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コレクティブハウス  作者: 芹沢 忍
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「アヤシイ貼り紙」第一話

エンタメ系の賞に応募しようと書いていた作品です。

こちらの掲載用に改行調整していますが、読み辛いようならばお知らせ願います。


読者対象が30代ですので、大人の痛い話とかアリアリです。


作りの基本はテレビドラマ。

全12回で終わる流れを意識的に考えて、プロットを組んでみました。

うまくいってると……いいなぁ(^o^;)

 途方に暮れていた。


 (やもめ)の男に世間の風は思いのほか冷たい。


 保育園に息子を迎えに行きながら勢多(せた)統太(とうた)は項垂れていた。


「就業時間を調整してくれだぁ? 実家にいるんだろう。子供の世話くらい親に任せておけ」


 上司に願い出た時に思い切り厭味を言われた。女房に逃げられるお前がバカだの、会社がそんなに融通の利くところだと思ってるのかだの、それはもう、ネチネチ、グダグダと。


 ――息子のことを思って何が悪い! 


 上司を殴りたい気持ちをぐっと堪え、冷たい視線が集中するのも構わずに統太は会社を後にした。


 実家に居るから家事などは辛うじて何とかなっているが、本音を言うと苦労してでもいいから息子を自分の親元には置いておきたくない。


「お前が失敗しなければ、あんな女と結婚なんてさせなかったのに」


 息子の和馬(かずま)の目を全く気にせず、別れた妻と自分を罵る言葉を同時に投げる母親には、どうしようも無く腹が立っていた。


 和馬の母親で統太が本気で好きだった女性の悪口を、二人の前で平気で、いや、ワザと声を大にして言う己の母。辛いというよりも情けなさで遣り切れない気分になる。


 和馬には親を怨む事を覚えて欲しくない。

 だから早く実家から出たくて仕方がない。


「でも実家を出たら、絶対、生活出来ないなぁ」


 気を抜くと俯いて溜息しか出ないのが辛い。しかしこんな萎れた姿を息子に見せては駄目だと、両方で頬をばしばしと叩き気合いを入れ、背筋を伸ばし、前を見て歩き出す。それだけでも気分は上向くはずだ。


 そうして頭を上げた目の前に、

 一枚の貼り紙が飛び込んで来た。


 流れるような筆文字。

 それでいて読みやすい。

 本当に字が上手いと感じる、そんな文字だ。


 習字紙を使っているのも今時では珍しい。

 雨が降ったら破れてお終いになってしまうのに、

 そんなことはお構いナシなんだろうか。


 統太はそう思いながら手書きの貼り紙に吸い寄せられるかのように近付いた。文字に呼ばれたのではなく、その内容が統太を思いっきり引っ張ったのだ。


        同居人 求ム!!

    当方独り暮らしの老人なれど住居広し

    家賃三万円也(光熱費・共用費込み)

    詳細は○○○-○○○○へ 大隅(おおすみ)


「うわぁ、アヤシイって!」

 そう言いつつも目が離れない。


 この家賃は破格だ。だが、あまりにも情報が少なすぎて途轍もなく怪し過ぎる。頭ではそう理解しているのだが手が勝手にスマホを取り出していた。


 筆文字の電話番号を目で追いつつスマホに番号を打ち込む。そうして通話キーを押した。コール音が響く。十数えても相手が通話に出なければ、この貼り紙のことは忘れるつもりだった。


「はい、大隅です」


 コール音九回目で相手が応えた。

 温和そうな響きが耳に心地いい。


「あ、あの、貼り紙を見てお電話しました」

 無音が長い。その反応が不安を煽る。


 貼り紙が悪戯いたずらだったのだろうか。


 いらん緊張を強いられる状況に統太が電話をかけたことを後悔し始めた所で返事があった。


「――貼り紙の効果があまりにも早かったので驚いてしまいました。申し訳ありません」


 ああ、良かった。

 少なくとも悪戯ではなかったのだと、

 安心して胸を撫で下ろす。


 しかし、この反応の遅さは如何なものか。不安要因が増した気がする。


「いいえ、気にしてませんから」


 思っていることとは異なる社交辞令を述べ、統太は歩き出した。息子の和馬を迎えに行く途中だと思い出したからだ。


「いきなりですが、来週の土曜はお暇ですか」


 気軽な様子で声の主である大隅が問うてきた。

 実際に家を見せてくれるつもりだろうと当たりをつけて返事をする。


「はい、時間はあります」


 そこで言い淀んでから「息子も一緒に住むつもりです。二人で伺ってもよろしいでしょうか」と付け加えた。声に力が入っていたのか、先方から笑いが聞こえ、統太は顔を赤らめた。


