技術の売買
「ふぅ……ざっとこんなもんかな」
俺は『万物創造』によって改造された作業場を見て溜息と共にそう言葉を零した。
石畳が剥き出しだった床は、コンクリートのような滑らかな地面となり、床の端には生活汚水の流れる下水道へと繋がる排水溝を設けた。
部屋の奥半分は、一段高くなっており、大人の膝くらいの高さの段差が出来ている。段差の上は暖かみのある畳が敷き詰められており、中央には囲炉裏のようなものまで設置した。
また部屋の右奥にハシゴを設置し、二階へと行けるようにした。正確にはロフトと言った方が正しいだろうか。コンクリートの床の上は吹き抜けとなっており、そこを作業場とし、畳の間とロフトを休憩場兼私室とすることにした。
元々作業場兼倉庫として用意されたこの場所だが、『インベントリ』を創ったことによって倉庫は必要なくなったのだ。
なので、その分寛げるプライベート空間を設け、この作業場を俺の魔道具を作るための専用の工房としたのだ。
正直、改めて改装された工房を見渡してみると、やり過ぎたような気がしないでもない……というか、やり過ぎた。
アレス達に見られたら、少しというより、かなりマズイ。この畳とか二階部分とかどうやって作ったとか色々と問い詰められかねない。
俺が居ない時は誰も入らないように、鍵をかけておく事にしよう。
そんな矢先に工房の入り口である鉄製の扉がノックされた。
「エクレールです。旦那様がお呼びです」
何だろう? まさか、工房を改造したことがバレたとか?
いや、それはないだろう。幾ら何でも早すぎるし、扉が開いたら音でわかる。
『万物創造』で創り出した時は音も何も立ててないので気付かれる要素がない。そもそもエクレールが呼びに来た時点でその線はないので、完全に別件だろう。
「今行く」
俺はいつものように返事を返し、一瞬で扉を開け、一瞬で外に出て扉を閉めた。
「……? イリアお嬢様、なんか作業場の中が……」
「気のせい気のせい。何もないよ」
頭に疑問符を浮かべながら、不思議そうな顔で首を傾げるエクレールを誤魔化しながら、俺は扉に鍵をかけた。
「さあ、行こうか」
「は、はあ……」
エクレールは戸惑いながらも、先導して俺をアレスの執務室へと案内した。
▽
エクレールが扉をノックし、口上を述べる。
「お連れしました」
「入れ」
すると、すぐに部屋の中からアレスの声が聞こえてきた。
エクレールが扉を開けて、中に入るように促してきたので、そのまま部屋の中へと入っていく。
「おお、こちらが閣下のご息女にあらせられますか。なんとまあ、お美しい」
部屋の中に入ると、部屋主であるアレス以外にもう一人、身なりの良い中年の男がいた。その男は開口一番にそう口走った。
「父様、こちらの方は……」
「うむ、こちらはフィルセム卿だ」
俺が戸惑いながら、アレスに確認するとそう説明された。
なんかアレスの話し方がいつもより堅苦しい。公務モードなのかな?
「失礼致しました。私はムート・フィルセム子爵で御座います。以後、お見知り置きを」
男はそう名乗りながら、右手を胸に添えながら軽くお辞儀をした。
所謂、貴族の礼というやつだろうか?
俺はそんなの知らないし、普通に挨拶すればいいかな。
「イリスヴィア・ヴァレルパレスです。よろしくお願いします」
「おお、まだお若いのに礼儀正しい」
どうやら、普通の挨拶でよかったらしい。
というか、このムートとかいうオッサン、一々リアクションが大きいな。人好きのする顔をしてるし、世渡りが上手そうな人だ。
「それで、どうして私は呼ばれたの?」
「うむ。こちらのフィルセム卿は、ここ、公都の商業を取りまとめている商業ギルドのギルドマスターでな。自身でも大きな商会を持っているのだ」
へえ、そんな大物が何故ここに? 俺が呼ばれた理由とどう関係があるのだろうか?
