魔道具の製作
水を入れた器の中に、魔石を潰して粉末状にした物と竜の骨を粉末状にした竜骨粉を入れた後、攪拌して試験液を作る。
試験液が入った器を両手で包み、右手から左手に向けて魔力を流す。
魔力を流し続け、試験液が淡く空色に光を帯びれば、魔力塗料の完成となる。
「よしっ」
現在、俺は買ってもらった魔道具製法の載った本を基に、自室にて魔道具の製作に取り掛かっていた。
俺は出来上がった魔力塗料を眺める。
魔力塗料は帯びた光を失うことなく、いつまでも光ったままだ。
本によると、魔力塗料は淡く光を帯びている状態が正常らしい。光を失うと魔力塗料としての効力を失うと書いてあった。
通常の魔力塗料は十年ほど経つと効力を失うが、魔力塗料の素材とした魔石の質が良いとより長い時間、効力を保つことができるらしい。中には、百年も保ったという例があるくらいだ。
今回俺が使用した魔石は最低ランクの物なので保って五年といったところだろう。
俺はワイバーンの髭から作られた筆に魔力塗料を付ける。
そして本に書いてあった、小さな火を出す魔道具に使われている魔力回路を薄い鉄の板に描いていく。
魔力回路とは、その名の通り魔力の通り道だ。魔石からこの魔力回路に魔力が通ることによって魔道具としての機能を発揮する訳だ。
魔力回路は何も魔道具だけのモノじゃない。生きとし生けるモノには必ず存在する。
もちろん、人間にも存在していて体内に魔力回路という器官を持っており、その中を魔力が巡っている。魔法がある世界ならではだろう、所謂血管のようなモノだ。
謂わば、魔道具に使われる魔力回路は、生物が持つ魔力回路を擬似的に再現したものなのだ。
俺は自称神サマから貰った魔眼があるので、その魔力回路を視ることができる。
なので魔道具を視れば、それがどういった機能か解析することができる。
魔眼を使えば、その人の内包する魔力量も視ることができる。
自分の体を見下ろせば、溢れんばかりの魔力を視て取れる。今でも続けている魔力量を増やす訓練のおかげで、俺の魔力保有量は凄いことになっている。
どのくらい凄いのかと言うと、屋敷にいる侍女たちの平均を一としたら、俺は一万だ。その異常な多さが分かるだろう。
このまま魔力の成長が止まる成人までに魔力保有量を増やして行きたいと思う。
未だ自称神サマからの使徒としての仕事の連絡は来ていないが、どんな仕事が来ても苦なくこなせるように準備しておきたい。備えあれば憂いなしだ。
そんなことを考えながら作業を続けていると、ようやく魔力回路を描き終えた。
最後は、魔力回路と接するように魔石を固定すれば完成だ。
「初めて作った魔道具……ちゃんと動けばいいけど……」
スイッチとなる部分を起動させると、火の噴出口としていた場所から小さな火が出た。
「やった! 成功だ!」
今回使った魔力回路は市販で売っている『点火棒』という魔道具に使われている魔力回路と同じだが、土台としたモノが違うので大分形が違う。
市販のモノは、まさにチャッカマンみたいな形をしているが、俺が作ったのは長方形の金属の板の角の一つから小さな火が噴き出すというとても歪な形をしている。
魔道具の本の内容は完全に記憶しているので、これからは色々な魔道具を作り、果てはオリジナルの魔道具を作ることを目標として頑張ろうと思う。
魔力を吸い上げて、火の威力を調整している魔力回路の部分は大体分かったので、そこを弄れば、火炎放射器みたいなものも作ることができるだろう。といっても、このままでは出力が圧倒的に足りないので改良の余地は大幅にあるだろう。
▽
初めて魔道具を作製してから、ふた月もの月日が流れ、俺は現在、専属の侍女であるエクレールに公爵邸敷地内の一角に案内されていた。
「イリアお嬢様の好きなように使って良い、と旦那様より仰せつかっています」
「おお、中々立派だね」
案内された先にあったのは、庭の隅に造られた石造りの小屋だった。
この小屋は、もはや俺の趣味と化した魔道具製作によって、日に日に部屋の中を埋めていく魔道具の完成品の数々を見た、父であるアレスが、俺の魔道具製作の為に用意してくれた作業場兼倉庫だ。
