外の世界
魔力回路の刻まれた五センチ四方の回路板を、予め魔力回路を刻んでおいた本体に取り付ける。
最後に回路板に火属性の『魔法文字』を刻み込んで蓋をする。
「よしっ、出来たかな?」
出来上がった魔道具の上部に設置したスイッチを押すと、小さな起動音を鳴らしながらその魔道具の下部がオレンジ色に染まり始める。
「凄いですね……火を焚かずにこんな暖かいなんて……」
俺の専属の侍女であるエクレールが出来上がった魔道具の性能に驚きの声を上げる。
「うん、ちゃんと作動してるし完成かな? 名前は『魔動暖房機』で」
俺はたった今作り上げたオリジナルの魔道具を『魔動暖房機』と命名した。
最近寒くなり始めた事により、ムートさんから暖の取れる魔道具の作製をお願いされていたのだ。
このヴァレルパレス公爵領は基本的に一年を通して温暖な気候の地域なのだが、それでも冬になると少し肌寒くなる。そこで、『魔動冷蔵庫』の件で味を占めたムートさんが度々、こうして魔道具の新開発の依頼をしてくるのだ。
ちなみにムートさんとは、『魔動冷蔵庫』に使われている技術を買い取りに来たセラフィム子爵のことだ。
「じゃあ、ムートさんのところに持って行こうか」
俺はエクレールにそう声を掛けて、座布団の上から立ち上がる。
その様子を見てエクレールが感嘆の声を上げる。
「しかし、イリアお嬢様の工房は何度見ても素晴らしいですね」
「ここを見せてあげるのは、エクレールとセレアだけなんだからね」
そう、俺の専属――つまり俺とセレアの専属から俺だけの専属の侍女となったエクレールには仕方無く、この『万物創造』で改造された工房を見せる羽目になったのだ。
セレアは偶々、俺が鍵を掛け忘れた時に入ってしまって工房の中を見られてしまった。もちろん口止めはしたが、この工房の異常さには気付いていないようだった。
「私とセレアお嬢様だけ……」
顔を真っ赤にしてトリップしているエクレールを無視して、俺はムートさんと父様が待つ執務室へと向かった。
▽
「流石、イリア様ですね。丁寧かつ迅速な仕事っぷりです」
『魔動暖房機』の出来を確かめていたムートさんがそう言う。
「集積回路、回路板と言ったか……その技術が今回の魔道具にも使われているのか?」
父様が『魔動暖房機』をしげしげと眺めながら質問してきた。
回路板とは、俺が開発した技術で魔力回路の集積回路を纏めたモノの名前だ。この技術は『魔動冷蔵庫』に使った技術で、王立魔法研究所に提出したところ正式に発表され、褒賞としてお金まで貰えた。
この回路板によって他属性の複合という今までは不可能だった技術が可能となった。
「うん。今回は火属性と風属性の魔法文字を刻印したことによって、暖かい風を出せるようにしたんだ。原理は『魔動冷蔵庫』とほぼ同じで出力の比率と属性が違うだけで、今回の『魔動暖房機』も回路板による魔力回路の縮小化と他属性の複合を行ったよ」
「う、うむ。詳しい事は私には分からないが判った」
『魔動暖房機』の簡単な説明をしてあげたのだが、それでも父様には分かりずらかったようだ。
「では、依頼の品の納品も済みましたので、私はこれで」
「代金の方は商業ギルドのイリアの口座に入れておいてくれ」
『収納袋』に『魔動暖房機』を仕舞ったムートさんが退室しようとすると、父様がそう言った。
『収納袋』とは、ダンジョンや迷宮などから極稀に発見されるマジックアイテムの一種だ。
俺の持つ『インベントリ』のように、麻袋のような見た目に反して、収納出来る量は極めて多い。一般的な『収納袋』の場合、収納出来る量は三立方メートルくらいだ。中にどれだけ入れても重さは変わらないので、商人や貴族達に重宝されているモノだ。
一先ず今回の依頼はこれで終わりだが、またお金が貯まってしまった。
王立魔法研究所から貰った褒賞金でかなりの額を貰ったのだが、度々来る今回のようなムートさんからの依頼のお陰で更にお金が貯まっていく。まあ、あって困ることはないのだが。
「畏まりました。それでやはり商会の方は……」
「つくる気は無いですよ」
