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コレクティブハウス  作者: 芹沢 忍
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「予期せぬ出来事」第三話

「ところで、勢多さんは何故あの貼り紙で連絡をしようと思ったのですか」


 先程とは反対に大隅が統太に事情を聞いてきた。あのやり取りの後だと話し辛い気もするが、今は事情を説明しなければならないと、統太は直感的に感じた。真顔に戻り、ざっくばらんに大隅に事実を告げる。妻との離婚の経緯から実家での状況、会社でのことや金銭問題までを。


 話しを聞いていた大隅が少し考えるような仕草をしてから部屋に散らばる何人かの住人に声を掛け始めた。やって来たのは駒井夫妻と羽鳥夫妻だ。


「勢多さんのお子さんのことですけれどね。お父さんが帰って来るまで私とあなた方が面倒を見るってどうでしょうか」


 その展開に統太が口を挟む。

「大隅さん、まだお世話になると決まってないじゃないですか。しかも皆さんに頼むなんて!」


 経緯が経緯である。慎之介のゼスチャーで大隅が実は自分たち親子を好意的に思っているらしいというニュアンスは伝わっていたが、いきなり住人に子供の世話を頼むというのは予想の範疇を大きく超えていた。集まった四人に詫びようとすると、その前に史子が嬉しそうな声を上げた。


「夏弥の遊び相手が増えるのは助かるわ。お姉ちゃん達から逃げ出して私にまとわりつく回数が減るわね」


 その台詞に夫の彰人も頷く。夫婦で目配せしながら視線を慎之介に向けた。受けた慎之介が仕方ないといった様子で応える。 


「俺がガキンチョの相手か」

 統太が驚く。


「慎之介さんが子供たちの面倒を見るんですか」

 問うとすかさず妻である梅子が返した。


「この人、子供と同レベルだからいいのよ」

「るっせぇ!」

 梅子のからかいに慎之介が声を上げて噛み付いた。


「アキバ、おめえも一緒に相手しろよ」

桜庭(さくらば)です」


 近くにひっそりと立っていた細身で眼鏡の神経質そうな青年が、不本意な顔で読んでいた本から顔を上げた。アキバは外見から付いた渾名らしい。統太がまだ挨拶をしていない人物だ。相手もそう気付いたらしく無言のまま静かに頭を下げた。

 金茶髪の春佳が挨拶を交わす二人に気付き統太に近づくと耳元に囁いた。


「この人、四十超えてるからね」

「マジですかぁ!」


 思い切り素で驚く。どう見ても二十代で時間が止まっているとしか思えない。驚いている統太を横に完全に慎之介が桜庭で遊び始めている。


「おめえはもうチョイ元気に遊べ‼」


 かなり強引に引っ張ったりからかったりしているが、桜庭が然程嫌がっているようには見えないので誰も止めない。


 ――ガキ大将か!


 統太は慎之介にそう突っ込みたい気持ちに駆られた。


「料理揃いましたよ」


 気ままに流れて行くような状況に声が掛かる。駒井夫妻に代わって清香と神木が食卓の準備をしていたらしい。

 部屋のキッチン寄りにテーブルと椅子。子供たちはいつの間にか全員手伝いに駆り出され、不器用ながらも一所懸命に皿を運んだりテーブルの端っこを拭いていたりしている。

 並んだ皿にはそれぞれ色とりどりに料理が盛られ、量もかなりのものだ。人数は統太親子を含めて総勢二十人。それを考えると足りないくらいなのかもしれない。

 サラダにパスタに大鍋のスープ。オーブンで焼かれた丸鶏なんて豪華なものまであったりする。勿論、和馬が手伝ってヘタを取った苺も他のフルーツと共に並べられている。その他にも幾つかが饗され賑やかな様子だ。


「席に着いちゃってくださいね」

 梅子が促す。


 座る場所をどこにしようかと思案している統太の足元にふわりと何かが触れた。見下ろすと和馬が抱きついて顔を見上げている。掬うようにして抱き上げ、一緒に席を探してテーブルの周りを回ると、途中で自分がヘタ取りを手伝った苺を指差しながら声を上げて笑う。誰が見ても心の底から笑っているように感じるだろう。この場所がそうさせているのだと思うと気持ちが大きく動いた。

