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コレクティブハウス  作者: 芹沢 忍
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「予期せぬ出来事」第二話

 各々勝手に行動している。

 それなのに、何だかまとまってるような空気感がある。

 何処かで見たような気がして、

 暫し考え込むと、ある一つの光景が浮かんだ。


 井戸を中心に左右に部屋があり、

 和服姿の住人が集っている。


「あ、そうか。時代劇の長屋みたいなんだ」

 思い至って思わず口に出す。


「コレクティブハウスって言う住居形態なんだ。海外だとコアハウジングなんて言われてる場合もありますよ」


 呟きに背後から返答があり、統太は驚き振り向いた。背後には小柄で少し太めの、自分と同年代らしき男が営業スマイルで立っていた。


「住み込みで管理人をしています、佐々木です。このままでは状況が飲み込めないまま時間が過ぎそうなので、(わたくし)から簡単にご説明を致しましょうか」


 これは統太にとっては大変有難い申し出だった。


 同居を希望している大隅は説明義務を放棄し、今は慎之介と話し込んでしまっている。もし大隅が説明を始めたとしても、いつどんな邪魔が入るか判らない。それに説明をしっかりしてもらっても、途中で余計な情報を周囲から、特に慎之介から補足されて混乱してしまいそうだ。管理人なら余計な事を省いて欲しい情報だけを話してくれるのではないだろうか。

 

 統太はそんな期待を持ち、勢い込んで言った。

「是非お願いします。何がなんだか、正直、全く解っていません!」

 

 佐々木は統太の真剣な反応に笑いを噛み殺すようにしている。

「そんなに無理しないでいいですよ、笑ってやってください」


 統太が促すと先程の腰の低い対応は異なり、派手な身振りで佐々木が爆笑し始めた。

「ツボった! 勢多さん、正直過ぎて面白い!」


 ――そこまで笑われるような感じだったのか。


 振り返ってみても心当たりが全く無い。良く笑えるものだと、ある意味感心する。

 ひとしきり笑いが落ち着くと、佐々木は息も絶え絶えな様子で床に直にへたり込んだ。


「俺、笑いの沸点、低過ぎるんですよ」

 豹変とまでは行かないが、かなり砕けた佐々木に、統太は訝しげな表情を向けた。


「実は真面目に話すのが苦手なんで、勢多さんが嫌でなければ普通に話しちゃってイイですか」

 許可を取る前に話し方を変えてるだろう、という突っ込みは置いておこう。


 子供たちのはしゃぎ回る声や足音、大人たちの忙しない会話や動きは、親戚が集う大広間といった感じで、営業口調で話されたら却って落ち付かないかもしれない。そう思い、統太は佐々木の提案に頷いた。


 佐々木が床に胡坐をかいたまま統太を見上げて手招きをした。どうやら一緒に座るようにということらしい。座る場所を一応確認しながら佐々木の近くに腰を下ろす。


「じゃ、話し進めちゃいますね」

 何事も無かったように佐々木が口を開いた。どうやらどこまでもマイペースな人物らしい。


「今いるのは共有スペース。居住者の誰でもが自由に使っていい場所なんだ。この建物には、この部屋の他にも地下にAVスペース―― 防音完備でステレオやプロジェクターあり! 楽器なんて二十四時間弾き放題! って自慢できるものもあるんだ」


「はぁ」

としか言えない。


 反応の薄い統太に佐々木が押せ押せといった勢いで迫る。


「何、その気の無い感じ。核家族が多い今の日本では珍しいんだぞ。これからこういった住居形態は絶対に増えるって。先取りしてるって考えると、何だか興奮しないかなぁ!」


 瞳をキラキラさせながら迫る佐々木を目の前にして、統太はやや引き気味になった。


 自分は安い家賃に魅かれて来ただけであって、コレクティブハウス云々はさっき初めて聞いたから取敢えずはどうでもいいんですとは、佐々木のスイッチが入ったかのような力説っぷりでは、とてもじゃないが言い出せない。


「ご近所付き合いが少なくなってる現代に、敢えてご近所付き合いを復活させるようなこの環境! 子育てを協力し合ったり、皆でワイワイ学生時代のように盛り上がったり、何かあれば駈けつけてくれるような連帯感が出来たりするんだぞ!」