急ピッチで造った小屋にしては、中々の出来である。
鉄製のドアを開ければ、石畳の床が剥き出しの状態で敷き詰められているだけの簡素な小屋だが、そもそも『室内では靴を脱ぐ』という習慣のないこの国では、このような造りは普通の事であり、魔道具を作って保管する為のみに使うのならば、これだけで充分であった。
「とりあえず、部屋にあるヤツをココに運んじゃおうか」
「畏まりました」
俺の自室として充てがわれた部屋の隅に、山のように積んである魔道具を侍女達に手伝ってもらいながら、新しく造られたこの専用の作業場に運び込んだ。
「こう見るといっぱい作ったなぁ……」
作業場に運び込まれた魔道具を見て呆然と呟く。
一日に数個作るのは当たり前のように、日々魔道具作製に精を出していた。
運び込まれた魔道具たちは、今は床に雑然と置かれているだけだが、後で整理する必要があるだろう。
「それにこれからも増えるだろうし、ちょっと改造しないとかな」
この作業場は俺の好きなように使っていいと言われているみたいだし、居心地の良いように改造しても文句は言われないだろう。『万物創造』を使えば、内装を整えるのなんてすぐに出来ることでもあるし。
「イリアお嬢様、夕食の用意が出来ました」
「今行く」
俺は夕食に呼びに来たエクレールに返事をして、作業場を後にした。
▽
この世界の住人の朝は早い。
日が昇り始める少し前には、起きて朝食の準備や仕事の準備をし始める。
斯く言う俺の朝は少し遅い。
それは俺が公爵の娘で、所謂お嬢様だからであろう。
侍女が起こしに来る頃には、日は完全に出ている。
俺が起きて、先ずする事と言えば、侍女によって身支度を整えられるのを待つ事だ。
腰まで真っ直ぐ伸びた銀髪を後ろで三つ編みに一つに纏めてもらう。これが俺のいつもの髪型だ。
少し前に鬱陶しすぎて髪を切ろうとしたのだが、それは産みの親であるオリヴィアに止められてしまった。曰く、「勿体無い」やら「淑女として伸ばしておくべき」だそうだ。
まあ、流石に前髪や耳周りは切らせてくれたが、どうもこちらの世界でも女性は長髪であるべきという風習があるようだった。
最後に、前世からしてみれば恥ずかしい、可愛らしいドレスを着込んで身支度を終えた。
部屋にある鏡で自身の姿を見てみれば、物凄い美幼女なのだが、元が男であるのでなんとも言えないものである。
髪型が髪型であるため、少し前に買った男物っぽい服を着て、正面から見れば、美少年に見えなくもないのだが。
俺はそんな事を考えながら、朝食に向かった。
▽
「お姉ちゃん、今日はどうするの?」
朝食を終えた席で、食後のお茶を飲んでいるところにセレアがそう訊ねてきた。
「んー、今日も魔道具作りかなぁ。作業場の整理もしたいし」
「えー、一緒に遊ぼうよー」
体を左右に揺すりながら、ごねるセレアは可愛いが、今日は作業場の片付けと改造をしたいのだ。
「イリア、魔道具を作るのは良いけど、偶には外で遊ぶことも大切よ?」
見兼ねたオリヴィアが心配そうな目をしながらそう言ってくる。
確かに四歳かそこらの子供が遊ぶこともせずに、部屋に篭ってずっと職人が仕事としてやるようなことをしていれば、親としては心配にもなるだろう。
前の世界で言えば、四歳児が半導体を半田ごてを使って作っているようなものなのだ。
しかし、俺からしてみれば、魔道具作りはプラモデルを組み立てるようなものなのだ。要は少し難しい積み木をしていることと同義である。見方を変えて見れば、年相応のことをしているともいえる。
「ほんと、イリアは変わったことに興味持つよねぇ。そんなの買えば済む話なのに」
感心したような、半ば呆れたような顔をしてルリがそう呟く。
分かっていない。魔道具が欲しいのではなくて、その作る過程が楽しいのだ。自分が作った物だからこその達成感が良いのだ。出来合いのモノでは満足しないのだ。