ムートさんの遠慮がちな言葉に俺はキッパリと断る。
魔道具で度々稼いでいる俺にムートさんが、商会をつくらないか、と持ち掛けて来たのだ。もちろん俺は魔道具で飯を食って行くつもりは無いので丁重にお断りしているのだが、度々そういう勧誘をしてくるのだ。
まあ、この公都の商業ギルドのギルドマスターであるムートさんからしてみれば、魔道具でこれだけ稼いでいる俺には自分の商会をつくってちゃんと稼いで欲しいのだろうが。
「それは残念です。では、本当に私はこれで」
「うむ」
その言葉と共に、扉の前で控えていた侍女にムートさんは案内されて退出していった。
「じゃあ、私もこの後『稽古』があるから」
俺もそう言って退出しようと思ったのだが、父様に呼び止められた。
「ちょっと待て。実は明日、ここ、公都から西に行った領内にある、イオ村という所に視察に行くのだが、お前も後学のために同行してみないか?」
イオ村か。領内の地図を見た時の記憶によると、公都から馬車で二日弱掛かる場所だったはずだ。
「私もついて行っていいの?」
「ああ、ベクライーヌ卿からお前の剣術の腕前は聞いているし、問題ないだろう」
と言ってもダンさんにはまだ勝てないのだが。
「分かった」
「では、明日の明朝には出発するから今日は早く寝るのだぞ」
俺は「分かってるよ」と返事をしてから、執務室を後にした。
▽
「えー! いいなぁ、私も行きたいっ」
夕食の席でセレアがそう叫んだ。
それをオリヴィア母様が咎める。
「セレア、はしたないわよ。もう一端の淑女なんだから、食事のマナーくらい守りなさい」
注意されたセレアは拗ねて目の前のステーキにフォークをぶっ刺した。
何故セレアがこうなっているのかというと、俺が父様の視察に同行するというのを聞いて、自分も一緒に行きたいと騒ぎ出したのだ。
「私が一緒に遊んであげるから、大人しく留守番してよっ? ねっ?」
姉様が励まそうと、そう声を掛けるが……。
「ヤダっ、お姉ちゃんじゃなきゃヤダ!」
セレアはそう言って、怒りをぶつけるように食事を口に運ぶ。
セレアの言葉を受けた姉様はショックを受けたようでかなり落ち込んでいた。
「困ったわねぇ」
「小さい頃のアイリもあんな感じだったわよね」
オリヴィア母様とルリ母様はそんな呑気なことを言っている。
話に上がった姉様はまだショックから立ち直れていないようだった。
仕方ない、助け舟を出してあげるか。
「父様、別に良いんじゃない?」
「うーん、しかしなぁ……」
俺がそう言っても父様は唸るだけだ。俺はオリヴィア母様に視線を送る。オリヴィア母様は俺の意図を汲んでくれたらしく頷いた。
「一緒に連れていってあげても良いんじゃないかしら? セレアもイリアと同じ歳なんだし、外の世界を見てくることも大事だと思うわよ」
流石、オリヴィア母様。いつも俺たちの味方をしてくれる良き理解者であり、良き母親である。
オリヴィア母様の言う通り、俺とセレアはまだ公都から外に出たことがなかった。
魔物や賊からの侵攻を防ぐための高い外壁に囲まれた公都は謂わば安全地帯で――もちろん街中にも危険はあるが――五歳の子供がそこから外に出ることは危険極まりないことなのだ。親が心配して渋るのも仕方ないことだろう。
「分かった、手配しておく」
父様は渋い顔で尚も心配そうな様子だが、セレアの同行を許可した。
「本当!? やったー!」
セレアはナイフとフォークを両手に持ったまま万歳をして喜びを表していた。
もちろんその後、オリヴィア母様に怒られていたが。
そしてその日は翌日に備えて早く寝たのだった。
魔道具において、他属性の複合が何故できないのかの説明を入れようかとも思ったんですが、それを入れても長くなるだけですし、ここは「主人公が偉業を達成した」という事実だけあれば十分かと思い、省きました。
一応、ちゃんとした設定はあります。ご要望があればお答えします。
ちなみに軽いネタバレになりますが、マジックアイテムは逸失した技術である魔法陣技術が使われています。なので、貴重かつ魔力回路による魔道具より大きな効果をもっています。