自称神からの依頼(1)
今、デジャヴったでしょ? 間違ってませんよ。合ってますよ。
気が付くと見知らぬ部屋にいた。
俺はふかふかの上等そうなソファに腰掛けており、目の前の机には湯気を立てた珈琲に、皿に盛られたクッキーが置かれている。
部屋を見渡してみると、幾多もの古めかしい本が本棚に並べられている。
「またここか」
俺はそう呟き、目の前で湯気を立てている珈琲に手をかける。口元に近付けると、やはり嗅いだことのないような芳しい香りが鼻腔を擽る。
その珈琲を一口、口に含むとそれがトリガーだったかのように、対面にあるソファにソレは現れた。
「やあ、久しぶり……で良いのかな? キミの体感時間では約五年ぶりと言ったところかな?」
そう言いながらニタニタと人の感情を逆撫でするような笑みを浮かべた白髪の子供――自称神サマは突如として現れた。
「やはり、お前だったのか」
「やはり、僕だよ。うんうん、中々順調に成長してるみたいだね」
相変わらず何を考えているのか分からない自称神サマは、俺の身体を足の先から頭の先まで舐め回すようにして観てからそう言った。
今の俺の身体は転生前とは違い、イリスヴィア・ヴァレルパレスとしての身体でココにいる。
「身体と魔力は順調のようだけど、僕が与えた能力は上手く扱えきれていないようだね」
仕方ないだろう。『万物創造』は人目につくと不味いモノであるのだし。
「違う違う、そっちじゃなくて。まあ、そっちもなんだけど、僕が言っているのは『魔力視の魔眼』のことだよ」
魔眼の方? というか、そっちもってどういうことだ?
「キミは魔眼を扱いきれていない。正確には扱えてはいるけど、使用用途が偏りすぎなんだよ」
「魔眼は魔力を視ることしか出来ないのだろう?」
他にどんな使い方があると言うのだろうか。
俺が魔眼を使うのは、自身の魔力保有量を確認する時、魔道具の構造を確かめたり主に魔道具製作の時くらいだ。
俺のその言葉、或いは考えに自称神サマは大きな溜息をついて話し出した。
「はぁ……いいかい? 魔力を視ることが出来るということは、その素である魔素も視ることが出来るし。魔力回路が視れるということは、人の体に存在する魔力回路も視れるということなんだよ」
魔素も視れるということには、『その手があったか』と感心したが、魔力回路が視れるというのは既に知っていることだ。
「何か勘違いしているようだけど、魔力の親和性による身体能力の向上なんて間違った知識だからね」
そうだったのか。あまり本の知識だけを鵜呑みにしていると、その内痛い目に合いそうだな。
「まあ、魔力によって身体能力が強化されていることには変わらないんだけど。体内を循環している魔力が一部分に集中、又は覆われることによって身体能力が強化されているんだよ。魔力との親和性云々言われているのは、単に体内の魔力操作を無意識的に行えている者が勘違いした結果なんだよね」
それってかなり有用な情報じゃないのか?
本には魔力の親和性と書かれていたし、ダンさんも本に書いてあったことと同じことを言っていた。
「有益な情報なことには変わりないけど、結構な人が知っていることだと思うよ。それこそ武術の達人なんかは、意識的に体内の魔力を操作しているみたいだしね。まあ、無意識的に行なっている者の方が大多数を占めるけど」
なるほど。つまり、魔眼を使って体内の魔力の動きを見れば、相手が次にどのような動きをしてくるか、ある程度予測することが出来るという訳か。
「そうそう、そういうこと。ちょっと考えれば分かりそうなことなのにね」
「うるさい。魔力なんて未知の物なんだ。少し疎くても仕方ないだろ。それより、『万物創造』も扱いきれていないってどういうことだ?」
俺は先程の会話で気になったことを聞いてみる。
「そうだねぇ……人目に触れないようにしていることは別に良いよ。寧ろ、良い判断だと言わざるを得ないね」
急に真剣な顔になった自称神サマは、存外に俺を評価しているようでそう言った。
「アレは神の力だ。下手に人に見られると祀り上げられたり、異端だと言われて処刑されたりする可能性もある」
その言葉を聞いて俺は血の気が引くのを感じた。
俺は既に工房の改造を『万物創造』で行い、それをエクレールとセレアに見られている。しかも、魔道具製作に必要な素材を偶に『万物創造』を使って創り出したりしていた。
「うん。キミが今まで無事だったのは奇跡に近いよ。キミに心酔している者達だったから良かったものの、そうでない人だったらキミは今頃違った形で僕の元に来ることになっていただろうね」
それを聞いて如何に今までの自分が愚かだったのか思い知った。
少し考えれば分かったことだ。魔法のような詠唱も無しに、それに勝る超常的な力を行使することができる。明らかにこの世の理から外れた力だ。
その力を見たこの世界の人はどう思うだろう?