 適当な場所に腰かけ隣に和馬を降ろそうとすると、神木が和馬の高さに合わせて厚手のクッションを敷いてくれた。それが自然で心地よい。

 大隅の提案を受け入れようとしてくれる住人。自然体でありながらさり気なく気使いを見せる人たち。


 甘えてしまってもいいのだろうか。

 ここなら一人で抱え込まなくてもいいのだろうか。


まだ短い触れ合いなのに期待を抱いてしまう。他人に対する期待は儚いと、嫌という程に解っているにも関わらずだ。それだけここに漂う空気は温かいと強く感じてしまっている。

 サーブしてくれた料理を受け取り、統太が賑やかに談笑する面々を見回していると横から声が掛かった。


「どうですか、ここは」

 いつの間にか大隅が統太の隣りに腰掛けていた。


 賑やかな団欒風景。親戚一同が一緒にいるように騒がしいが、それが却って心地良い。個性的な人も多いようだから、互いに振り回したり、反対に振り回されたりするのだろう。煩わしくないとは言えないが、自分たちには馴染むような気がする。そして何より和馬の笑顔。実家では見られない満足した笑顔が統太の気持ちを固めた。


「お世話になりたいと思います。大隅さんが嫌で無ければ」


 大隅がゆっくりと立ち上がり、コレクティブハウスの面々を見回した。騒がしい場がいきなり静まり返り、皆が大隅に注目する。


 ――何だ。何があるんだ。


 統太は狼狽(うろた)えた。慎之介が意味ありげに統太を見るとニヤリと笑う。あまり良い事を考えていないだろうその表情に、統太は引き攣った笑みを返す。


「どうしましょうかね」


 大隅が口にした言葉に統太は固まった。今日のこの会合は、もしかしたら住民との面接試験だったのかと今更気が付いた。訪れた時にあまりにも驚いたので全くその可能性を考えなかった。はたしてそれが吉と出るか凶と出るか予測は難しい。


「俺は案外馴染むんじゃないかと思うがな」


 慎之介さんの言葉に高井戸夫妻が頷いた。妻の春佳が視線をワザと端の方で目立たぬようにいる夫婦に向けて述べる。


「宗谷さんとこよりも、うちらと馴染みそうじゃん」


 統太が春佳の視線を追うと、全く話しの輪に加わる気配を見せていない宗谷夫妻に行き着いた。和馬と一緒にいた歩という少年の親だ。完全に義務的に集まりに出ているといった感じが伝わる。


 統太はこういった集まりは嫌いではない。どちらかと言うと輪の中に入ってしまった方が楽しめてしまう。それに外れた場所から見ていたら、何かと気まずいだろうと思うのにと、宗谷夫妻の態度に首を傾げた。


「子供たちは仲良くやってるから、問題ないんじゃないですか」

 彰人がにこやかに感想を述べる。それを肯定するように妻の史子と清香が頷く。


「お父さんの方も嫌そうな感じじゃなかったしね」

 神木が報告を入れるような感じで言った。佐々木がこれに頷く。桜庭がワンテンポ遅れて頷きながら光林に視線を送った。


「俺か。俺は反対しないぞ」

 気付いて不機嫌そうに光林が応えた。清香がそれを見てふわりと笑う。


「あらかた大丈夫って意見だね」

 梅子が慎之介と大隅に目配せする。二人が頷くと大隅がいつの間にか配られていたグラスを手に持った。


「勢多親子の入居は了承頂けましたね」

 食卓に着いた居住者を見回し、大隅はグラスを持つよう一同に目で促す。一応全員が準備を済ませたのを見届けてから大隅はグラスを掲げた。


「ようこそ、我らが家へ。歓迎します」


 大隅の言葉を継いで、慎之介が「乾杯」とグラスを力強く上げた。一角を除いたテーブルのあちこちでグラスの触れ合う軽やかな音が響き渡った。


 大隅を見ると、人が良いのか悪いのか、判断のつかない笑顔を浮かべている。入居許可を得て喜ぶ気持ちはあったが、その笑顔を見ると、何か波乱が有りそうな予感がしてしまう。大隅に応える裏で、統太はそんなことを考えていた。

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