「まあ、本人がやりたいならやらせてみよう。だが、イリア。ずっと部屋に篭っているのではなくて、偶には外に出ることも大切だぞ。ずっと部屋にいては体が鈍ってしまう。私のようにな」
そう言うアレスの顔は父親のソレであった。
前世の俺よりも若いであろうに、俺よりしっかりしている。やはりどの世界でも親には敵わないものである。
「わかったよ。作業場が片付いたら一緒に遊ぼう」
「やったー! じゃあ、『騎士様ごっこ』しよっ? あとね、『勇者様ごっこ』とー……」
セレアと遊ぶことを了承したら、この喜びっぷりである。
因みに『騎士様ごっこ』とは、お姫様役であるセレアを騎士様役である俺が助けるというごっこ遊びである。『勇者様ごっこ』も似たようなモノである。
俺がセレアと遊ばずに魔道具作製に精を出していたのは、この遊びをしたくないというのも理由の一端となっているだろう。
▽
「さて、先ず片付けからかな」
作業場へとやって来た俺は、早速片付けに取り掛かろうとしていた。
作業場へと向かう俺に向けて、「早く終わらせてきてね」と満面の笑みでセレアが言っていたので、あの笑顔を守るためにも、早く終わらせて行ってあげないと拗ねてしまう。
この間も似たような理由で、セレアとの遊びを疎かにしたら、拗ねて口を利いてくれなくなってしまったのだ。
まあ、それも抱きつきながら頭を撫でて謝ったら、すぐに許してくれたのだが、普段優しいセレアに無視されるのには、流石に堪えたのだ。
という訳で早速片付けたいと思うのだが……。
「んー……これは少し難しいな」
作業場である小屋は、一階建てで学校の教室くらいの広さはあるのだが、いかんせん収納機能が無さすぎて、片付けようとすると、どうしても端に寄せるくらいのことしか出来ないのだ。
『万物創造』で収納機能のある内装を取り付ければ済む話でもあるのだが、それにしても今ある魔道具が邪魔となっている。
なんと言っても魔道具は、作業場の半分を埋め尽くしているのだ。模様替えの時に、既にある物が邪魔で、一回外に出さないと模様替え出来ないような状況にある。
「あー、こういう時ってホント、ゲームの模様替えは楽だって思うよなー」
どうぶつ達が暮らす森のゲームのように、簡単に模様替えや配置換えが出来れば、簡単だと常々思う。
そこまで考えて、妙案を思いつく。
「……ん? そうか、創ればいいんだ」
せっかく異世界ファンタジーの魔法のある世界にいるのだ。しかも、何でも創れる能力もある。
早速、創り出すモノをイメージする。
イメージするのは、異空間の中に無限に収納でき、その中に収納された物は状態が固定されるという、所謂『インベントリ』というやつだ。
しかし、『万物創造』は発動されなかった。
「何故だ?」
『万物創造』でリンゴを創り出してみる。
すると『万物創造』は発動し、次の瞬間には右手に鮮やかな赤色をしたリンゴが握られていた。
能力が失われた訳ではない……とすると、『インベントリ』を創るには魔力が足りない、もしくは創造不可能という事だろうか。
試しに『無限に収納出来る』というイメージを『作業場くらいの広さの収納スペース』に変換してみると、問題なく『万物創造』は発動した。
そして創り出されたモノは、小指の爪先程の大きさの紅い宝石の付いた指輪だった。
別に『インベントリ』をどのような形として創造するかはイメージしてなかったので、能力が勝手に補完した結果、この指輪となったのだろう。
『インベントリ』を左手の人差し指に嵌めてみると、サイズの合っていなかった指輪は俺の指にピッタリのサイズに変化した。どうやら自動サイズ調整機能があるらしい。
とりあえず、能力の確認の為に手近にあった魔道具に触れて『収納したい』と念じてみる。
すると、触れていた魔道具は音も無くフッと消えた。
どうやら収納するには触れている事が条件であり、脳内に収納されている物が浮かび上がってくるので、もし収納した物を忘れても大丈夫なようになっていた。
「じゃあ、とりあえずインベントリに入れておくか」
俺は部屋に散乱していた魔道具を片っ端から『インベントリ』の中に収納していった。