「はぁ」


 それはそれで鬱陶しいなと思ったのは内緒にしないといけない。やはりこれも口に出せない事として隅っこに追いやった。


「老いも若きも共に集い、互いに協力し合いながらの生活。プライベートな空間を確保しつつも、いざという時は相互扶助(ふじょ)で乗り切る。お隣さんが見ず知らずの人じゃない、どんな人かを把握できる環境。何かあっても気にかけてくれる人が絶対にいるんだよ。素晴らしい環境じゃないか!」


「ええ、まぁ――」


「多少の決まりごとはあるけれど、それさえ楽しめる所だよ」


 要するに、入居者の交流が盛んな集合住宅ということらしい。


 結局、自分で住居形態をまとめてしまった。佐々木はまだまだ話しを続けているが、どうやら自分の世界に入って酔ってしまっているようだ。もうそのまま喋らせておこう。諦めにも似た感想を抱くと統太は辺りを見回した。


 和馬を見ると手伝いを楽しんでいるようである。歩を気に入ったのか、時々顔を見上げながら手を動かし一生懸命真似ている。中々に微笑ましい風景だ。語り続けている佐々木に「ちょっと向こうへ行きますね」と声を掛けてから、統太はやや離れた場所で話し込んでいる慎之介と大隅の所へと足を向けてみる。佐々木は不満げな顔をしていたが敢えて見ないフリをした。


「ああ、勢多さん。済みませんね」

 統太の顔を見ると大隅が柔和な笑みを浮かべて詫びた。本気で詫びる気は無いだろうと思われるその姿に脱力する。


 この人は初めて連絡を取った時と印象が変わらない。

 同居人として上手くいくのかと悩んでしまう。


 大隅が破格の値段で同居人を探すのは何故なのだろう。

 この環境で一人暮らしが不安だという要素は見られないし、

 服装の感じからはお金に苦労している様子も窺えない。

 かといってボランティア精神があるとは、

 自分への扱いからしてありえないだろう。


 じっと大隅を見ていると、彼の横にいた慎之介が口を出してきた。


「辰水さん、あんちゃん、何か聞きたそうな顔してるぜ」


 大隅は面白そうにニヤニヤしながら自分に寄りかかるようにしている慎之介を払いながら「そうなんですか?」といった目を向けた。統太は頷き頭を掻いた。


「ええ、実はどうしても解らないことがありまして。

 あの、何で大隅さんは同居人を募集したんでしょうか」


 単刀直入に聞くと、大隅が困ったような顔をして慎之介を見た。慎之介が大隅をからかいたそうにして見かえすと、観念したように大隅が溜息を吐いて言った。


「――賭けだったんですよね」


「はい?」

 かけって、賭けごとの賭けだよな。


 統太の頭の中で同居人募集と賭けごとが結びつかず疑問だけが膨れ上がる。そんな所に慎之介の勝ち誇ったような声が聞こえた。


「お前の負けだ!」


 負けって、何が! 

 

と反射的に心の中で突っ込む。

 大隅が嫌々ながらといった感じで解説に入った。


「貼り紙を貼る事になったのは定例会の席でのことでした――」

「ただの食事会兼飲み会だろう」


 話しの腰を折るように慎之介が揶揄(やゆ)するのを軽く睨むようにしてから大隅が続ける。


「賑やかな所から家に戻ると火が消えたように淋しくなりますと話したら、同居人を探したらどうだと皆さんに言われました。でもそれは一緒に住む方が欲しと言う事ではなかったので、私は正直にそうお伝えしましたが――」


「俺達は絶対に辰水さんが本心では淋しいって睨んでよ、同居人募集の貼り紙を作ろうぜって話しになったんだ」

「気ままな一人暮らしを満喫してるのに、余計なお世話ですよね」


 大隅さん、それでは同居人が欲しくないって言ってるのと一緒です!