もしかしたら異端だと言われ、一族郎党処刑されていたかもしれない。そう思うと背筋が寒くなった。
「まあ、これからは気を付けて行動することだね」
「ああ、ありがとう」
俺は素直にお礼をした。
この得体の知れない自称神サマに言われなければ、自重せずに好き放題『万物創造』を使っていたかもしれない。そういう点では、この自称神サマには感謝しきれなかった。
「うんうん。その勢いのまま『自称』の部分を取ってくれないかな?」
「それは断る」
ニコニコと嘘らしい笑顔を貼り付けた自称神サマの申し出をキッパリと断る。
「酷いなぁ〜。あ、そうだ」
大して『酷い』と思っていなさそうな顔をしていた自称神サマは何かを思い出したようにそう言った。
「これから気を付けていけばいいとは言ったんだけど、それでもその指輪は不味いね」
そう言いながら、自称神サマは俺の左手の人差し指に嵌っている『インベントリ』を指差した。
「『インベントリ』がどうかしたか?」
「うん、『万物創造』では能力も創れるのにどうして物として創っちゃったかなぁ〜。それが市場に漏れたらどうするの? それ神器並みの代物だよ」
確かに自称神サマの言う通りだ。能力として作れば良かったのに、形に残る物として創ってしまった。
『インベントリ』を創ったお陰で、両親達に「その指輪はどうしたのか?」と質問責めにされて説明に困ったものだ。
「しょうがないから、今回は僕がソレを能力としてキミに付与してあげるから、今度から気を付けてね」
「すまない」
俺が素直に謝ると、自称神サマは満足したようにして頷いた後、俺に向けて手を翳した。
すると、左手の人差し指に嵌っていた『インベントリ』は光の粒子となって消え、自分の中に『インベントリ』という能力が備わったことが分かった。
「これで完了だよ」
自称神サマの言葉に頷き、確認の為に『インベントリ』に入っている『点火棒』を取り出してみる。
「うん、大丈夫みたいだ」
俺はそう呟くと、『点火棒』を『インベントリ』に収納した。
「当たり前だよ。僕が直々にやったんだから」
「そうか。それで呼び出した理由はこれだけか?」
俺は自称神サマのドヤ顔を軽く流し、そう質問する。
「あっ、そうだったそうだった。キミを呼び出した理由は他にあったんだ」
自称神サマはそう言うと、一つ咳払いをしてから話し出した。
「キミに初仕事だよ」
「使徒としてのか?」
「もちろんそうだよ。他に何かあるのかい?」
無いが、確認の為の質問だったのに一々癇に触るヤツだ。
「じゃあ、説明するよ。キミの初仕事――それは、キミが明日から向かうイオ村にいる代官の娘、エリカ・オーヴィムとの接触だよ」
接触? 仕事にしてはやけに簡単だ。
「詳細を説明すると、転生者であるエリカ・オーヴィムによる科学技術の伝播を阻止して欲しいんだ」
転生者だと? 俺以外にも転生者がいるのか?
「もちろん居るよ。転生者も居れば、転移者も居る」
「何でそんなにいるんだ?」
「簡単に言っちゃえば、世界を繋げた時に起きる弊害だね。今回の件で言えば、キミを地球からこっちの世界に移す時に一瞬世界が繋がったんだけど、その時に何人か巻き込んじゃったみたいだね。まあ、よくあることだし気にしないでも大丈夫だよ」
気にしないでも大丈夫って……そんなことでいいのか? 巻き込まれた者からすれば溜まったものじゃないだろう。
「こっちの世界じゃ、異世界人が来たなんてことは別に珍しいことじゃないしね。異世界人を招く勇者召喚なんてモノもあるくらいだし。まあ、勇者召喚はホントは禁忌扱いなんだけど、ね」
最後の方が妙に含みのある言い方だったのが気になったが、こっちの世界では異世界人は大して珍しい者ではないということは分かった。
「それで、何で科学技術は広まっちゃいけないんだ?」
俺はそれが気掛かりだった。魔道具製作において俺は科学技術の応用らしきことをしている。
「キミのしていることは別に問題ないよ。魔法技術の応用だしね。でも、科学が広まることはダメだよ。魔法という技術による発展を遂げた世界においては、ルール違反だ。世界の均衡が崩れる」
ルール違反。誰がそれを決めて、その言葉が誰に向けて放たれたモノだったのか俺には分からなかった。
「要するに、その転生者に会って釘を刺して来いってことか」
「そういうこと」
俺の確認の言葉に、先程の妙な雰囲気ではなく、軽い様子で自称神サマはそう言った。
「それじゃあ、そろそろお別れかな?」
「ああ、じゃあな」
俺の別れの挨拶に笑顔で手を振る自称神サマを最後に俺の視界は暗転した。
▽
目覚めると、昨晩眠りについた場所である自室のベッドに横たわっていた。
左手の人差し指には、寝る前はそこにあった『インベントリ』が無くなっていた。
窓の外を見れば、ちょうど日が昇り始めた頃だった。
そうしていると、部屋の扉がノックされた。
「お嬢様、お目覚めの時間です」
俺は部屋の外から聞こえる侍女の声に返事をすると、身支度を整えるために侍女達の元へ向かうのだった。