「もちろんどうぞ。そのご様子だと乗り気のようですね。本町という所はご存知でしょうか」


 続けて大隅が詳しい所在地を告げようとする。それを制し、統太は立ち止ると手帳を取り出した。


「済みません、今メモをしますので少々待って頂けないでしょうか」

 スマホを肩と耳の間に挟み込んで支えると手帳とペンを構える。

「お願いします」


 伝えられた行き方と住所を書き留める。手帳に記した住所は今歩いている場所から然程遠くはなかった。住むと決まっても、和馬の保育園を変わる必要はなさそうである。


「土曜は一緒にお昼でも食べながらお話ししましょうか」

 最後に番地を書き留めた時点で誘いを受けた。


 会話や仕草や気配りが食事の席では現れる。

 人を見極めるには一番良い方法だ。

 大隅はその意図で食事に誘っていると考えていいだろう。

 好印象に持って行けば、懐に入り込むのは早い。


 まだ家の状態も見ていないのに、そこまで考えてしまう程実家を出たい自分に苦笑する。そんな様子を気付かれないように統太は大隅へ返事をした。


「わかりました」

「そうですか」

 安堵したような声の後、大隅は驚くことを口にした。


「皆さんにもお声掛けしておきますね」


 ――皆さん? 独り暮らしって書いてあったよな。どういう事だ。


 話しの成り行きに再び不安が顔を覗かせ始める。


「賑やかになりますねぇ」

 あくまで呑気に話しを進めようとする大隅に、統太は慌てて疑問を投げかけた。


「あの、皆さんって」

「お待ちしていますよ」


 話が通じてない。

 というか、相手が全く聞く耳を持っていない。


 焦って畳みかけるように問いかける。

「いや、だから、皆さんって?!」


「十一時に来てくださいね」

 大隅は話しを締めにかかっている。


 三度みたび問う。

「あの、だから、その、皆さんって誰ですかっ?!」

「忘れないでください」

「だから‼」


 道端であるのを気にせず大声で四度目の問いを繰り出そうとするその前に通話が切れた。耳に聞こえるツーツーツーという音が虚しく響く。握り締めたスマホを見つめ、統太は茫然と立ち尽くした。


 大丈夫なんだろうか、この人って。

 それとも年寄りだから耳が遠いいんだろうか。


 判断の指針が不信感の方へ大きく振れた。土曜の訪問は辞めるべきだろうかと、統太は大きく息を吐いた。そんな悶々とした気分を抱いたまま改めて足を急かす。息子のいる保育園まではあともう少しだった。


 保育園は夜七時まで。統太が会社を六時前に上がって迎えに来ると閉園時間ギリギリになる。職場に近い同様の保育園に通えばもっと余裕を持ち迎えに行けるのだが、その保育園が確保出来ないのだ。ニュースを賑わす待機児童問題が自分に降りかかるなんて思ってもみなかった。新たな保育園が確保出来ないため会社に相談をしたら、退社前の冷たい対応だ。


 残業が減ればもちろん給与は減る。実家を出るとした場合、残業代を充てにしない金額で子供を養い家賃を払っていくのは大変だ。当然賃貸物件は安い程いい。そう考えると先程の物件は魅力的だ。しかし、電話の感じだと不安要素の方が大きい。不信感を抱いた所へ見学に行っても大丈夫なのだろうか。

 同じ事を角度を変えつつ繰り返し考えながら統太は保育園の門を潜った。


「遅くなりました。勢多です」


 鞄を脇に抱えて名前を告げると、保育士が和馬を呼んだ。

 姿が見えたので統太はしゃがみ込んで息子を待った。


「とーたぁー」


 父である統太を見つけると、和馬はつんのめるように駈け寄って、彼の腕の中にすっぽりと納まった。


「おー、今日も元気に遊んだか?」


 息子の脇を手で掴み持ち上げてから様子を聞いた。これは今では日課の一部になっていた。

 保育園への送迎時間だけは統太が和馬を独占出来る数少ない貴重な時間だ。家に着いてしまえば、嫌でも爺婆である統太の両親に取られてしまう。和馬もそれを解っているので、全力で甘えてくる。


 それが、どれ程嬉しいか。


 自分の目線よりも高く掲げて言葉とともに笑いかけると、和馬はいつも大喜びで手足をバタバタさせてはしゃいだ。しかし、今日はなぜか静かに統太を見つめているだけである。


「どうした。何かあったのか」


 腕に抱え直してから問いかけた言葉に、和馬は、まず、行動で応えた。

 統太の頭に小さな手を置いて不器用に左右に動かしたのだ。


「とーた、なんかヘン。だからイイこ、してあげる」


 ――子供ってどうして気付くんだ。


 不意に核心を突かれて統太の胸が詰まる。込み上げて来るものに流されそうになるのを堪えるようにして、統太は息子を抱き締めた。


「和馬は優しいな。父さんもイイ子してあげよう」


 頭を撫でて背中をトントンとすると、和馬が恥ずかしげに身じろぎした。


 頼りなく揺れる腕の中の小さな身体。まだ純真でまっさらな心の息子を想うと、身の内から自然と強い力が湧きあがる。


 現状を何とかしたい。

 でも、ただ考えているだけでは変わらない。


 統太は勇気を出して賭けに出る事を決めた。

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