「そこで、イリア。この前、お前が作ってくれた魔道具があっただろう」
「この前というと……『魔動冷蔵庫』のこと?」
『魔動冷蔵庫』とは、俺が作ったオリジナルの魔道具のことで、その名の通り、魔力で動く冷蔵庫だ。
元々、この世界には『氷冷庫』という冷蔵庫に取って代わる物が存在していたのだが、名前から分かる通り、氷を作り出してその冷気を留める事によって中にあるものを持続的に冷やすという物だった。
所謂、元の世界の昔の冷蔵庫と同じ構造である。
俺はそれを見て、如何にか近代日本にあるような冷蔵庫を魔道具で作れないか、と思って作り出したのが、『魔動冷蔵庫』である。
それをアレス経由でウチの料理長に渡したところ大絶賛していたのだが、それが今回呼び出された理由なのだろうか? 『魔動冷蔵庫』を作ったのは一ヶ月くらい前の話なのだが。
「そうだ。その『魔動冷蔵庫』だがな、フィルセム卿が買い取りたいと申しておるのだ」
「え? 別にいいけど……」
そんな事の為に呼び出したのか? まあ、娘が頑張って作った物を父親が勝手に売ったと知れれば、嫌われるのは確実であろうが、あれは既に料理長にプレゼントした物だ。
「良いのでしょうか!?」
俺が了承したと思われる言葉を口にすると、フィルセムは凄い食いついてきた。
「でも、あれは料理長に既に差し上げた物ですから、確認は料理長に取ってください」
「いえいえ、既存の物ではなく、その技術が欲しいのです」
ああ、そういうことか。
「別に良いですけど、そんな珍しい技術でもないでしょう。風属性の魔法と氷属性の魔法の魔力回路を複合してやれば、出来ない事はありませんよ?」
「それです! その他属性の複合という技術が欲しいのです。その技術は魔道具職人たちの間では実現不可能と言われている技術なのです。しかも、その魔道具は市販の『氷冷庫』と同じサイズと聞き及んでおります。魔力回路の縮小化にも成功しているというその技術は高く評価されるべきです」
お、おう。なんか凄いまくし立てられた……。
凄い技術なのは分かったけど、交渉相手である俺にそんなことを口走って良かったのだろうか……?
ああ、そう言えば公都の商業を取りまとめているって言ってたな。ということは、公爵であるアレスの部下って立場なのか。それは下手に騙し取ったと思われるようなことは出来ないよな。
まあ、一応交渉の場である事だし、持ちかけられている側なので、少し大きく出てもいいだろう。
「そんな凄い技術だったんですか。知らずにやってました。じゃあ、一応王立魔法研究所にも報告した方がいいのかな?」
俺がそう言うと、アレスが「む、確かにそうだな」と呟いた。
因みに、王立魔法研究所とはその名の通り、ルーデルニア王国における王立の魔法研究所だ。主に新しい魔法の開発や魔道具、遺跡などから発掘されるマジックアイテム、古代秘宝の研究に努めている。
実際、俺が発見した他属性の複合技術を多くの研究者達に公開することで、更なる技術の発展を望むことができるかもしれない。
それを考えると、本当は魔法研究所へこの技術を報告した方がいいのだが……。
「で、では、売ることは出来ないと……?」
フィルセムは心底残念そうな顔をして、額に玉のような汗を掻きながらそう言ってきた。
「いえ、お売りしますけど、後日、王立魔法研究所がその技術を発表されるでしょうし、そしたらタダで済みますよ?」
「確かにそうですが、発表までに最低半年はかかるでしょうし、それまでに稼がせて頂きます」
俺が売ると言うと、フィルセムは安堵しそう言ってきた。
「じゃあ、父様そういう事で」
「うむ、ありがとう。後は私がやっておくから、お前はもう行っていいぞ」
退室を許可されたので、「失礼します」と言って部屋から出た。
執務室から出ると、戸惑った様子のエクレールとその横にセレアが不機嫌そうな顔をして立っていた。
「お姉ちゃんっ、遊ぶって言ったのにいつまでやってるの?」
セレアは執務室から出てきた俺を見て、プリプリと形容するのが相応しい怒り方でそう言ってきた。
「父様に呼ばれてたんだよ。もう遊べるよ」
「やった! じゃあ、行こっ」
俺はセレアに手を引かれて、いつもの遊び場である公爵邸本館横にある庭園へと向かっていった。