と、統太は言いたい気分であった。


 同居希望者を前に、そう平然と言ってしまう大隅を見て、自分が思っているよりもショックを受けたらしいと気付き、統太は驚いていた。動揺している統太に気付かずに慎之介が喋り続ける。 


「でよ、折衷案ってことで、すぐに痛んじまう習字紙と怪しそうな文章で貼り紙を作ってみたんだよ。いかにも問い合わせが来なさそうな内容だったんで、辰水さんも渋々折れてなぁ」


 慎之介がニヤリと大隅を見ると、大隅は諦めきった様子で肩を竦めた。


「いっそのこと、賭けでもしてみるかってなったわけだ。いやぁ、今時あんなアヤシイ貼り紙で電話してくる奴はいないって。あ、悪い、ここにいたか」


 そう言って慎之介がかかと笑った。


 貼り紙に引っかかった自分は間抜けなのか。

 もう、どうでもいい気分になりそうである。


「結果は、大隅さんの負けって慎之介さんが言われてましたけど――」 


 おずおずと尋ねる統太の複雑そうな顔を見て、慎之介は大笑いし、大隅は深々と溜息を吐いた。


「慎之介さんだけが面白がって電話が来るに賭けたんですよ。私もまさか電話が掛かってくるなんて微塵も思っていませんでした。だから電話を頂いた時はあっけに取られて暫く言葉が出ませんでしたね」


 ――あの時の沈黙はそういう事だったのか。


 がっくりと力が抜けた。


 そもそもお遊びだったわけだ。

 これでは同居なんて望めないかもしれない。

 同居主が乗り気でないのが明白ではないか。


と、そこまで考えてからふと気付いた事があったので統太は思わず口にした。


「慎之介さんだけが電話が来るに賭けたってことは、もしかしなくても、ここの方々は賭けに参加して、顛末も全部知ってるってことですか!」


 そうならば、かなり恥ずかしい。


 羞恥であっという間に頭に血が上って顔が火照ってくるのが判り、統太は何処かに逃げ出したい気持ちに駆られた。察した慎之介がそんなのは些細なことだと言わんばかりに気持ち良いくらいに笑い飛ばす。


「肝っ玉が小せぇなぁ! そんだけ真剣に引っ越し考えてんだろうが。胸張ってりゃいいんだよ」


 ヘコんでいる統太の背中を、慎之介がバンと派手な音が響く程に叩く。痛さで顔が歪み、悪態の一つでも吐きたくなる。


「俺ら親子って見世物として呼ばれたんですかね」


 厭味っぽい口調で大隅に対峙する。大隅は鳩が豆鉄砲でも食らったかのように驚いた表情で統太を見てから、納得したように両手の平を打った。


「いえいえ。電話で息子さんがいるって仰ったでしょ。それを聞いてから同居もいいかなぁと思うようになりましてね」


 そう言って遠い目をして呟やいた。

「孫と暮らすみたいで楽しそうですし」 


 和馬がいなければ興味も出なかったんだろうか。この人は、とことん自分には容赦が無い気がする。落ち込んでいると、慎之介が大隅の後ろで大きくゼスチャーをしているのが目に入った。どうやら何かを伝えたいらしい。


 大隅を指差してから統太を指し、電話を取る仕草をする。それから自分を示すと大隅の隣に移動する。


 つまり、連絡を入れた時に慎之介は大隅の隣にいたらしい。


 電話を切る真似をしてから、慎之介は自分を指し、大隅を指す。握手する仕草をしてからお辞儀をし改めて大隅を指す。顔を統太に向けて口を大きく動かしている。


 ありがとうございます

 と、読み取れた。


 大隅が慎之介に言ったようだ。


 コイツ強がってるんだと言わんばかりの表情で慎之介が目配せするのを見て、統太は改めて大隅を見たが、大隅の表情からはそんな様子は伺えない。


「どうかしましたか」


 いきなり怪訝そうに大隅に言われて慌てた統太を慎之介が声を出さずに罵倒する。気配を察した大隅が慎之介のいる方へと振り向いたが、その時には慎之介は既に場所を変えていた。素速い行動に感心していると、大隅がボヤく。


「慎之介さんが何か悪さでもしていたのでしょう」


 どうしようもないという調口調あるが、醸す空気はどことなく楽しげに見える。気心が知れた友人同士という感じがした。佐々木が話していた住民同士の繋がりという言うものだろうか。


 こんな関係が築けるならば案外楽しい所なのかもしれない。


 気付くと自然と顔が綻んでいた。

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