう。

 何処かで聞いたことのある名前だ。

 けれど思い出せない。

 左手で髪をかきあげようとした時、彼女の視界に手首に刻まれた傷が飛び込んできた。


 頭に殴られたような衝撃が走る。

 唐突に彼女は思い出した。

 自分が塔から飛び降りたことを。

 天を仰げば確かに目の前には石造りの塔が、月に向かってそびえ立っている。


 そうだ、「私」はーーー

 この世界に耐えきれなくなって、自殺したんだ。


「それなのにどうして生きてるのかしら。それに私は……私は、トラックに跳ねられて……」


 眉を寄せた時、彼女は自分の髪の色が変わっていることに気づいた。

 ある予感がして、彼女は改めて手紙を読み返す。

 手紙の最後に署名がしてあった。

 震える字は涙で滲んでいる。

 その名前はーーー


「ニケ・ヴィクトリア」


 さっきまで雲に隠されていた月が顔を見せる。

 彼女の髪に光を落とす。

 星が瞬く。


 桃色の髪。

 陶器のような白い肌。

 血のように赤い唇。

 そして夜のように深い紺色の瞳。


 確かにそれは、さっきまでしていたゲームの中の主人公(ヒロイン)の名前。

 主人公の見た目。

 ならばこの世界は、「私」はーーー


「私は…………

 ニケ・ヴィクトリア」



 聖女は死を選んだが、

 その魂にはもうひとつ記憶があった。



そうして全てが始まったーーー……



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